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1-6 こんなはずじゃなかった。 ◆

 唖然とするオレを置いてきぼりに、九重はオレのズボンのベルトを外し始める。  オレは慌てて身を捩った。 「むりむりむり!! やめろ!!」 「おっと……暴れんな。倒れるぞ」  九重が携帯を離してオレの身体を支えた。脇腹。剥き出しの素肌に他人の手が触れて、ぞわっと怖気立つ。 「触んな! 気持ちわりー!」 「気持ち悪い? ……本当に?」  煽るように訊くと、九重の手は今度はオレの胸元を撫で上げた。陶器に触れるように、そっと優しく。  冷えていた肌が、急に熱を持ち始める。じわりと汗の玉が浮かんでは流れ、その感覚に身震いした。 「気持ちいいの間違いじゃないのか」  屈辱。顔が赤くなったのが自分でも分かった。 「なんで……っ何でこんなことするんだよ! ゲイなのかよ、お前!?」 「いや? 俺は男も女も等しく、恋愛そのものに興味が無い。安心しろ」  何に安心出来るっていうんだよ!? 「何もしないって言ったじゃん!」 「そうは言ってない。お前が反抗するからだろ。大人しくしてればすぐ終わるのに」 「それに」と言葉を切り、九重はオレの胸の突起に指を滑らせた。途端に、ぴりっと電気が爆ぜたような感覚が走る。 「被写体のいい顔を引き出すのがカメラマンの仕事だろ」 「意味わかんねッ……やめろ、そこ! っやだ!」  オレの制止など気にも止めず、九重はそこを重点的に責め始めた。指先で優しく撫ぜ、親指の腹で押し潰し、時にはくるくると輪郭をなぞるように。 「やめ……っ」  力が抜けて、弱々しくしか声が出せなくなってきた。やめろ、何か……何か変だ。変な感じになってきた。 「花鏡は胸でも感じるんだな」 「ちがっ……ぅあ!?」  身体が跳ねた。突起を指先で軽く弾かれたからだと、すぐには把握出来なかった。オレのそこはいつの間にかぷっくりと充血して起き上がっていた。はしたない程に、赤く染まって。そこを、九重の指が紙縒( こよ)りみたいに摘んで転がす。  びりびりと電流の走るような感覚に、肩が弾む。息が上がる。 「いい声、出るじゃん」  揶揄うような九重の声が、逸らした顔の耳元で囁く。 「ぅる、さい!」  九重は尚も執拗に同じ箇所を指先で弄う。オレはもう、強く目を瞑って耐えることしか出来なくなった。  何だこれ、何だこれ、何でそんな所が、こんなにも……。  その時。ぐりっ、と一際強く摘み上げられ、頭の中で何かが爆ぜた。 「っ……!?」  息を詰めた。声を出さないようにするのが精一杯で。縄の許す限り、ぎゅうっと背を屈めて妙な感覚を逃がそうとする。熱い吐息が漏れる。伏せた睫毛が震える。じわりと涙が滲み出た。  一瞬の強い波の後、放心状態でオレはぐったりと倦怠感に身を晒した。  九重の声が遥か遠くから降ってくる。 「花鏡、もしかして今胸だけでイったか?」  イ……? 何だって? 「……んな訳、ねーだろ……」  掠れた声で、抗議する。緩慢な動作で顔を上げ、睨みつける。視界が揺れて、九重がぼやけて見えた。目尻から涙が溢れて、頬を濡らす。……あれ? 泣いてんのか? オレ。違う、これは生理現象だ。別にそういうアレじゃない!  九重はオレの顔をまじまじと見据えた後、そこから更に視線を落として、 「射精()してはいないようだな」  ――何かを確認した。釣られてオレもそっちを見ると、途端に硬直した。オレの下半身は、いつの間にか露出していた。しかも、先をもたげて元気に屹立し始めている。  今やベルトは完全に外され、下着ごとズボンが途中までずり下ろされていた。いつだ? いつ脱がされた?  たぶん、オレが身を捩って胸への刺激から逃れようとしてる時に。オレを弄るのとは別の手で、九重は見事に器用な真似を働いていたんだ。 「あっ……」  自分のそれが視界に入ると、オレは羞恥に震えた。嘘だろ。嘘だ。何で勃ってんだよ。 「胸だけでイクとか、女みたいだな。感度良すぎ。普段から自分でも弄ってたのか?」 「ちが……っちがう! そんなこと、する訳ないだろ!」 「じゃあ、初めてで胸イキしたのか? お前、素質あるんじゃないか」  ククッと、意地の悪い笑い方。 「うるさい!」  何の素質だよ!! 「ここ」と九重の手が、不意にオレの下の屹立の先に触れた。びくりと腰が跳ねる。 「苦しそうだな。ついでに抜いてやろうか?」 「ッいらない!」  ……ああ、惨めだ。何でだ、何でこんなことになってる。ていうか、何でこんなことするんだよ。写真撮るだけって言ったじゃん。嘘つきヤロー。 「もっ……撮れよ。写真。早く。とっとと終わらせろよ」  ほとんど泣き声で半ばヤケっぱちに訴えかけるも、九重は(うん)とは言わなかった。 「そこは、『撮ってください』、だろ?」 「ひっ……!?」  握られて、声が出た。オレの、大事な。誰にも触れられたことのないような場所。そんなとこを、九重は無遠慮に掴んで、軽く力を込める。  恐怖に引き攣ったオレの顔を見下ろして、九重は冷酷に告げた。 「『校内で縛られて剥かれて男に触られて興奮して感じてるド変態の僕を撮ってください』……って感じで。上手にオネダリ出来たら、やめてやるよ」  やめる? 何を? 思った直後、九重はオレを握った手をそのまま上下に動かし始めた。  剥き出しの神経が擦れる感覚に、知らず喉から悲鳴が上がる。  やめろと懇願しても、九重は手を止めてくれない。最初痛いだけだったその行為も、先端を指先で撫でるように弄られてしまえば、次第に感覚が変わってきてしまう。  やばい。やばい。このままじゃ。 「ほら……言えよ、花鏡」  悪魔の囁きが聞こえる。オレは目を瞑り唇を噛み締めて、いやいやをするように首を左右に振った。  いやだ。それだけは、いやだ。オレは。オレはこんな奴に、負けない――!!  先走りの汁が溢れ、たちまち倉庫内に淫靡な水音が響き始めた。堪えきれずに漏れ出した声と共に、壁に反響してオレの耳と脳を苛む。聞きたくない。こんな音、知らない。オレの音じゃない。オレの声じゃない。 「言えって」  九重は緩急を付けて、オレを責め立てる。逃げようと浮いた腰が、椅子と縄と九重の手で強引に押し留められる。  思考能力が低下していく。目の奥、頭の中で星が瞬き始めた。肌を擦る縄の痛みも、快楽信号に変換されて全部が気持ち良くなる。脚が、腰が、背中が、喉が震える。  段々と、自分の身体の境目が溶けて無くなっていくみたいで、全てと一体化する。もう、何もかも分からない。  ――だめだ。くる。 「んぁ、あっ……!」  どくん、と大きく脈打って、唐突にそれは訪れた。  引き伸ばされた糸を裁ち切るように、凄まじく。堰を切って、溢れ出す快楽の渦。  呑み込んだ言葉の先、後には声にならない叫びが喉から迸った。  ふうっと、気が遠くなる。一瞬、気絶しかけて……いや、したのかもしれない。腹にぶちまけられた熱い液体の感覚で、意識が引き戻された。それが、自分の吐き出した精だと、気付く余裕もなく。  オレはただ、壊れた蛇口みたいに鼓動に合わせて先端から白濁を噴き溢しながら、陶然と強い快楽の余韻に溺れて痙攣していた。 「……強情だな、お前」  呆れたように、九重が呟く。 「最後まで言わなかったか。……まぁ、いい。すぐに従順になるようじゃ、つまらないしな」  パシャ、とどこかで乾いた機械音がした。肩で息をしながらのろのろと見上げると、九重が紫の携帯を構えていた。 「てことで、今日からお前は、俺の玩具だ」  くるり、裏返して画面側を見せてくる。そこに写っていたのは、今のオレの姿。  赤らんだ顔。涙と鼻水と涎と快楽でどろどろに溶けきった情けない表情( かお)。脚を開き肌を見せ、自らの出したもので同じくらいどろどろになった、(きたな)い身体。――それは、目を背けたくなるような、酷い痴態だった。 「これから、よろしくな――花鏡」  そう言って、いっそ綺麗に微笑( わら)った九重の琥珀色の瞳には、あの底冷えのするような獰猛な光がぎらついていた。    【続】

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