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第16話

 2 「そんなところに立ってないで入れ」  ドアの外に佇む少年に声をかけると、少年は一瞬怯えるようにびくりとした後、やがておずおずといったようすで部屋の中に入ってきた。崇嗣(たかし)は少年をその場に残すと、寝室へといき、ベッドの下に隠しておいたアタッシュケースを引き出した。その中から手のひらサイズの黒いケースを取り出すと、少年のいる部屋へと戻る。  彼がREX社の誇る、最新型のアンドロイドだということはすぐにわかった。並外れて整った容姿も、けぶるような紫色の瞳も、そう滅多にあるものではない。具合が悪いのか、部屋に連れてくる間もその動きはどこか緩慢でつらそうだった。少年は、崇嗣に見られていることには気づいていないようすで、まるでその匂いを嗅ぐかのように、崇嗣のコートの襟元にそっと顔を埋めた。  何だ?  崇嗣は眉を顰めた。少年の行為があまりに私的なものに思えたからだ。怪訝なようすで見つめると、少年ははっとしたように顔を上げた。その目が戸惑うように揺れた。  崇嗣は先ほどの少年の行為には触れず、取ってきたケースを見せた。 「これは俺が作った電波を妨害する装置だ。スイッチを入れると、お前の中に組み込まれている位置情報を、一時的にわからないようにすることができる」  崇嗣は少年にもわかりやすいよう、あえて簡単な言葉を使って説明をした。 「お前がなぜこんな場所にいたのかはわからない。お前の意思かもしれないし、そうじゃないのかもしれない。だが、俺は面倒に巻き込まれるのはごめんだ。だから、この場にいる以上、GPSを切らせてもらう」  それでもいいかと訊ねた崇嗣に、少年は生真面目なようすでこくりと頷いた。崇嗣はスイッチを入れると、ケースをテーブルの上に放った。これでしばらくは時間が稼げる。  崇嗣が暮らすB地区は、いわば社会の掃き溜めだ。この地域に暮らす人々は、多かれ少なかれ皆後ろ暗いものを抱えている。崇嗣はその中で便利屋のような仕事をしており、必然的に裏社会の人間と関わることも多い。そのため、日頃の人間関係は特に慎重で、他人とはなるべくつき合わないようにしてきた。  先ほど少年が一緒にいた男たちは、最近この地区で勢力を伸ばしているアジア系グループのメンバーだ。自分の行為が相手の恨みを買い、のちのち面倒なことになるのは用意に想像できる。  普段の自分なら間違いなく見ない振りをした。それなのに、縋るように自分を見つめる少年を目にしたとき、崇嗣は彼の心の叫びが聞こえた気がした。気がついたときには勝手に身体が動いていた。 「くそっ」  苛々しながらソファに腰を下ろすと、まるで雛が親鳥の後を追いかけるように、じっとこちらを見つめる少年と目が合った。その身体が寒さのためか、それとも先ほどのショックのせいか、微かに震えていることに気がつき、苦い思いがこみ上げる。――まあいい。どうせすぐに関係なくなる。思わず部屋に連れ帰ってしまったが、初めから深く関わるつもりはなかった。少年が落ち着けば、すぐにでも追い出すつもりだ。その後はこの少年がどうなろうと、自分には関係がない。  ソファから立ち上がると、狭いキッチンでグラスに酒を注ぎ、少年の手に握らせた。気付け薬だ。 「飲むか」

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