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番外編 降り積もるは 後編

お互い一糸纏わぬ姿になる。オーベリウスはマーカスをうつ伏せに寝かせると、寝台の横のチェストから何やら取り出した。それは小さな瓶で、クリーム色の軟膏が入っており、指に掬うとハーブの青い香りがした。 「あれ?見たことない薬ですね、新しく作っ」 「マーカス」 身体を起こして振り向き、知的好奇心を目に宿すマーカスをたしなめるように名を呼ぶ。マーカスは恥ずかしそうにうつ伏せに戻った。 オーベリウスは軟膏をつけた指で臀裂をつたう。すると軟膏は体温でぬるりと融け、クリーム色から粘性を帯びた透明な液体に変化する。肉輪のひだを見つけると液体を塗りつけ、中に指先を入れた。 マーカスの背中がびくりと跳ねるが、枕に顔を埋め異物感に耐える。オーベリウスの指がゆっくりと中を進み、時々屈伸させ何かを探るような動きをする。ある場所でくっと指が曲がると、栗の実大のしこりに指先が届いた。 マーカスの背中の産毛が逆立ち身体が反りかえる。もう一度引っ掻くようにしこりに触れられれば甘い痺れが下半身に迸った。はっきりと快感を自覚する。前立腺をいじられるたびに波紋のように快感が広がり嬌声が響く。身体がじんわりと熱くなり、熱に浮かされた思考がふわふわする。背中にはうっすらと汗が滲んだ。頭の中も身体も快感に埋め尽くされそうになり怖くなる。 いつの間にか指が増やされていたが痛みは感じない。抽送される指の摩擦にしては孔の縁が熱い。 「せんせ・・・薬、何が入って・・・」 オーベリウスは顔を顰める。 「主に|マロウ《粘液含有ハーブ》と弛緩剤と|クローブ《鎮痛剤》と・・・媚薬だ」 えっ、と声をあげる前に、マーカスの中で指がばらばらに動き始める。マーカスは堪らず啼いた。 「・・・効いているようだな」 指を引き抜かれる時さえ声が漏れる。身体が自分のものでないような気がした。だが息を整えるのに精一杯だ。 オーベリウスはマーカスのうつ伏せにしたまま、少し脚を開かせ腰を浮かせる。もう一度軟膏を後孔に塗り込め、オーベリウスの剛直を当て沈めていく。 マーカスの身体が震えた。先端が入ってきた時は快感と期待が湧き上がったが、中に進むにつれ内壁が引き攣り肉が拓かれる苦しみに呻いた。それと同じくらいの快楽も湧きあがり、処理できないうちにオーベリウスが動き始める。 「あっ・・・待って・・・!ああっ!」 身体を揺すられるたび、甘い痺れと苦痛が混ざり合い頭がおかしくなりそうだった。ひっきりなしに声が上がり、閉じられなくなった口から唾液がぱたぱたと垂れる。突き上げられるたびに苦痛より快感が勝っていき、それを追うことしか考えられなくなる。 だがマーカスの心は置き去りにされたままだ。腰を掴まれ後ろから突き上げられるのはオーベリウスの顔が見えず、ただ犯されているような気がして寂しくなる。ただでさえ過ぎる快楽についていけない。 「先生っ、先生、やっ・・・あっ・・・!」 絶頂の兆しが何度もやってきてはマーカスに欲望を吐き出させた。すでにシーツは白くぬかるんでいる。眦に涙が滲むが、枕を握りしめて暴力的なまでのそれに耐えることしかできない。 オーベリウスもまた、軟膏が塗り込められた場所に陰茎を擦り付けることによって媚薬に当てられていた。マーカスほど強烈ではないが、気を抜くと理性や吹き飛びそうになる。 マーカスの中は温かくぬめりを帯びて、弾力のある肉壁が自身を締め付ける。陰茎が飴菓子のように溶けてしまいそうだ。臓腑を突き上げ抉る行為などとんでもないと思っていたが、なぜこの行為に耽溺する者がいるのか理解した。 目の前が白く明滅し、射精感が迫り上がる。マーカスの中から自身を引き抜き、稲妻のように全身に走る快感に奥歯を噛み締めた。 マーカスの背中には白濁が散っていた。荒く息をしながら拭いてやる。 しかしマーカスに反応はない。眼鏡をかけて、額や米神にかかる前髪を掻き上げる。 マーカスの様子を伺えば、ぐったりとして目を伏せていた。意識を飛ばしてしまったのだろうかと血の気が引くが、呼びかければ紫の目が向けられた。それにほっとしたのも束の間、マーカスの目がきゅっとつりあがりぎょっとした。 「・・・先生、なんで媚薬なんて使ったんですか?」 「・・・すまない」 「謝って欲しいんじゃなくて・・・」 マーカスの目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。オーベリウスが手を伸ばすと振り払われた。 「・・・先生のバカァッ!」 普段礼儀正しく聡明なマーカスから幼稚な罵りが飛び出て、オーベリウスは目を丸くする。また、どんなに素気ない態度を取ってもオーベリウスに纏わりついてきたのに、初めて拒絶を示され思考が停止した。 マーカスは子どものように泣きじゃくっている。何がいけなかったのだろうか。何を間違えたのか。オーベリウスは困惑しながらマーカスにたずねる。 「マーカス、何がいけなかった?教えて欲しい」 「そ、そうやって作業みたいに・・・っ・・・仕方なく僕と・・・僕がそうして欲しいって言ったから」 「君は何を言っているんだ」 「先生は、本当に僕のことが好き?」 マーカスはまだ目を潤ませながらオーベリウスを見上げる。 「先生は、僕に優しくしてくださるけど・・・僕ばっかり先生が好きみたいだ」 大きな紫の目からポロポロと涙が転がり落ちる。会いに行く日を調整するのも、ともに過ごす時間の長さを決めるのも、抱擁や同衾を求めるのも、いつもマーカスからだった。他にもマーカスがこうしたいと望めばオーベリウスは出来る限り応えようとするが、オーベリウスからマーカスに恋人らしいことを求められたことがない。 自分が未成年だからだろうと今まで自分を納得させてきたが、身体を繋げても態度を崩さぬオーベリウスに、遂に不満が爆発した。 オーベリウスに愛されているという実感が欲しかったのだ。 我儘を言った挙げ句勝手に拗ねて、まだまだ子どもだと呆れられてしまうだろうかと思うとよけいに情けなくなる。穴があったら入りたいのに下半身がひどく重くて動けない。背中を丸めて枕に顔を埋める。 「私は君以外の人間と、こういうことをしたいと思ったことはないよ」 オーベリウスはマーカスの黒い髪を梳く。 「経験もないから・・・君を満足させられるかわからなかった。それで媚薬を使った。悪かったよ」 淡々とした口調だが、言葉を選んで宥めようとしているのがマーカスには分かった。やっぱり子ども扱いされているともどかしくなるが、オーベリウスに珍しく焦りのようなものも見てとれ多少溜飲が下がる。 「君は特別な子だよ、マーカス。君と過ごす夜は、よく眠れるんだ」 甘い響きを伴ったバリトンに、マーカスはたじろいてしまう。頭を撫でるオーベリウスの手の感触は優しく、甘く胸を締め付ける。 「これからも、私の傍にいてくれないか」 マーカスは、ようやく望んでいた言葉を聞くことができた。オーベリウスからマーカスを求める言葉を。マーカスはオーベリウスの手を頬に引き寄せる。 「はい、先生・・・」 マーカスが微笑めば、オーベリウスも頬を緩めた。 汚れたシーツを変え、服を着た彼らは寝台に横になるとどちらともなく身体を寄せる。心地よい倦怠感とお互いの体温が眠気を誘った。 「眠りたくないなあ・・・」という呟きに、オーベリウスは薄目を開ける。 「明日になったら、またしばらく会えないし・・・」 「あっという間さ。殿下も君を待っているだろう」 「リーフェルトはいつでも会えますから」 「君は忘れているだろうが、一国の王子にそうそう会えるものではないよ」 このような気軽で取りとめのない会話が、優しい言葉が降り積り、羽毛を含んだ布団のように温かく心を包む。 気がつけば抱き合って眠っており、いつのまにか朝が来ていた。 「わあ、積もりましたね」 寝室の窓から外を見ると、雪が厚く積もっていた。雲に太陽が滲み、雪はその光をわずかに反射させている。 「昼前には溶けるといいが。マーカス、歩けるかい?」 「え?平気・・・うわっ!」 寝台から足を下ろすも踏ん張りがきかずよろけてしまった。腰の辺りがずんと重い。原因を探るも昨晩のことがありありと思い出され顔から湯気が出そうになる。 「もう少し寝ていなさい。うちにあるもので何か・・・湿布薬がたしか・・・」 ぶつぶつ呟きながら寝室を出て行こうとするオーベリウスに、マーカスは恥ずかしそうに 「あの、それより先に・・・お腹がすきました」 と腹の虫とともに申告する。オーベリウスは 「わかったよ」 と笑いを噛み殺しながらキッチンに向かった。 窓の外ではまた雪がちらつき始める。 穏やかな日常が、春には花弁とともに、夏には強い陽射しとともに、秋には落ち葉とともに降り積もる。 二人がともに暮らし始めたのは、それが何度か巡った後の、雪の季節のことだった。 end

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