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第18話
僕はゲラゲラと笑うルールーを置いて、ホンドンさんの家に向かう。
それに気づいたルールーはこちらに走りよってくる。
「ちょっ、ちょっと、置いてくなって! どこに向かってんだ?」
「ルールーには関係ない。着いてこないで」
「ラック……とナリヤ? だっけか? 追いかけるんだろ? そっち、反対だけど……」
僕はルールーを振り切ることは出来ないと分かっていたが、歩みを早くする。
「そんなことは分かってるから。君の言ってることが本当か確認しにいくだけ」
「ああ、そういうことか」
ルールーは納得した顔で頷くと、何も言わず僕に着いてくる。
意外だ。怒るかと思っていた。
「ルールーのいうことが本当だったとして、どこに行ったのか聞きたいってのもある……」
僕がモゴモゴと言えば、ルールーは何も言わずに頷いた。
僕も彼に話しかけることはせず、一直線にホンドンさんの家に向かう。
ザレアさんの腕を掴む。
「ホンドンさんはどこですか?」
ホンドンさんの家を訪ねた僕は、驚いて家のドアを閉めようとするザレアさんの腕を掴んだ。
そして、深々と頭を下げる。
「ラックとナリヤが一緒にいるんです。教えてください。お願いします」
ザレアさんは口を開かない。
街の住人が活動し始めた喧騒だけが耳に届く。
しばらく間を置いた後、僕は地面に膝をついた。頭上から息を飲む声が聞こえる。
「どうかお願いします」
地面に額をゆっくりとつけた僕を見てザレアさんは「頭を上げてください!」と言った。
しかし僕にそのつもりはない。
ラックとナリヤはここ数年、ずっと僕を支え続けてくれた二人だ。二人が自分自身の意思で僕に何も話さずに出ていったとしても、それが危険なことなら僕は二人の元に駆け付けたい。
死んだり、奴隷にさせられたりなんてこと絶対させない。
危険がなければそれはそれでいい。二人にバレないように帰ってくればいい。
でも、この世界に猫獣人にとって危険でない場所なんてあるだろうか?
僕が頭を下げ続けていると、ザレアさんがポツリポツリと言葉を零し始めた。
「ファイアさん、私たちはあなたに迷惑をかけたくないと思っています。自分たちだけで解決できることは自分たちだけでするべきだと、ファイアさんに助けられた猫獣人の方は口を揃えて言っていました」
僕は顔を上げ、話し始めたザレアさんを見た。顔を俯かせ、服を手でギュッと握りしめている。
「私は夫が心配です。ファイアさんに助けを求めたいとさっき家にいた時も、ずっと考えていました。でも、昨日のあのボロボロになったファイアさんを思い出すと、そんなことっ……できるはずがありません」
ザレアさんの声に力がこもり、震える。
「夫の行き先を告げてしまえばファイアさんはそこに向かってしまわれます。だからっ、わたしは……三人の居場所を告げるつもりはありません」
ザレアさんはギュッと目を瞑り、言い切った。瞳からはポロポロと涙が溢れ、頬を伝う。
そして、ゆっくりと目を見開き僕の目をじっと見つめた。
「魔力が足りていないファイアさんが行っても…………危険なだけです」
力強い言葉だった。
ザレアさんの、いやザレアさんだけじゃないのか、、、。
ホンドンさんや、ラック、ナリヤの覚悟を感じた。自分たち自身でやり遂げるという。
彼らが何をしようとしてるのかは分からない。
しかし、ハッキリと分かったことがある。今、彼らは危機的状況であり、僕はそこにに向かはなければならないということが。
昨日しっかり寝たことで、魔力だって少しは回復した。
僕が行くことで助かる命があるはずだ。それに、ラックとナリヤの二人は絶対に五体満足で帰す。
だから僕は行かなくてはいけない。
僕は膝を着いていた地面から立ち上がる。そして、ザレアさんの瞳をじっと見つめた。
「猫獣人村に向かいます」
ホンドンさん、ラック、ナリヤの三人がわざわざ危険に飛び込もうとしてることを考えると、そこにいる可能性が一番高い。
三人の守りたい何かがある場所と考えると、そこしか考えられないからだ。
「ザレアさん、僕はあなたが肯定しようと否定しようと猫獣人村に向かいます。だから答えてください。ホンドンさんたちが向かったのは猫獣人村ですか?」
ザレアさんは顔をしかめて黙り込んだ。
「もし、猫獣人村であってるのなら少しでも情報が欲しいんです。皆を助けるために、そして自分自身の身を守る為にも」
しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと首を縦に動かした。そして、「ごめんなさい、皆……ごめんなさい……」と膝を着いて天を見上げ、懺悔し始めた。
僕がザレアさんにかける言葉はない。彼女が僕の土下座を見て口を開いた時から、三人の行き先を教えるか悩んでいることは分かっていた。
僕を本気で行かせたくないなら、嘘をついて全く違う地名を答えてしまえば良かったのだ。
しかし、彼女は自身を鼓舞するようにいかに僕に行き先を伝えてはいけないのか話し始めた。
つまり本当は僕に助けを求めたかったのだ。
その気持ちを強引に引っ張り出し、彼女に罪悪感を植え付けた僕に、彼女に声をかける資格がない。
しばらくして落ち着いたザレアさんに声をかける。
早く向かいたいという焦る気持ちはあるけれど、状況把握をしておかないと向こうに着いても何も出来ずに終わってしまう可能性だってある。
僕は深呼吸をしたあと、意識して呼吸を深くする。
「ザレアさん、教えてくれてありがとうございます。もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
そう問いかければ、ザレアさんは自身の知ってる限りの話を聞かせてくれた。
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