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第12話 中庭の情交 其の三★

   かさい……と。  こちらを見ろとばかりに名前を呼ばれて、香彩(かさい)は熱い息を吐きながら、快楽に濡れた目で、ぼんやりと彼を見る。  ほのかに光る神桜と、皓々と照る真月を背にしている所為か、彼の姿が暗くてよく見えない。  だが。 「──ぁ……」  その伽羅色だけは、光を帯びていた。  冷水を触ったかのような、背中を(はた)かれたような気持ちがして、香彩は息を呑む。  金目に光り、彼が動く度に光の軌跡を残すそれに、香彩は囚われる。    こんなに、綺麗なものが。  自分のものなのだ。  自分だけのもの、なのだ。    そう思うと、ぞくりとしたものが背筋を駆け上がる気がした。 「……りゅ……こ、と……」  途切れ途切れに彼の名前を呼べば、開いていた彼との距離が近くなる。  息が唇に触れる。  そんな位置で。 「……りゅ……ほんと……嫉妬深……い」 「……るせーよ……」  吐息のような声でそんな会話をしながらも、見つめる目はまだ熱で満ちている。  自然と重なる唇に、香彩はうっとりとして目を閉じた。  ほんの少し触れるだけ、啄むだけの接吻(くちづけ)を交わして、唇が離れる。 「……神桜に……嫉妬なんて……」 「──それだけじゃ……ねぇだろ?」  確信めいた竜紅人(りゅこうと)の口調に、香彩は思わず身体をぴくりと動かした。  ここで誤魔化しても仕方ない。嫉妬で責められるなんて、先程でもう充分だ。 「なんで……分かった……の……?」 「……結界を見て、お前の香りの質が変わったからな」 「あ……」  紫雨(むらさめ)の気配が残香のように漂う結界の(もと)、肌を晒していることに、確かに複雑で気恥ずかしいという感情を抱いたのは事実だ。だがそれが、自分の香りにまで影響するなんて、香彩は思いもしなかった。 (……ああ、だから)  紫雨の結界と、神桜の見えるところで繋がって、これらに見せ付けるようにして、香りを変えたかったのだ。  すまない、と竜紅人が耳元でそう囁いた。 「嫉妬しても仕方ないものに嫉妬してるって、分かってる。だけど」  蒼竜屋敷(ここ)にいてる今だけは、俺のことだけ考えてくれないか? 「……俺のことだけ考えて、噎せ返るほどの『御手付(みてつ)き』の香りで、包んでやってくれ……」  俺のことを。   「──……っ」 「勝手だって分かってる。……おっさんの気配が、気になるのも分かってる。だけど俺の領域にいる間は、他の男のこと、考えてくれるな」  かさい……と再び熱で掠れた声を耳に吹き込まれながら、耳朶(じだ)を強めに噛まれる。その甘い痛さに香彩は、無意識の内に穿たれたままの雄を、きゅっと締め上げた。  耳輪(じりん)を口に含んだまま、軽く吸い上げられて舐められながら、ちくちくと当たる竜紅人の牙の痛さが堪らない。  文字通り何も考えられなくなりそうになって、香彩は流されそうになる自分を、心の中で叱咤する。 「……男って……んっ、……紫雨……だよ……?」  上擦りそうな声を何とか抑えて、香彩が言う。  香彩には分からなかったのだ。  何故、竜紅人が紫雨に嫉妬するのか。 (……もしかして、揶揄われでもしたのかな)  彼らの間に、自分のことで何かあったのかもしれない。  そう香彩の中で思わせるには充分なほど、竜紅人の牙は、ぐっと香彩の耳の一番柔らかい所に食い込んだ。 「──んんっ……」  まだ強めの甘噛みの域を出ないものだったが、鋭い牙の感触に、香彩は怯えを含んだ艶やかな声を漏らす。  そんな様子を見た竜紅人は、はぁ……と、(わざ)とらしい熱い息を、耳孔へと吹き込むのだ。 「……俺からすれば、厄介だ。随分と扇動された」 「……え……?」   それはどういうことなのか、香彩が聞こうとしたその時だ。  竜紅人がゆっくりと、香彩の背中を神桜の幹から離す。背中の支えがなくなった香彩は、思わず竜紅人の首に腕を回して、しがみ付いた。 「──あっ……ん…っ! そん……」  膝裏を通して腰を抱えられて、後蕾に挿入(いれ)たままだった竜紅人の雄が、結腸の肉輪をぐっと突き上げた。  香彩の身体がふわりと浮く。  竜紅人は香彩を挿し貫いたまま、その身体を軽々と抱き上げて立っていた。香彩のほとんどの重みが結合部に掛かり、竜紅人の剛直をますます深く咥え込む。 「……あっ……か、はっ……ん!」  ふるりと香彩の身体が震えるのを、宥めるように竜紅人は、耳朶を舐めては軽く吸う。  そしてそのまま、竜紅人は歩き始めたのだ。  

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