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変わる空気(sideA)
そういう空気では断じてなかった。
確かに俺たちは付き合っている。お互いにこれが恋だと自覚して想いを伝え合った。だけど、そこまでだった。付き合い方は今までととくに変わらない。休み時間に話すのも、放課後駅までの道を帰るのも、友達のときと変わらない。唯一変わったことと言えば毎晩寝る前に電話をするようになった。それだけだ。話している内容も教室で話すのと変わらない日常会話。「好き」という言葉を交わしたのは一度きり。
本当に付き合っているのだろうか。そう思う瞬間がないわけではないけれど、言葉がなくても伝わるものは確かにあって、向けられる視線とか名前を呼ぶ声とか不意に触れた温度に心臓はしっかりと反応した。
だからこそ急に消えてしまった距離に俺の心臓はかわいそうなくらい跳ね上がった。床に置いていた手に重ねられた同じ大きさのてのひら。一瞬で濃くなった整髪料の香り。わずかに引いた体は背にしていたベッドに止められる。
――こんなに柔らかいんだ。
触れている唇の感触に目を閉じることも忘れてそんなことを思ってしまった。
――これどうすればいいの?
バクバクと激しくなる鼓動とは反対に頭は冷静に回る。鼻の先が擦れ合い、閉じられている瞼を縁取る睫毛が視界に並ぶ。重なっていただけの手はいつの間にか握られ、絡められた指の間からも体温が伝わってくる。
――な、長くない?
思わず止めてしまった息がもう限界だった。
「ん……」
空気を吸い込もうとわずかに顎を引く。小さくできた隙間、口の中へと入ってきたのは酸素だけではなかった。
「え、待っ……」
繋いだ手とは反対の手が耳を形取る。優しくて撫でられ、ビクッと体が揺れる。揺れた拍子にできた空間にさらに強く熱を送り込まれる。
息ができない、とか。
いつまで続くの、とか。
回っていた言葉が遠ざかり始める。体内に落とされた熱が奥底にあった火種に着火した。
空いていた手を床から離す。柔らかな髪が指先に触れると同時にぐっと力を入れる。
もう自分に言い訳をするのはやめよう。好きだけでいいなんて綺麗事だった。話せるだけで、一緒にいられるだけで十分だなんて本当は思っていなかった。思っていなかったから――想いを伝えたのだ。
この熱はどこまで行くのだろう。
行き先はまだ見えないけれど、それでもふたりならもういいや。
お互いを包む空気はもう変わってしまったのだから。
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