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淫花廓には基本、飲食物を持ち込むことはできない。客が持ってきた差し入れの中に毒が仕込まれていたり、媚薬や、洒落にならない薬物などが入っていたりする事件が、過去に何件かあったらしい。
だから訪廓の際には必ず手荷物の検査があるし、男娼への贈り物も必ず男衆の厳重なチェックが入る。
そんな場所へ、よくこれを持ち込めたな、と感嘆を込めて梓は、
「受付で止められなかったんだ」
と呟いたのだが。
ちふゆがなぜか渋面になり、唇を尖らせてぼそりとこぼした。
「お面のおっさんになんかめっちゃ笑われた」
お面のおっさん、と彼が言うのは男衆のことだ。
淫花廓では男衆と呼ばれると男たちが、男娼の教育や身の回りの世話、調理や清掃といった下働きなどを行っている(因みにに業務内容によって面の種類が変わるらしい)が、彼らは厳格な指導を受けているので、客や男娼に対してフランクな態度をとったりすることなど、皆無である。
その男衆が「めっちゃ」笑う、なんてことがあるのか、と梓は驚いた。
「淫花廓に駄菓子を持ってきたのはあなたが初めてですね、とか言ってバカにすんだよ。駄菓子じゃねぇっつの。ポッキーだっつの!」
怒りを再燃させたちふゆが、地団駄を踏む。
そのふわふわと揺れる金髪を見ながら、梓は少し想像してみた。
超高級な楼閣の受付に、ジャージ姿で現れ、ナイロンのリュックからいそいそとポッキーの箱を取りだすちふゆ……。なるほど、可愛い。
淫花廓の客層からはかけ離れたちふゆの存在は、男衆たちにとっても癒しになっているのではないか。
男衆は皆能面を着用しており、さらに剃髪もしているため、彼らの年齢はわからないが、しょっちゅう顔を出すちふゆを、自分の子どもか孫でも見るように思っているのかもしれなかった。
梓はちふゆが差し出した菓子箱を受け取り、それが未開封であることを確認して首を傾げた。
「あれ? 中身はチェックされなかったんだ?」
「こんな駄菓子に小細工の手間はかけないでしょうし特別ですよ、って笑いながらエラソーに言われたんだよ!」
受付の男衆の口真似なのだろう、せせら笑い付きで解説したちふゆが、また足をどんと鳴らした。
ノーチェックで飲食物を持ち込めることがどれだけ特別で、それほどにちふゆが男衆たちからの信頼を得ているのだ、と考えないところがちふゆだな、と梓は可笑しくなってくすりと笑いを漏らした。
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