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寒凪と嘘/嘘

力無く吐き出した紫煙が特徴的な歪みを描き、天へのぼる。 煙を吐く。 それで間違いないのであろう。 しかし、これは溜め息だった。 深く熱を吸い込み、大きく息を零す。 その繰り返し。 何度も、何度も不規則的に。 燃え尽くした灰にも気が付かず、いつの間にか煙ではなくただ冷えた空気に広がる白い息は 視界を緩やかに濁し、そして再びクリアな夜空を映し出す。 頭上に散らばるオリオン座の三連の粒は クラりと瞬きを混じえる目眩を起こせば一つの線に見えた。 星に詳しくない自分にもわかる唯一の星座。 冬を象徴するそれを何処か懐かしむと共に 冷たい風に全身を駆け巡る粟立ちを覚えれば、 ようやくベランダの手すりから肘を離す気になれる。 ほんの少し前までは、厚い雪化粧に覆われた味気のない世界だったと言うのに。 雪は溶け、日毎に花をつけ始める木々は葉を擦り合い、はるか遠くのさざ波すらこの耳で捉えることが出来た。 この世界に本当の意味での無音は存在しないのだ。 風のせせらぎ、波の波動、そしてあなたの呼吸。 あぁ、冷蔵庫も腹を空かせたような唸り声を上げるかもしれない。 この世は音で充ちている。 きっと、満たされている。 気にとめてみなければ、そんな簡単な事にも気が付かない。 「──来碧さん?」 「……あぁ悪い。寒かったか?」 「ううん。目開いたら居なかったから」 幾千の星粒を散りばめているというのに、 今夜も空は俺に月を見せるつもりが無いようだ。 けれど、今はもう。 「…好きだよ。綾木さん。 俺を番にしてくれて、ありがとう」 そんな回りくどい事をしなくても、 昔の偉人の力など借りなくても。 「ぇえ…っ。い、いきなり…」 「綾木さんは?」 この心も、身体も、声も、匂いも全部 「…………す、き…です」 あなたのもの。 「ん。知ってる」 寒さにも負けず、広大な宇宙いっぱいに咲く星達が、紛うことなき証人だ。 独りで生きるつもりだった。 孤独でも輝き、辺りを照らす太陽になりたかった。 だが、俺は所詮太陽になりたかっただけの月だ。 光を浴びる事で初めてその存在を闇夜に映し出す事が出来る、太陽とは比べ物にならない 小さな、小さな星。 そんな俺を照らす大きな太陽は 澄んだ晴れ空が何よりも似合うことだろう。 fin.

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