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第168話 『東京』にて(13)

 どれだけ睨み合っていただろうか。  高遠は銃をテーブルに置き、紅茶に手を伸ばした。自分を落ち着かせるように香りを嗅ぎ、一口飲む。 「薫は私の動向を常に伺っていた。それは知っている。顔を変えてしまっても、私にはその行動からわかる」 「薫さんが整形したと思ってんだ。へ~え。じゃあ誰が薫さんだと思ってるわけ?」 「……自衛軍を統率していた男だ」 「自衛軍の統率って、都内はオレの担当なんだけど。誰を薫さんだと思ってんだよ」  高遠は紅茶のカップの向こうから怜を睨む。 「どうせ裏で薫が仕切っているのだろう? お前はその意向を受けて」 「それであんな機動力が出ると思ってるんだ。ふ~ん」  音を立ててカップを置き、高遠はイライラと怜に言った。 「思わせぶりな言い方は品がない。どうしてお前はいつも育ちが悪い愚かな言い方しかできないのだ。本当に──」 「頭が悪いって? ねぇ考えてほしいんだけど、あんた本当にオレを頭が悪いと思って話してる? オレは頭が悪いってオレに思い込ませたいから言ってるだけでしょ。薫さんが言ったとおりだ」  怜は時間をかけて紅茶を飲んだ。高遠の雰囲気がどんどん険悪さを増す。 「相手の頭がほんとに悪いなら、そこはツッコむ必要ないわけ。あんたはいつだって、オレに実力があるのをわかってるから否定する。実力があって欲しくないからね。薫さんのことも、オレのことも、ちゃんと見ないで自分が見たいものを見てる。だから薫さんが誰かも言い当てられない。そもそも薫さん整形してないし」 「整形、していない? では顔は」 「かっこいい元の顔のままだよ。会ってないからわかんないか」  黙り込み、目をギラギラさせている高遠に、怜はとっておきの笑顔で笑いかけた。 「あんた、どうしようもないな。薫さんは確実に『東京』を取り戻すことを、仕事として『政府』から請け負った。だから今の状況を見ようと、あんたにわざわざ会いに行ったのに。  自分の体を張って、危険を冒して、あんたと直接顔を合わせた薫さんと、自分は安全なところにいて、危険は影武者に丸投げして、都合のいいことばっか妄想してるあんたとじゃ、人間のデキが全然違う。影武者もかわいそう。色々押し付けられてさ」 「薫は顔を変えていないのか」  呆れた顔で見返してやる。 「だからそう言ってるでしょ。まぁちょっと細工はしてるけどね。薫さんのことがわかってるんなら、とっくに誰が薫さんか知ってたはずだ。だからあんたは本当はあの人に会う気もないし、会ったとしてもわかんないような感情しか持ってない」  不意に高遠は動きを止め、怜をまじまじと見た。自分が知っている息子は、こういう人間だっただろうかという顔だ。まるで知らない人間を見るような目を、怜はじっと見返した。  ようやく理解し始めたのか。  もう遅いけれど。 「私は……薫と会っていた……ライブ映像で常に見ていたのに」 「影武者に会わせて、自分は会ったつもりになってたってこと。薫さんは変装して、いくつも顔を使い分けていた。オレも全部でいくつあるのか知らないぐらい。色々な人間になって、薫さんは常にあんたの周囲にいた。影武者に任せっきりなんて笑っちゃう。オレがあんたのとこに乗り込んだ時なんて、あんたの前でオレと薫さん2人でしゃべってたのに」 「…………あの男か」 「直接会えば、肌でわかることってあるんだけどね。あんたはそれを知ろうとしなかった」  絶句した高遠を下から見上げて、怜は艶然と微笑んで見せた。 「あんたが知らない本当のことってのは、たくさんあるんだ。オレは知ってる。あんたがなぜ、オレを徹底的に無視しなきゃいけなかったのか。なぜ、ここまで無視しておいて、真っ先にオレを誘拐し、こうして向かい合ってお茶を飲まなきゃいけないのか。なぜ、三鷹で薫さんと直接顔を合わせるだけの気持ちの余裕や発想がなかったのか」  炯炯と光る目で父親を追い詰める怜に、高遠は何も答えられないようだった。 「もっと聞きたければ、薫さんと連絡させてよ。場合によっては……あんたの前で薫さんとイチャイチャしてあげるからさ」  バカにした態度でそう言ってやると、高遠は見事に頭に叩き上がった。高遠の手がさっと銃に伸びると同時に、怜はテーブルを蹴り飛ばした。  カップが割れる音、銃声、怒鳴り声、すべてが一緒くたに耳の底を打つ。怜はテーブルの裏に手を伸ばした。前と同じだ。テーブルの下にバックアップの銃が隠してある。それをもぎとり、瞬時に安全装置を外して構える。  これで終わりだ!  沈黙の中、怜はニヤリと笑った。 「学習したんだ」 「それは私の……セリフだが」  銃には弾が入っていなかった。こうなる可能性を見越していたのだろう。  怜は銃を下ろし、右足に力を入れた。引っくり返ったテーブルの天板が、下敷きになった高遠を圧し潰す。その手は天板に押さえられており、銃は撃てない。  怜は高遠を見下ろしたまま言った。 「どうせ、オレの身柄を使って『政府』と交渉しようとか、薫さんに言うこと聞かせようとか、策略を巡らせてんだろ? どれも上手くいくわけない。諦めたら? 誰もあんたの言うことなんか聞かない。なぜなら……」  テーブルに載せた足に、さらに力を入れる。高遠の上に立ち、怜は宣言する。 「あんたは負け犬だからだ。あんたがオレを徹底的に無視したのは、実の息子と対等に争って負けたという事実を見たくなかったからだ」  体重をかけ、顔を近づける。 「当ててやろうか。あんたがオレを拉致した本当の理由を。オレとあんたとの間に最初からあった、本当の地獄を」  狂気を孕んで楽しげに光る怜の目を、高遠は呻きながら見返した。人生でおそらく初めてであろう、怯えを湛えて。

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