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2-10 常識って、なんだ? ◆
現在の体勢の酷さもさることながら、九重の指し示した意外過ぎる場所に、オレの混乱はピークに達していた。
「え? そこも……さっき尻と一緒に洗っただろ?」
「いや、中まではちゃんと洗ってないだろ?」
――は? 中?
「洗わねーだろ、中なんて普通」
「洗うだろ、普通」
え? そうなのか?
「花鏡は世間知らずのお坊っちゃまだからな。世界の常識を知らなくても仕方ないか」
「いやそれ、お前には言われたくねーし!? てか、え……常識? マジで?」
九重はしかつめらしい表情で、最もらしいことを言う。
「物食ったら歯磨きするだろ。そこだって使ったんなら、ちゃんと洗わなきゃ汚いだろ」
「そうなのかもしんねーけど……え? マジで?」
「自分の常識が皆の常識だと思わないことだな」
「いや、でも……タカだって、そんなとこまで洗ってるの、見たことねーぞ?」
タカの名前を出した途端、心做しか九重の表情が固まった気がした。これまでよりも少し低まった声で訊かれる。
「風見と……一緒に風呂に入ってたのか?」
「? そりゃ、幼馴染だし。ガキん頃は、よく一緒に」
「ほう?」
――何だよ。その含みのある反応は。コイツ、タカのことになるとやたらに警戒心見せるな?
理由を吟味する間もなく、不意に九重の指先がオレの蕾をなぞるように撫でた。驚いて声を上げてから、慌てて抗議する。
「お、おい!」
身体を起こそうとするも、九重に片手で肩を押さえつけられた。やけに力強い。何だよ、何か怒……ってる?
「花鏡はここの洗い方を知らないらしいからな。今日は俺がレクチャーしてやる」
「はぁ!? いいって、そんなの!!」
「遠慮するな」
「遠慮とかじゃなくて!! マジで!!」
しかし、オレが何を言おうとお構いなしだった。周辺をくるくると撫でていた九重の指先が、突如ずぷ、と内部に押し込まれる。
「ぅあッ……!?」
狭い場所を強引に分け入ってくる異物の圧迫感に、痛みすら覚えた。怯んで押し戻そうとして、内壁が九重の指先を締め付ける。
「っ痛え! バカ、やめろ!」
「狭いな……指一本でこれか。こんな風にここを弄るのは、オレが初めてか? 風見に触らせたことはないんだな?」
「だからっ! タカも洗わねーって、そんなとこ!」
オレの返答に満足したのか、九重は口元を吊り上げて笑った。意味分かんねえ、マジで。
「つーか、痛えって、それ! 洗う以前の問題だろ!? 抜けよ!」
「大丈夫だ。少しずつ慣らしてけば、その内痛くなくなる」
「はぁ!?」
次の瞬間、九重の指が中で動き出し、オレは呻き声を上げた。いや、ほん……っめちゃくちゃ痛え!
「力抜け、花鏡。あんまり力んでるとお前が痛いぞ」
んなこと、言われたって!
ぎゅうっと身体中を強ばらせるオレに、九重は小さく息を吐き、肩を押さえていた手をするりと胸元に滑り込ませた。胸の尖端。ぷっくりと固くなっていたそこを、今度は摘んで刺激してくる。
「ふァ!? なに、し……っ!」
洗うだけじゃ絶対にない行動に、目を剥いた。油断していた無防備な突起を指先で捏ねられて、ビリビリと電気信号が脳まで一直線に駆け登っていく。止めようと九重の手を掴んでも、すぐに力が抜けて添えているだけになった。
「それでいい」
何がだよ、と思った直後、穴の内部の指が再び探索を開始した。内壁を隈無く擦るように、さっきよりも大胆に動く。オレの力が抜けたからだ。
それでも九重は胸を弄る手は止めない。突起への刺激と、内部への刺激、いっぺんに与えられてビリビリは増し、頭が混乱した。為す術もなくそれらに翻弄されていると、突如――。
「く……ッあ!?」
これまでに感じたこともないような強い快楽が走り抜け、身を灼いた。
ぞわわわっと、全身のうぶ毛が逆立つ。目の奥で無数の星が散った。――なんだ、今の?
「――ここか」
何かを確信したように九重が呟き、指が再び同じ箇所を押してくる。さっき走った衝撃。同じ感覚が、また訪れる。
「ヤ、ぁっ……やだ! やめろ、そこッ! 触、な!」
何だこれ、何だこれ。こんなのオレ――知らない。
オレの制止の声も手も、やっぱり九重はシカトで、むしろオレの反応を楽しむように、何度も執拗にそこを刺激してくる。閉じようとする脚を、九重が腕でこじ開ける。
やめろ、ヤバいって、変だって、それ。変だよ。オレの身体、どうなってんだよ。
声が抑えられない。出している自覚すらもなく、勝手に喉から漏れていく。切羽詰まって上擦った、女みたいな甘い声。それが自分のものだとか、恥ずかしいとか、何かもうよく分からない。とにかく、星が――星がキレイだ。
びくんっ、と大きな痙攣一つ。オレは九重を一際強く締め付けながら、仰け反って果てた。……果てた、んだよな? たぶん。射精したのか? 分からない。何かおかしい。治まらない。ずっと同じ所に留まってる。降りて来られない。
怖くなって九重を見た。あれ? 九重の表情、分かんねえ。視界が歪んでる。オレ泣いてんのか? いや、何か――白い。白くなってく。全部。
チカチカ瞬いていた星が視界いっぱいに広がって、何もかも白で埋め尽くされて、あとはもう、本当に何も分からなくなった。
◆◇◆
――声が聞こえた。
窓のない、薄暗い室内。誰かが泣いている。小さく震える、微かなすすり泣き。
隣に男の子が居た。さっき連れてこられた時外の明かりで見えたのは、十歳前後の同い年くらいの男の子だった。
オレと同じく、後ろ手に縛られて自由を奪われているんだろう。酷く怯えたような、心許ない泣き声。
「――だいじょうぶだ」
そっと声を掛けた。驚いたような気配が返ってくる。
「だいじょうぶ。きっとすぐに助けがくる」
だから、何も怖くない。――泣くな。
そう言って、笑い掛けた。暗くて表情まで伝わったかは分からないけど、それでも男の子は泣き止んだ。
大丈夫だ、一人じゃない。オレも居る。
薄らと、徐々に視界が開けてきた。目の前で像を結び始めた光景に、オレは暫しぼんやり見入っていた。伏せられた長い睫毛。やけに整った綺麗な顔に、紫寄りの黒髪が掛かっている。あれ? さっきの男の子――いきなり成長したな?
鈍った頭でそんなことを思って、直後ハッとして意識が急激に覚醒を迎えた。
目を瞑る九重の顔が、大アップでそこにあった。
「は、はぁあ!?」
驚愕に飛び起きる。はらりと身体に掛かっていた布が剥がれて落ちた。釣られて視線を落とすと、眩い肌色が目に入る。――オレ、裸じゃん‼
恐る恐る隣を見遣ると、そこにはやっぱり、眠る九重の姿があった。メガネがないから、一瞬誰かと思った。……コイツ、自分だけ服を着てやがる。
ていうか、は? 何だこの状況。ここどこだ? オレどうしたんだっけ?
「ん……」
オレが大きな声を出したからか、九重が身動いだ。気怠げにのそのそ動いた後、ぱちりと目を開き、オレの方をじっと見上げてくる。琥珀色の瞳に、オレの困惑顔が映り込んだ。オレよりもいち早く事態の把握を済ませたようで、九重は得心顔で微笑むと、「おはよう、花鏡」といつものように挨拶を投げかけてきた。
「こ、九重……オレ?」
説明を求めると、九重はゆっくりと半身を起こし、枕元に置いてあったメガネを装着した。オレの知ってるいつもの九重になる。
「お前、風呂場で洗ってる途中で逆上 せて気絶したんだよ。熱が篭もりすぎたんだな。抱えて階段登るの面倒だったから、オレの部屋で寝かせた」
風呂場――言われて瞬時に、昨夜の恥ずかしい記憶が波のように押し寄せた。
えも言われぬ羞恥心に、盛大に頭を抱える。
「あの後、お前――オレに何もしてない、よな?」
怖々尋ねた。思わず縋るような眼差しを向けると、九重は意味ありげな笑みを口元に刷いて、告げた。
「昨日は可愛かったぞ、花鏡」
――ッ!?
「だぁあ!! どっちなんだよ、その言い方!!」
「さぁ、どうだろうな?」
ぐぬぬ……遊んでやがるな、この野郎!!
前言撤回だ!! 何だかんだ上手く暮らしていけるかもとか思ってたけど、こんな危ない奴と一緒じゃ無理だ!! 早い所コイツの弱みを見つけ出して、あの画像を消させねーと……。くそっ! 今に見てろよ!!
「あ、花鏡。お前朝勃ちしてるぞ。抜いてやろうか?」
「ッ要ら、ねえ!!」
叫んでオレは九重から布団を奪い取り、身体に巻き付けベッドから逃走を図った。背に掛かるアイツの声はガン無視だ。
朝勃ちだと!? またかよ!? どんだけ元気なんだよ、オレの身体!! ……まぁ、昨日みたいに夢精してないだけマシか。九重のベッドを汚してたら、絶対何かイヤミ言われただろうしな。つか、罰とか言って、また何か変なことやらされたかもしんねえ。……そう思うと、間一髪の冷や汗ものだ。
――夢。
リビングまで来ると、はたと立ち止まり考える。
そういや、今日も何か夢を見ていた気がするけど、九重ショックで一気に内容が吹っ飛んじまった。何か懐かしいような気がしたけど……何だったっけ。まぁ、いいか。
天井の高いガラス張りの窓に映る空は、皮肉な程に今日も青々と晴天を示していた。
【続】
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