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我が輩は、父である (3)

「ただいま」  玄関にドサリと荷物を下ろすと、パタパタとスリッパの擦れる音がする。  風呂上がりのタオルを頭に巻いたまま出迎えてくれたのは、妻の英恵(はなえ)だった。 「おかえりなさい! 理人君、元気だった?」 「お前も第一声がそれか」  いい加減に気をつけないと、そろそろ血の繋がっている方の子供たちが餅を焼き始めるかもしれない。 「思ったよりも元気そうだったよ」 「そう……よかった」 「ああ、そうだ。これ、理人君が『お母さんに』って」  預かった小さな箱には、ガラスの小鳥が入っていた。  物自体はなんてことない置物だが、通りがかった雑貨屋でふと目に入り、お母さんのエプロンの柄と同じだったから、つい――本当は内緒にしておくはずのエピソードを披露すると、妻の目尻が一気に蕩けた。  理人君は、プレゼント選びのセンスが抜群に良いと思う。  それだけ、贈る相手のことを本気で考えているということなのだろう。 「……あ、しまった」 「どうしたの?」 「英瑠に会ってくるのを忘れた……!」 「はあ?」 「いや、三男の世話のことで頭がいっぱいで――」  って、噂をすれば何とやら。  英瑠からの電話じゃないか! 「も、もしもし、お父さんだぞ! かわいい息子のことを忘れたりなんかしてないぞ!」 『はあ……?』  うっ……その言い方、英恵に似ていてかわいいが、全然かわいくないな……! 「いや、何でもない、こっちの話だ。どうした?」 『うん、実は……理人さん、またちょっと調子悪いみたいでさ。明日、一緒に病院に行ってくる。ここ数日あんまり眠れてないから、医師に相談したいって』 「そうか」  理人君、ちゃんと英瑠に話せたんだな。  よかった。  頑張ったな、えらいぞ! 「季節の変わり目は、何もなくても気分が落ち込んだりするものだからな。お前も理人君も、あんまり思い詰めるなよ?」 『うん、それは分かってる。ただ、気になってることがひとつあって……』 「何だ、どうした」    さあ、言ってごらん?  この広い胸で、何でも受け止めてみせよう。  私は〝お父さん〟なんだから―― 『俺の分のお土産は……?』  ……あ。  なんてことだ、ついにやってしまった!  理人君と出会ってから理人君にかかりきりになっていた自覚はあったが、まさか実の息子の土産を用意するのを忘れるとは。  理人君の分は持って行ったのに……!  もしかしたら、一度は卒業したと思っていた〝子育て〟の機会を再び与えられて、舞い上がっているのかもしれない。  だってほら、理人君は本当に手がかかる子だから! 「本当に悪かった。理人君のことにすっかり気を取られて……」 『プッ、そんなことだろうと思った』  実の息子は、うっかり義理の息子を優先してしまったことにそれほど腹を立てていない様子だった。  それどころか、声は穏やかで心なしか楽しそうにすら聞こえる。  うーむ、心が広いな。  私に似て―― 『父さん』 「んっ!?」 『ありがとう』 「……」 『理人さんのことはまた報告するから』  おやすみ。  そう言い残して、電話は切れた。  話し相手を失ったスマートフォンを見下ろしながら、心の中がぽかぽかと温まっていくのを感じる。 「英瑠、なんて?」 「うん……」 「あなた……?」  私には、五人の子供がいる。  五人ともいろんな意味で手がかかるが、  みんな、 「かわいい……!」  ことには、違いないのである。  fin

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