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第8話
ユンユンに連れて行かれた先が何なのか、流石にウブなトウマでも外観からわかった。ホテルだ。それも恐らく普通ではない。例えばチェックインするのにホテルマンと対面しないよう、鍵を取る形だったりするとか。先払いの自販機にユンユンは何かカードを入れて決済していて、猫又もクレジットカードとか契約できるんだろうか? とトウマはそんなことを疑問に思った。
「ちょうどイイ部屋が空いてたアルネ」
「い、いい部屋?」
「そう、とってもイイ部屋ヨォ」
ユンユンは色グラスの下でニッコリ笑って、その部屋へと案内してくれた。
廊下は一般的なホテルと同じように静かで落ち着いた雰囲気だ。けれど、ここは「そうした利用客」が「そうしたコト」をする場所なのだ、と考えると、トウマは頰が熱くなる。そして、どうしてこんなことになったのだかわからないけれど、自分もその一人になっているのだ。
ユンユンが慣れた手つきで部屋の鍵を開けて、お先にドウゾ、と中に入るよう促す。おずおず中に入ると、まず目に入ったのはとてもお洒落な客室だった。落ち着いたベージュの壁紙に、海を描いた絵画が飾られ、広くて清潔そうなダブルベッドにはクッションがいくつも乗っていてまるで高級ホテルだ。
革張りの大きなソファに、大型テレビ。冷蔵庫に……と、トウマは視線を移して目を丸くした。ここまではお洒落な客室だったのだ。なのに突然異質な物が目に入った。
壁にいくつもの金属製の手すりのような物が、高さを変えて並んでいるし、バスルームはガラス張りだ。おまけにその隣には、明らかにこの部屋にふさわしく無い謎の椅子が置かれていた。
真っ赤なそれは背もたれから足にかけて大きなX字のような形をしていて、腰掛ける座面は何故か真ん中に切れ込みが入っており、座ろうと思ったら大きく両脚を開くしか無いだろうし。おまけに椅子の足とは別に、ふくらはぎを置くあたり、レッグレストと呼ぶだろうか? そこには足を巻けるようにベルトがいくつも用意されていて、トウマでもその椅子の使い方が容易に想像できた。
(いい部屋ってこういうこと⁈ 俺にコレを使う気なのか⁈)
トウマは慌ててユンユンを振り返ったけれど、彼は部屋に鍵をかけるとまずはジャケットをハンガーにかけたり、ソファーにどっかり(そう、それはもうバウンドするぐらいにどっかりと)腰掛けて、「ご主人サマ、こういうトコ、初めてアルカ?」と尋ねた。その手にはレストランに置いてあるようなメニュー表が握られていて、一体何のメニューなんだとトウマは震えた。
「そ、そりゃ、初めてだけど……」
それは事実だ。見た目が怖い故に、これほど素直で純真なトウマは女性とそういう関係になることすら無かったのだから。おどおどするトウマを手招きして、ユンユンはソファの隣に座るよう促す。
「怖くないアルヨ〜。ほら、見るアル。カラオケルームと同じネ。ご飯も食べれるヨ〜」
ユンユンはそう言ってメニューを見せてくれた。
「ほ、ほんとだ! オムライスとかある……」
アルコールを含むドリンクメニューの他に、オムライスやサンドイッチを始めとした食事も描かれている。そのことに少し安堵した。なあんだ、ラブホテルって言ってもそんなに怖いところじゃ無いんだ、と。
「まあ、それだけじゃないアルケド」
ユンユンはそう言ってページを捲った。そこには先ほどの店で見たようなオモチャの写真が並んでいて「おわーっ!」とトウマは声をあげて飛びのいた。
「ご主人サマ、リアクション面白いアルネ!」
「か、飼い主をからかってるんじゃないっ!」
ケラケラ笑うユンユンにトウマは顔を赤くした。ユンユンはややして、ゆっくりとサングラスを外す。青い瞳が、化粧でもしているように濃い睫毛の下で妖艶に細められた。
「ふふ、からかっているわけではないネ。改めて……ご主人サマ、どれで「アソブ」アルカ?」
「……うう……」
トウマはメニューをチラッと見たり、ユンユンの笑顔を見たり、床を見たりを繰り返した。正直に言えば、もう答えは決まっているのだ。トウマにはどうしてだか、「いらない」という選択肢が無かった。
随分と長い時間をかけて、トウマは小さく「……コレ……」と一つのオモチャを指さした。
そしてトウマは湯舟に浸かっている。
ガラス張りのバスルームであることが気になったけれど、別にユンユンがいつもするように曇りガラスのドア越しに肉球を見せつけてくることもなかったのはよかった。ただでさえこれからどうするのか不安と期待でドキドキしているのに、じっと見つめられたら頭も胸も爆発してしまいそうだ。
ついでにこの妙に広いバスタブが、ゆっくりと7色に光るものだから全く落ち着かない。どうしてバスタブが光るんだ、この機能必要なの⁉ トウマはそんなことを考えて気を紛らわせ、念入りに体を洗った。しかし尻をどうしていいのだかさっぱりわからない。かといってユンユンに洗ってもらうのも恥ずかしい。
チラリと彼のほうを見ると、彼はなにやらベッドの周りをウロウロしながら何か準備をしているようだった。オモチャで遊ぶ準備を、と考えるとまた羞恥がこみ上げる。とはいえ、ここまできてしまっては、やっぱりやめるとも言えない。そんな気がしていた。
よくわからないなりに綺麗にした体をタオルで拭き、バスローブを羽織る。うわー、なんかフワフワだすげえ、と独り言を漏らしつつ部屋に戻る。同じくバスローブ姿のユンユンが、ベッドの淵に腰掛けたまま笑顔で迎えてくれた。
「ご主人サマ、おかえりアル~。さっぱりしたネ」
「う、うん……」
近寄るとぎゅっと抱きしめられて、トウマはまた子供のように言葉が紡げなくなった。見た目は三白眼でガタイの良い男なのに、言動が幼女になりつつある。もっとも、幼女にこんなことをしたら色々とアウトだろう。
「ところでご主人サマ。ちょっと確認アル」
「ん、な、なんだ?」
ユンユンは一度身を離して、トウマの瞳を見つめる。座っていると、ユンユンとトウマの視線はほぼ同じ高さだった。青い瞳がまたたく。
「ここまでしておいて言うのもなんアルが、夜も遅いネ。このままここで、ただ寝て帰ってもいいのヨ?」
そう言われてみれば。ユンユンを探しに出てからだから、随分夜も更けている気がする。確かに、このフカフカのバスローブに包まれて、広いベッドでぐっすり眠るのもいいかもしれない、と一瞬思った。けれど。
(こ、ここまできて、何も無しで寝れるかよぉ……)
散々たきつけられた心も身体も、このまま眠れるような状態ではなかった。しかしそれをどう伝えていいか。適切なおねだりの仕方もわからないトウマは考えた挙句、「す、する」と短く呟いてそれで俯いてしまった。
「……フフ。ワタクシも、シたいアル」
さあさ、お客サン。ベッドに仰向けになるアル。ユンユンにそう言われて「またお客さんって言ってる……」と呟きながら、トウマはノロノロとベッドに上がった。
部屋の電気を消しても、間接照明が妙にピンク色で落ち着かない。前回と違い、仰向けになっているから猶更だ。薄暗い中で、バスローブ姿のユンユンが覆い被さって来るのは何故だかそれだけで妖艶に見えて、トウマは胸の高鳴りを感じて仕方なかった。
そのまま首元に顔を埋められ、ちゅ、ちゅと軽いキスを繰り返される。またリラックスさせようとしてくれているのだ、と思う。それに、そんな仕草は猫の時とあまり変わらないような気がして安心した。よしよし、とユンユンの背中を撫でる。ふわふわの毛の代わりに、ふわふわのバスローブが心地よい。
ふふ、とユンユンが耳元で笑ったのはくすぐったかった。というか、ゾクゾクする。思わず震えていると、その耳に囁きかけられる。
「今、ネコちゃんなのは、ご主人サマヨ?」
猫扱いしたのがバレたようだった。何か言おうとする前に、「かわいいコ」とこぼしたユンユンに耳をぺろりと舐められる。たまらなくゾクゾクして、「あ」と吐息が自然に漏れた。
それに気を良くしたらしい。かぷりと耳たぶを甘く嚙まれたり、ちろちろ舌で触られたり、吐息や言葉を優しくかけられたり。耳を責められるだけで全身が震えるようで、トウマは身悶えしてユンユンを抱きしめる。ぎゅ、とバスローブを握って耐えている間も、執拗に耳や首を責められて、それだけでも息が上がってしまった。
ちゅ、ちゅと優しい口付けは、首筋を辿り、鎖骨を味わい、そのままバスローブを掻き分けながら胸に辿り着いた。そのまま、慎ましやかな乳首に、ちゅっと吸い付かれて「わ!」と思わずユンユンを見る。乳首を唇で包んだまま、上目遣いをしている彼と目が合った。
「ゆ、ユンユン。そこ……」
普段触らない場所だから、トウマは困惑した。どうしてユンユンは女の子でもないのにそこに吸い付いたのだろう。当然トウマに胸の膨らみは無いし、もちろんおっぱいだって出やしないのだから。
ユンユンは特に何も答えず、にっこりと笑顔を浮かべると、そのまま丁寧に乳首を可愛がった。舌先で転がし、唇で挟まれ、ちろと先端を舐める。もう片方も指で同じように弄ばれて、ぴりぴりとした軽い痛みにも似た刺激が絶えず続いて、トウマは困惑しっぱなしだ。
「ユンユン、そこはもう、いいから……」
気持ち良くない、と言ったらユンユンが残念がるかもしれない。だからそう言ったのだけれど。
「……あっ⁉」
きゅ、と指で摘まみ上げられた時、きゅうん、と腰の奥が疼いた。見れば、ユンユンに時間をかけて愛されたソレは普段とは違い、ぷっくりと赤らんで膨らみ存在を主張している。唾液でテラテラ光っているそれにかぷりと軽く歯を当てられると、「ひっん、」と妙な声が漏れた。
これではまるで、乳首で感じているみたいじゃないか。
まるでもなにも、そうでしかないのだけれど。トウマはまだ認められなかった。ユンユンのほうはといえば言うことを聞き、乳首から離れてくれたから一瞬安心した。しかし、その口づけがじわじわと下へ下へと降りていくものだから、つまり次は、と考えてまた腰の奥が熱くなってしまった。
困ったことには、これまでの流れで期待をしてしまった陰茎はすっかり固くなって震えている。触って欲しい、と無意識に腰が揺れてしまう。ところが、ユンユンはそこに触れないまま顔を離してしまった。
「あ、う」
思わず声が漏れる。残念に思っていることがバレるのは恥ずかしかったけれど、もうそれどころではないのだ。ユンユンを見ると、彼はまた安心させるように微笑む。
「ご主人サマ、言うこと聞いてネ?」
「う、ん」
「このまま、タイイクズワリ、できる?」
え? とトウマは首を傾げた。体育座り、そりゃできるけど、と起き上がろうとして、「そのまま、仰向けで」とベッドに押し返されて困惑する。どういうことだ。考えながら、のろのろと試しに足を胴体に引き寄せようと試みる。それをユンユンも手伝ってくれた。
途中でトウマは気付いた。まるで赤ちゃんのオムツを替える時みたいではないか。慌てて止めさせようと思ったけれど、そのままユンユンの望む体勢まで誘導され、おまけに自分の手でそれを支えるように促された。トウマは自分の膝裏を抱えて脚を上げた姿勢になり、無防備に股間が晒される姿になってしまった。
「ゆ、ユンユン~!」
恥ずかしい、というメッセージを込めて名を呼ぶ。しかし彼は「少しそのままネ?」と目を細めて、また問答無用でローションで手を濡らし始めた。この状況で触ってもらえそうな場所などわかりきっていて、トウマは震えあがった。
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