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それからのあなたは、いつも苦しそうに僕を見ていた。 原因は僕。僕が、そんな表情をしているから。 名前も忘れたこの部屋を正文さんが訪ねてくるたび、目から水滴が出てきてしまってどうしようもない。 「泣かないで」と拭ってくれるその温度で、また水が溢れてきて。 そんな僕に、正文さんも時々目に水滴を浮かべてる。 (そんな顔…して欲しくないのに) でも、そんな顔をさせてしまってるのは 僕で。 (今日こそ、言おうか……?) 「もう、此処へは来ないで」って、今日こそーー 「ねぇ、詩音。詩音はそのままでもいいよ」 「ぇ?」 「いつか俺言ったよね? 『言葉がなくても、詩音の目を見れば簡単なんだよ』って」 僕の頭を、大きな手が優しく撫でてくれる。 「詩音がわからなくても、詩音の心は俺が全部わかってる。なにが言いたいのか、なにを伝えたいのか…… 俺には全部、わかってるよ」 「っ、」 「だから、安心して? 詩音。 ーー〝愛してる〟」 「ーーーーっ!」 その言葉は、陽だまりのように優しくて、ただただ 暖かくて 聞いてしまったら耳から溶けてしまいそうなほどの…想いが詰まっていて…… ーーあぁ。 「……ね、正文さん」 「ん?」 「もう、此処へは来ないでください」 愕然とするあなたに微笑んで、ナースコールを押した。 「〝その言葉〟は、僕がもらっちゃいけない」 (もっと もっと〝その言葉〟に相応しい人が、いる) 僕には勿体ない。 ーーだって〝その言葉〟の意味が、理解できないから。 (ねぇ? 僕は、その言葉をいつ忘れちゃったんだろうね) 思い出そうとしても、わかるわけないけどさ? でも、 「今まで、ありがとうございました」 いつ治るのかわからない病気に、こんな素敵な人を付き合わせてはいけない。 正文さんには、僕なんかよりずっといい人がいる。 ちゃんと言葉の意味をわかって、それと同じ想いを〝その言葉〟にのせて返してくれる人が。 ……だから、 「詩音っ!待って!!」 駆けつけてくれた看護師さんたちに引きずられていく正文さんに、頭がベッドに付くほど頭を下げながら (幸せに、なってくださ……っ) 「ありがとう」と「ごめんなさい」を、繰り返した。

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