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ボールの世界 #6

 へそを曲げるのを通り越して落ち込み始めた一星と共に、次なるオーナメントへ向かう。  ぶつぶつと「好みの問題」だの「範囲外」だの、よく分からない独り言を零し始めた一星に、流石に意地が悪かったと反省した俺は一星の肩をぽんぽんと叩いた。 「ごめん。俺が悪かったよ。ほら、シャキッとしてくれ。ここを出たら告白しにいくのもいいんじゃないか? アンタぐらい顔良けりゃノンケでもオッケーしたくなるよ。自信持て!」 「もう失恋した気分なんだが」  そんなこんなで次にブレッドが、ここ!と指差したのは、リンゴのように真っ赤なボールのオーナメントだった。  サテン地にスワロフスキーを散りばめたボールは面積が広い分、キャンディの杖よりも大きく見える。 「ブレッド、分かるのか?」 『ここな気がするの!』 「適当だな、おい」  ツッコミ所があるのは今更だ。ここまで来れば後は流れるまま身を任せよう。  足元の綿を蹴り上げ、二人してオーナメントの中へと飛び込んだ。  ダン! と叩きつけるような着地音が響き渡る。  降り立ったのは、深紅の緞帳が降りた舞台の上だった。といっても反対側に客席が広がっている訳ではない。中央に立つ雪雄と一星を取り囲むような形で、四方すべてに緞帳が下りていた。  豪奢な金枠が窓のように四つ横に連なり、緞帳はその内側から下りている。金枠の頂点にあるモチーフはそれぞれ違い、ネズミ、兵隊帽、クリスマスツリー、薔薇に別れている。 「へえ。前回のとはまたずいぶん毛色の違う感じだな。どっちに行く?」 「ブレッドに決めさせないか。さっきの天使探しで外さなかっただろう」 「確かにな。おうブレッド、どうだ。分かるか?」 『うーん。たぶん天使ちゃんはあっちにいるんだけど、今は行かない方がいい気がするなあ』  あっち、とクッキーの手が指差したのはネズミの緞帳だ。  モチーフのネズミはやたらと目つきが悪く、上から雪雄と一星を睨みつけているようにも見えた。  じゃあ別の方向に行ってみるか、と口に出す前に真っ赤な緞帳がするすると上がり始める。上がったのは勿論、ネズミの緞帳だ。 「なあユキ。俺はあのモチーフでなんとなく察しがついてきたんだが」 「奇遇だな。俺もだよ」  緞帳の先は青みを帯びた闇が充満しており、かすかにチュウチュウとあの独特な鳴き声が聞こえてくる。鳴き声はひとつやふたつではない。何十、何百、何万とだ。そのことを証明するかのように対の真っ赤な眼光が闇に浮かび上がっていく。  その一番奥で一際強く目を光らせるのは、赤いマントを纏う巨大ネズミだった。頭の上には黄金の王冠が光り輝いている。 『二人とも! あそこ!』  ブレッドがネズミの王冠を指差す。  金の王冠の内側には赤いベルベットの布が張られており、そこが帽子部分になっている。  そしてその帽子の上で、天使がすやりと寝ていた。 「いるな、天使」 「いや寝る場所もうちょい選べよ!」  ――チュ―ッ!  王ネズミのひと鳴きで夥しい数のネズミが津波のように押し寄せる。板張りの舞台が一気に灰色のハツカネズミで溢れかえった。  前歯どころか歯茎すら剥き出しにして飛びかかるネズミの大群は、我先と雪雄たちの衣服に噛みついていく。 「うわああっ!?」 「うっ……」 『ひゃーっ! かじられるううううう』  視界いっぱいにネズミ地獄が広がった。  力任せにネズミたちを振り払うも、離れた先からまた次のネズミが噛みついてくる。厚手のコートの袖口に手を引っ込めているので今は素肌への被害はないが、それも時間の問題だろう。ネズミは次から次へ無限に増えていく。  一星の胸ポケットに引っ込んだブレッドに至っては、いつ食われてもおかしくない。  どうすればと奥歯を噛み締めた所で、袖を強く掴まれた。一星だ。片方の手で雪雄の袖を、もう片方の手で胸ポケットを押さえている。 「ユキ、このままじゃジリ貧だ。別の緞帳の中に入るぞ」 「わかった!」  言われるまま雪雄は向かいのクリスマスツリーがモチーフの緞帳に振り返り、そしてギョッとする。  向かいの緞帳は既に開いていた。  緞帳の向こう側には豪華絢爛な洋館の居間が広がり、中央には本物のキャンドルで照らされたクリスマスツリーが置かれている。  逃げ込もうとしたそこもまた大量のハツカネズミで溢れかえり、ツリーの下に山と置かれたプレゼントボックスを一つ残らずかじっていた。あぶれたネズミがツリーの葉先にまでかじり始めている。 「こっちよ、こっち!」  甲高い子供の声に振りくと、壁にかけられた風景画の真下、マホガニー製のチェストの上でこちらに手を振る小さな影が見えた。  人差し指ほどの小さな少女は、雪のように白いネグリジェをひらめかせながらこちらに手を振っている。  雪雄と一星は一時顔を見合わせ、慌ててチェストに飛び乗った。カールの栗毛を結った少女は素早くポニーテールを翻して奥に引っ込む。  ジャンプの衝撃で、二人の服に噛みついていたハツカネズミが宙に待った。

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