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第13話(ラック視点)
玄関の扉がノックされる。
「はい」
「よう、ラック」
「ホンドンさん」
扉を開ければ厳ついおっさんといった風貌のホンドンがいた。
「ファイアさんはいねぇよな?」
「いませんけど……」
「なら良かった。話がある。家に入れてくれ」
返事をする前にズカズカと入り込んでくる。
「それはいいんですけど、ファイア様は? あなたを追いかけていかれたはずですけど?」
ファイア様はすぐに無茶をする。先程からなかなか帰ってこられないと心配していたのだ。
なのに、何故この男がこの家に来る?
「それは……」
ホンドンは私からさりげなく目を逸らした。なんだか、怪しい。
「そ、れ、は?」
何を隠してるんだ。
「何か知っているなら早く話してください」
「いやぁ、なんて言えばわかんねぇんだよ。ボロボロ? ズタズタ? とにかくあれは無事とは言えねぇな……」
「なんですって!?」
こうしてはいられない早くファイア様の元に向かわなくては。
「おい、待て、ラック」
「話はあとにしてください」
「そういうわけにはいかねぇんだよ」
「行かせてください」
ホンドンと玄関前で取っ組み合いになりそうになったところで居間の方から声がかかった。
「じゃあ、俺が行くよ」
その低く、気だるげなの声は弟のナリヤのものだった。
紺色の髪と瞳。スラリとした長身の割に筋肉質な身体つきをしているイケメンだ。
猫獣人だし、奴隷として売ったらいくらになるんだろうかとたまに嫌な想像をしてしまう。
「ナリヤ、熱は下がった?」
「うん、兄さん」
居間から出てきたナリヤに近づき、額を触る。どうやら本当に熱は下がっているようだ。
「じゃあ、ナリヤに行ってもら……」
「いや、いるならナリヤ、お前も聞け」
「なんでですか! ナリヤもいる必要はないでしょう」
「何でもだ。とにかく今、危険な目にあってるわけじゃねぇから、聞いてから行っても遅くない」
「そんな問題じゃ……」
「兄さん、とりあえず話を聞こう」
「ナリヤ!」
手を掴まれた。そしてズルズルと居間の方に連れていかれる。
「ここで口論するより、話を聞いてから向かった方が早いと思う」
「……たしかに」
「ってことで、ホンドンさんはそっち」
今にあるテーブルの反対側を指す。
それぞれテーブルにつく。
ホンドンは急いでる様子ですぐに本題を切り出し始めた。
「盗賊団の連中に村の子供が攫われたんだ。そこで、村の男共で取り返しに行くつーことになった。今頃向こうではその計画を立ててるはずだ。俺は今から鍛冶屋のとこに行って武器を買い込む。実行は明日。武器が届き次第ってぇ話だ」
「なるほど。ファイア様がいないか確認してきたのはそういうことですか」
「ああ。聞いたらぜってぇ行くだろ?」
「そうですね」
ファイア様は自分のことよりも他人のことを優先される。
自己犠牲の塊みたいな方だ。
私もそんなファイア様に助けられた一人。だから、こんなことを思う資格はないのかもしれない。
それでも、ファイア様のそれは見ていられない程に狂気的だ。
ファイア様の過去を詳しくは知らない。しかし、痛いのは嫌だから猫耳を隠してると仰っているにも関わらず、猫獣人を助けるためなら殴られることも、刺されることも、構わないという行動を取られる。
しかもファイア様は、その矛盾を自分自身で気づいていらっしゃらない。
そんなファイア様がこのことを知った時に、どう行動されるかなんて火を見るより明らかだ。
「しかしだ。俺が怪我したせいで、本来なら明日に予定してた村への荷運びをファイア様に変わるって言われちまった。いつもなら村まで一日かかるが……」
「最悪、急げば戦いが終わる前に着いてしまうかもしれないと?」
「そういうことだ。だから、ファイア様がそんなに早く来ねぇように妨害して欲しい」
村にいる猫獣人は全員ファイア様に恩を感じている。虐げられるのが当たり前の猫獣人が、安心して生きていける場所を作ってくださったんだ。
だから、私と同じでファイア様に頼ってばっかりでは居られないと思っているんだろう。
しかし……
「嫌です」
「はぁ? なんでだ? ラックだって、ファイアさんに負担になるようなことはなるべくして欲しかねぇだろ」
「それはもちろんです。しかし、私が妨害するにもせいぜい十分が限界です。それなら、私も戦いたい。私を村に連れて行ってください」
目の前の男に頭を下げる。
村には私の家族もいる。きっと、父親も作戦に参加するはずだ。それに、これでも冒険者だ。少しくらい戦力になるだろう。
あとは……
「私が居なくなった方が足止めになると思いませんか?」
私がそう言うとホンドンは喉をクックックッと鳴らして笑い出す。
「たしかにそらぁそうだ。荷運びどころじゃねぇ。でもいいのか? ファイアさんのそばにいなくても」
「ええ。私が近くにいるのはファイア様のお役に立つため。しかし、私は何も出来ていません。であるなら、お側を離れても自分に出来ることしたいと思います」
「そうか」
それだけいうとホンドンは立ち上がる。
「俺は武器を買い込んでくる。お前らは荷馬車を借りてきてくれ。集合は街の外だ」
「ナリヤは連れていきませんよ?」
「いや、行くだろ? ほら」
ホンドンが顎で指した先を見れば、既に身支度を始めているナリヤがいた。
「いや、なんでナリヤまで……」
「兄さんがいくなら俺もいく。それにファイアさんに兄さんがどこに行ったか聞かれても誤魔化しきれない」
ナリヤは口下手だ。それに、普段からあまり喋らない。
家族は物心ついた時からいなかったらしく、貧民街で食べ物がない日はスリや物乞いをして暮らしていたらしい。
それじゃあ、人とまともに話す機会なんてなかっただろう。
何かを誤魔化すなんて器用なことができなくても仕方がないか。
「そっか、分かった」
「それに、兄さんより俺の方が強いから」
「ひとこと余計だ」
ファイア様は心配だが、命に関わるような怪我ではないらしいし、盗賊と戦われる方が問題だ。
だから、村に向かうことに専念しよう。
それに、ホンドンは何があったか知っているようだ。気になるなら道中に聞けばいい。
「では、ホンドンさん。また、あとで」
そうして、私とナリヤは家を出た。
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