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第36話

『何かおかしなこと考えてないだろうね?』 「おかしなことってなんですか?」 『あの人間にこれ以上迷惑はかけたくないとか、そういうことだよ』 「心配してくれているのですか?」  マルの言葉に、ヴィオラが目を剥いた。 『は!? どうしたらそんなおめでたい思考になるんだよ。僕がお前を心配する? あり得ないだろ』  マルは何かを考えるように首を傾げると、ヴィオラに近づいた。警戒するようにじっと目を向けてくるヴィオラに手を差し伸べる。 「いますぐ出ていくとは言っていません。お願いですから下りてきてくれませんか」  ヴィオラはまだ疑う素振りだったが、マルが手を伸ばすと、するりと腕の中に飛び下りた。 「下りてきてくださり、ありがとうございます」  マルはヴィオラを腕に抱いたまま、ソファに移動した。艶やかな毛をそっと撫でる。 「あなたをモールで見かけたとき、あなたの強さと美しさに私は憧れました。とても私と同じロボットだとは思えなかった。あなたは堂々としていて、自由に見えた。あのとき、私は初めて誰かをうらやましいと思いました」  穏やかに話かけるマルに、僕はまだ怒っているんだぞという体のヴィオラが目を細め、耳をぴくぴくさせた。 「私がいまここにいられるのは、すべてあなたのおかげです。あなたのおかげで、私はとても幸せな、まるで夢のような時間を過ごすことができました」  ヴィオラに出会うまで、マルは自分の中にある望みすら気づくこともできなかった。ほんの数ヶ月だけど崇嗣さんといられて、自分は充分すぎるほど幸せだった。だけど、これ以上は駄目だ。これ以上崇嗣さんに迷惑はかけられない。 「ありがとうございます」  顔を背けていたヴィオラが、『そんないいもんじゃないぜ』と呟いた。 「ヴィオラ?」  その目がマルを見る。 『あんた、わかってんの? もし戻ったところで元の使役ロボットには戻れない。あんた、あの人間以外ともセックスできんの? 金だけは持っているような腹の出たおっさん相手に脚を開いて、あんあん喘げるの? はっ、自由? 何寝ぼけたこと言ってんのさ』  何を言われても心を決めたような顔をしているマルに、ヴィオラは顔を背けると、『そういうの、うざいんだよ……』と呟いた。 『ほら、手が止まってるよ。さっさと撫でたら? 僕に感謝しているんでしょ。せいぜいいまのうちに態度でしめしてよね』  つんけんしたようすで噛みつくヴィオラに、マルは素直にはい、と微笑むと、艶やかな毛を撫でた。

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