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《side 屋敷の主人》
見慣れた廊下を小さな子供を抱えながら歩くが、頭は今もあの部屋にいるであろうβの子供のことについて考えていた。
一卵性双生児と聞いていたが、全くもって似ている部分が見当たらない2人。容姿も、性格も、考え方も全てが似ていない。
俺の知り合いの息子にも一卵性双生児がいたが、姿はクローンのようにそっくりだった。
特に弥斗だ。
あの馬鹿の種子からできたとは思えないほどの容姿。一度母親の方と会ったこともあるが、やはり似ていない。弥斗は本当にお前らの子供なのかと馬鹿が生きていたら聞いてみたかったものだ.....。
まぁ、100%俺が殴られるだろうな。
会う度に自慢してきた馬鹿を思えば、本当に自身の子供なのだろう。
「坊ちゃん」
聞こえた声に舌打ちし、思考を止める。
この屋敷で俺をそう呼ぶのは幼い頃からそばに居た藤間 しかいない。
「おい、藤間。いつまでそう呼ぶつもりだ?」
顔を顰め振り返ると、そこにはやはり藤間が立っていた。白髪をオールバックにし右目にモノクルをかけた見た目50くらいの男。しかし本人の年齢はとうに70を超えている。
......とんだ見た目詐欺だな。
「俺はもう30だ。いつまでも坊ちゃんと呼ばれるのは馬鹿らしいだろ」
「何を言いますか。7歳児の演技に見事騙され、挙句の果て決めた事を破ろうとするとは....坊ちゃん呼びで十分ですぞ」
あの糞ガキ....藤間にチクりやがった。
「それに.....下を見てくだされ」
「下?」
藤間に言われた通りに下を向くが、そこには敷かれた茶色い絨毯しか.......そういうことか。
俺は脇に抱えた子供を横抱きにする。
「......すまん」
「坊ちゃん.....絨毯についた血を取るのにどれだけの労力がかかるのか知っておりますか?」
「だからすまんと言っているだろう。些か口うるさすぎやしないか?」
「坊ちゃんが弥斗様の弟君を抱えて歩いてきた距離を考えれば、私も愚痴を言いたくなるものです。また考え事をしていたのでしょう?デタラメに屋敷内を歩いていましたよ」
グゥの音もでない。
やはり藤間に口で勝てる日はこなさそうだな.....。
「一旦、部屋に入って弟君の治療をしましょう。血を流し続けるのは危険です。......止血しなければ」
そう言って俺の腕の中から子供を奪うように抱え、藤間は近くの部屋へと入っていった。
一応俺は藤間が仕える主人なのだが.....その対応はいいのか?藤間よ。
経緯からして俺が悪いのは理解しているが。
「はぁ」と溜息をつきながらも、俺は藤間の入った部屋にへと足を向けた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
部屋に入ると、流石と言うべきかもう既に処置を終えた藤間が救急箱を片していた。
入ってきた俺に気づいたのか藤間は「それほど酷い傷では無いですが、目を覚ますのに2、3日はかかりましょう」と聞いてもいないのにそう話す。
一応「そうか」とだけ返事した。
別にその子供については興味ないのだ。この家にとって丁度いい人材であるのはわかるが、だからといって俺が相手する必要は無い。いい年齢に育つまでは藤間に任せるつもりだ。
これがあのβーー弥斗ならば俺直々にやってもいいと思うのだが.....。
「そんなに弥斗様が気になるのでしたら、頭を下げて頼んできたらどうですか?『もう一度話し合おう』と」
まるで俺の考えを見透かしたような言葉に眉間が寄る。顔にでてないはずだが.....藤間のことだ、俺の考えを見透かしても不思議ではないな。
「この俺が頭を下げるだと?7歳の子供にか?....冗談はよせ。それにアレの意思は変わらんだろう」
「しかし、今思い出しても弥斗様は凄かったですね」
「.....最初に馬鹿な子供のように駄々をこね自由に遊びたいなど訳の分からんことを言い出したときは、この屋敷から今すぐにでも追い出してやろうかと思ったな。まぁ、それもあってαの方をこの家で引き取り弥斗を他の家にやるということにしたが......」
「ふふふ。それを決定事項としてお伝えした瞬間、弥斗様はそれはもういい笑顔をなさいました。私は久しぶりに鳥肌が立ちましたよ」
「まさか無知な子供の皮を被っていたとはな.....。弥斗は正しく理解していたのだ。この家の事を」
「坊ちゃんが固まった姿は今思い出しても笑ってしまいますね」
「あれは仕方ないだろう。双子のことは馬鹿から聞いていたが、親バカだから誇張して言っているのだろうと思っていた。......確かに兄の方は優秀だったな。俺があれくらいのころでもあそこまでではなかった。弟の将来を考え、自身の望みも叶えうる選択を俺に選ばせるとは。......やはり欲しいな」
「.......」
「だが、今はいい。こっちにあいつの弟が居る限り、引き戻すチャンスはあるだろう。まぁコイツ次第だな」
そう言って未だに眠る子供に目を落とす。
「......俺はもう行く。コイツが成人するまでのことは全てを任せる、藤間。いくら金をかけても構わん」
「かしこまりました。.....あぁそう言えば先程、弥斗様から小学校は弟君と同じところに通えるようにして下さいと言われたのですが.....?」
「何故あいつは俺にそれを直接言わんのだ?それにそういうのは俺が決めることではないだろう。弥斗の養子先が決めることだ」
「と、私も弥斗様にお伝えしたのですが.....どうやら弟君の行く学校を一般の小学校にして欲しいという意味らしく」
「藤間、お前わざとだろ。最初からそう言えばいいものを.....全く。答えはNOだ。あの子供をどこに入れようが俺の勝手だろう。そうだな....βが入れないα専用の学校にでも入れるか」
弥斗の望み通りに動くものか。
今頃部屋で眠っているであろう子供を思い嗤う。
すると藤間が俺の目の前に歩み出て向き合う形で立ち、懐からスマホを取り出した。
突然の行動に困惑するが取り敢えず成り行きを見守る。
「こちらを....」
藤間はスマホを操作し、そして画面を俺に向けた。
『ゴホン。どうせあの人はチビをα専用の学校に入れるとか大人気ないことを言うだろうけど.....貴方はチビに関しては全て藤間さんに任せるって言っていると思うので、それを決めるのは藤間さんに権利があるんですよ?』
まるで俺を嘲笑うかのように画面の中の弥斗は言った。
『ということで藤間さんお願いします。....え?なんで動画を撮ったかですか?それは僕を殺しかけた人に対する仕返しです。今頃顔を真っ赤にして怒ってるんじゃないですかね?』
その言葉を最後に動画が終わる。
「ふふふふ、坊ちゃん。顔が真っ赤ですよ?」
「っクソガキめ!」
そこら辺に置いてある棚を蹴ろうとして、ピタリとやめる。
ダメだ冷静にならないと弥斗の思うがままだ。
クソっ、本当になんなんだアイツは!?
やはり7歳児というのは嘘だろう??
「俺はもう休む.....」
あの糞ガキ....いつか絶対泣かす
部屋を出ていく我が主に笑みを抑えきれずにいる藤間。彼の心中は今、歓喜と興奮が渦巻いていた。
藤間の主はあまり感情を表に出さない人間で、近寄り難い雰囲気を持っている。それがどうだ、弥斗に出会ってからは顔を顰め、口角を上げ、挙句の果て顔を屈辱に、怒りに染めたのだ。
幼い頃から見ている彼のその変化を喜ばずにはいられない。
「坊ちゃん、気づいていますか?本来の貴方様であれば子供の申し出など無視していたはずです。それなのに弥斗様の申し出には応じた.....ふふふふ、きっと一目見たときから弥斗様に何かを感じていらしたのでしょう。嗚呼!弥斗様はやはり坊ちゃんに必要な方なのです!!」
そしてハッとするように「おっと、これは拙い。私としたことが少々はしゃぎ過ぎたようですな」と言い咳払いをする。
藤間の視線は眠る子供に向く。
「期待してますよ、弟君」
頭を労わるように優しく撫で、藤間はこの部屋を後にした。
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