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第63話 【2年前】(40)

「本当に、お願いします……」  もう何度目になるだろうか。エトウはサキのデスクに頬杖をついて、タケの懇願を聞いていた。 「ペンダント持ってかないと、サキさんもレンも殺される」 「うんまぁ、それは聞いた」 「だったら」 「いや俺もさぁ、2人を助けたいのは山々なんだよ? たださぁ……お前あの書庫の中からどうやってペンダント見つけんのよ。サキの奴が配線いじったせいで電気もつかないわけ。で、どの辺りにペンダントがあんのか、俺にもさっぱり。このまんまサキに死なれたら、俺も困るんだが。『政府』の認証ができないとエリアごと取り上げられるわけだし? 俺も迷惑してんのよ」  タケは、初日に敵方に連れられ、境界線までトボトボ戻ってきた。肩を脱臼していたので医者に診てもらい、今は三角布で固定している。  そして戻ってから3日。タケは暇さえあればエトウにすがりつき、統括ペンダントをタカトオの所へ持っていかないと2人が殺されるからと繰り返している。 「それにさぁ、もしペンダント向こうに渡したら、東京南がどうなるかって、お前考えてる?」 「それは……」 「サキは、俺がペンダント持ってたらホイホイ交渉に乗ると思って、隠してったわけだよ。俺も信用されてねぇってショック受けてんのにさぁ、お前もうちょい気を遣ってくれてもよくね? 曲がりなりにも俺、サキの名代で南全体を仕切ってんだぜ?」  タケは黙って下を向いた。  内心イライラしながら、エトウはタケのつむじを眺める。適当なことをのらくら言っていれば、タケは自分に判断を任せるだろうと思っていたが……このしつこさ、なんとなく怪しい。人質2人の救出に必死で、南にいるすべての住民を危険にさらすことに迷いがないのが気になる。  こいつ、裏でタカトオの息がかかってねぇだろうな。  そんなことを思いながら、エトウは部下が持ってきたおにぎりのフィルムを剥がした。  全員が緊張状態に突入して3日目の日が暮れた。交代で寝てはいるが、サキのチームの連中は寝不足の目をしょぼしょぼさせながら仕事をしている。  第1チームはこの図書館にはいない。サキの副官をしているヤシマは、この図書館周辺でだけ有効なエリアペンダントをサキから預かり、エトウに渡した後、チームを率いて姿を消した。直通の電話番号とアドレスだけは交換してある。 「本当に、エトウさん知らないんですか?」 「知ってりゃ、とっくにあの書庫から出してる」 「本当に?」 「しつっこいね、お前も。サキとは高校時代からの付き合いだが、昔っからあいつは一番肝心なことを言わねぇんだよ」  ツナマヨのおにぎりに大口を開けてかぶりつくと、エトウは口をもごもごさせながらタケに話す。 「高校2年の時の話を教えてやろうか? サキの奴、ある日突然、俺に『竹刀持って今日の真夜中に、とある廃病院に出かけないか』って言いやがんの。俺、剣道部だったから。で、言われた病院ってのが有名な心霊スポットなんだよね。『竹刀なんて何に使うんだ』って言ったら、『頭の悪い奴も、いにしえのテレビみたいに叩けば直るかと思ってな。お前も手伝え』ってさ。俺はめっちゃ断ったんだ。そしたらサキの野郎なんて言ったと思う? 『竹刀が調達できないとなると……バットの方がいいだろうか』って。シャレにならんこと考えてんなって思ったんで、俺はしぶしぶ、竹刀2本持って、サキが指定したコンビニに夜の11時にバイクで行った」  おにぎりがなくなり、エトウは隣のデスクにいた部下に声をかけた。 「お~い、なんか食い物他にねぇ? 腹いっぱいにならん」  鮭のおにぎりが飛んできて、エトウはひょいと受け取った。適当な椅子に座ったまま、タケはじっとしている。フィルムを剥がしながら、エトウは続けた。 「んで、サキもバイクで来て、ついて来いってんで廃病院まで行ったわけよ。近くにバイク止めて、竹刀持ってテクテク歩いて。  病院に行きついたら、サキは何にも説明しないまま、マスク2枚出して俺に1枚寄こした。ほんと、何にも言わねぇのな。マスクつけると、あいつは中にズカズカ入っていきやがった。俺はチビりそうになりながら一緒に行った。そしたらまぁ、入って2つ目ぐらいの空間かな? その辺に誰かいるわけ。お前想像できる? 心霊スポットの真っ暗な中に、誰かいんのよ。パキッとか音なんか鳴ってさぁ。腰抜けるぜ? それを……サキは何を思ったか、いきなり竹刀を振りかぶって、そいつをブッ叩いた。しかもなんか、4、5人いたんだよ。サキは全員を無言で叩きまくって、俺は唖然としてた。  盛大な悲鳴を上げてそいつらが出てった後も終わりじゃなかった。サキのやつ、あろうことか奥に行こうとしたんだ。もう我慢できなくて、俺は言ったわけ。『何考えてんだ』って。そしたら奴は、『ビビッてんなら俺ひとりで行ってくるが、お前ここでひとりで待てるか?』とかほざきやがった。  おいそこ、笑うな。俺の方が普通だろうが」  部下がクスクス笑うのを軽く睨み、エトウは2個目のおにぎりを食べる。 「ほんっと怖くてさぁ、やべぇよな……心霊スポットって。んでサキの奴、1階の一番奥までずんずん行って、その部屋の窓際に置かれてた日本人形をひっつかんで戻ってきて、入口に置いた。それで一言『帰るぞ』ってよ」 「何だったんですか?」  部下のひとりが声をかけた。 「後でよくよく聞いたら、サキのクラスでいじめがあったんだと。アホどもが気の弱い奴をひとり、パシリにしてた。で、いじめてる連中がその気の弱い奴に、心霊スポットでの肝試しを無理にやらせようとしてたのをサキは聞いた。いじめられてる奴は、その廃病院に行って、昼間連中が置いた日本人形を持って帰ってくる。いじめてる連中は、隠れてそいつを脅かして楽しもうって算段だった。  本を読むふりで黙って聞いてたサキは、いじめられてる奴が来る前に乗り込んでアホどもを叩き出し、入口に日本人形を置き直してやったわけだ。  結局アホどもはビビったのが気まずかったらしくて、いじめは自然消滅した」  最後の一口をもぐもぐ食べると、エトウはフィルムをまとめてゴミ袋に放り込んだ。 「サキさんって、昔からすごかったんだ……」  いつの間にか、事務室にいる十数人が聞いている。  エトウは手をヒラヒラ振った。 「心霊スポットに真夜中に行くのに、説明なしだぜ? ほんといい迷惑なんだよあいつ。で、何で俺を連れて行った?って聞いたら、あいつ何て答えたと思う?」  全員を見渡し、エトウはすぅっと息を吸った。 「なんと、『面白そうだったから、お前も誘った』って言ったんだぜ!? 信じられるか? マジで信じらんねぇ。そういう奴なんだよサキってのは。今回だってそうだ。俺の到着を待たないで、ひょいと行きやがって。肝心なことは何にも引き継いでねぇんだ。頭にくると思わないか?!」  皆、苦笑いになった。口では文句を言いながら、エトウは少しやつれた顔でサキのデスクに座ってほとんど動かず、睡眠時間を削って全体の指揮を執っている。誰かがエトウの手元にチョコレートバーを放り投げた。 「お、やった、チョコレートだ。ありがとさ~ん」  嬉しそうな声を上げ、エトウは袋を開けた。 「まぁそんなわけでさ、ほんとサキの奴、今回もペンダントの場所は言ってないわけ。だからしょうがない」  タケが顔を下げ、唇を噛んだ。

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