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第5話
ホンドンさんの容態を見る。意識はないようだ。
大きな怪我は右腹部の一箇所のみで命に関わるようなものはない。しかし、身体中に無数の傷があり、出血が多い。
それに、戦ってできた傷というよりは、意図的に手加減されているような、ホンドンさんを弄ぶような、そんな嫌な感じがする。
「生命の根源たる生の霊脈をもつ聖 の精霊よ、この矮小なる私に済世 の力をお与えください」
《回復 》
詠唱を唱えれば、傷は全て塞がった。
「これでおそらく大丈夫だと思います」
「本当にありがとうございます!」
「ホンドンさんは猫獣人村の要です。彼がいなくなっては困りますから」
猫獣人村。
それは、ここからさらに北の山脈の麓近くにある猫獣人だけが暮らす村。
約七年前、僕は助けた猫獣人をどうしたらいいか悩んでいた。身寄りのない子供。住む場所もなく、物乞いをするしかない貧しい猫獣人。路地裏に引き込まれては暴行を受け、生活が出来ないからと自ら奴隷になると身を売りに行く。
そんな彼らに手を差し伸べられない自分が本当に嫌だった。それでも僕には彼らを助けられる力がなかった。
彼らに必要だったのは差別されずに働くことのできる環境だったから。
そんな時、たまたま受けた採集依頼の帰り道。気分転換で超絶遠回りをした時に見つけたのが廃村だった。
ぐちゃぐちゃに荒らされてはいるものの、最近まで使われていた形跡のある畑。戦闘の跡なのか、壊れている家もあるが綺麗に残っている家もある。少し歩けば山の上から続いている綺麗な川もある。
ここで猫獣人たちが住めるようになれれば……。
僕はそう思った。
しかし、ぐちゃぐちゃに荒らされた畑。壊された民家。それらが指し示す事柄はーー
魔獣。
獣人や人、エルフ、ドワーフなどを好んで襲い、喰らう奴らだ。
きっと、この村の住人も魔獣に襲われてこの土地を捨てたんだろう。
それでも僕はこの村を猫獣人の住処にすることに決めた。
なぜなら僕には魔術がある。魔術の師でもあるあの人に神童だと言わしめた膨大な魔力ある。
だからできる。絶対にできる。僕がしなくちゃいけないんだ。
やることはシンプルだ。安全を確保出来ればいい。
魔除けの結界。人避けの結界。そして、人に見つからないように村全体に幻術をかける。
あとは結界内にいる魔獣を全て倒し、本当に安全か確かめるために試しに一月ここに住んでみる。
僕は攻撃魔術以外は基本的に得意だ。だから結界魔術も得意。しかし、獣人の生活範囲を網羅し、絶対に魔獣が入ってこないと思えるレベルの強固な結界を詠唱と魔力操作だけで作ったことがなかった。
都市や街の結界は普通、聖晶石というものに魔法陣を刻み込ませ、複数人の高名な魔術師が一度に魔術を展開することで張られる。
しかし聖晶石なんて高価なものはこの先、村の整備にお金を使うことを考えると買えない。それに、取り寄せるにも時間がかかる。もちろん、魔術師なんて雇えない。
僕は結界を張ることに何度も失敗した。何度も何度も繰り返し魔力不足で倒れては、回復を待って起き上がる。
魔力不足で倒れた時に、魔物が現れた時は死ぬかと思った。
それでも僕は約一年をかけて、村の安全を確保したのだった。
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