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第18話
背後から少年の身体を抱くようなかたちで、白く透き通る手に自分の手を重ねた。短く揃った爪が桜貝のようだと思った。腕の中の少年を怯えさせないよう、意識して平静な声を出しながら、崇嗣はなぜ自分がこれほどまでに焦っているのだろうと考えていた。
「……あなたのそばにいたいです。でも、あなたに迷惑をかけたくはない……!」
震える声で紡ぐ少年の濡れた瞳が、戸惑うように揺れているのを目にした瞬間、崇嗣は目の前の少年を抱きしめていた。
「迷惑なんかじゃない」
それまで思ってもみなかった言葉が口をつく。それなのに口にした途端、それが紛れもなく自分の本心であることに気がついた。そのことに、崇嗣は密かに驚く。
「きつく言ってすまなかった……」
小さな子どもにするみたいに、崇嗣は淡い金色の髪をくしゃりとかき混ぜながら、腕の中で身を固くする少年に囁く。
いまでも頭の冷静な部分では愚かなことをしているという自覚があった。何より少年を前にしたときの普段では考えられない自分の行動が、これ以上関わるなと警鐘を鳴らしている。
ほうっと息を吐く気配がして、少年の身体から力が抜けるのがわかった。おずおずと背中に回された手が遠慮がちに、けれど必死にしがみついてきたその瞬間、崇嗣は自らの意思で自分の中にある迷いを断ち切った。覚悟が決まったと言ってもいい。
「こっちへ」
身体を離し手を引くと、少年は大人しく崇嗣の後をついてきた。寝室のドアを開け、少年をベッドに座らせる。
「俺は崇嗣だ。お前は? 名前はあるのか?」
「名前……?」
「ああ、名前だ。何て呼ばれていた?」
少年は首を傾げると、崇嗣の言葉を考えるように沈黙した。その顔が答えを見つけたように明るく輝く。
「マルです。マルと呼ばれていました」
「マル?」
懐かしい響きに、崇嗣の記憶の一部が刺激される。その名前を持つものを、崇嗣は以前知っていた。思い出すだけで胸の奥が微かに温かくなるような、いまでは遠い記憶だ。それでいて、どこか苦さを伴う記憶でもあった。しかし、目の前の少年の名前には、およそ相応しくない気がした。その思いが表情に表れていたのだろう、マルはしょんぼりと肩を落とした。
「……おかしいでしょうか?」
「いや、おかしくはないが……」
崇嗣の言葉に、マルはうれしそうに瞳を輝かせた。恥ずかしそうにうつむき、手をもじもじとさせる。そのようすを見ていたら、まあいいかという気持ちになった。おかしな名前だが、本人がいいなら構わない。
「いまからお前に触れる。お前を楽にさせるためだ。……少しでも嫌だと思ったら、すぐに言うんだぞ」
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