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5-6 もう独りじゃない。
九重の顔が近付いてくる。形の良い唇、男の癖にやたら綺麗な容顔。
――睫毛、長ぇなぁ。
「そうか、お前……ずっとオレと」
ぼうっと見蕩れながら、感慨深く告げた。
「友達になりたかったんだな」
ピタリ。九重が動きを止める。その後怪訝そうに眉を寄せて聞き返してきた。
「友……?」
「あ、もしかして無自覚だったか? お前、裏表激しいから特定の友達居ないだろ。んで、本当はめちゃくちゃ寂しがり屋な癖に、一人でも全然平気って思い込んでるタイプでさ」
その証拠に、オレが須崎 を優先して帰りが遅くなったら、あんなに拗ねて暴走した。
「オレなら唯一同じ特殊な経験をした仲だから絆を感じてたのに、当のオレ本人がお前のことを忘れてて、ムカついた訳だろ? つまり、そういうことじゃね? お前、ずっと無自覚に寂しくて、友達が欲しかったんだよ」
うんうん。そう考えると、色々と合点がいく。一人頷くオレに対し、九重は困惑気味に「友達……?」とまだ零している。なんだ、マジで無自覚か。自分でも知らなかった感情に気付いて、戸惑ってんのか。何か可愛いな。
「お前、事情は知らねーけど親元離れてあんな広い部屋にずっと一人で住んでたんだもんな。そりゃ、寂しいって感情も麻痺するよな。それでオレをあそこに連れて来たんだろ。……安心しろ。これからは、お前が寂しくないように、オレが一緒に居てやるよ」
諸手を広げて、笑み掛ける。九重の背に手を回し、あやすようにぽんぽんと叩いた。
九重は暫し硬直していたけど、やがて深く長い溜息を吐いて、「……まぁ、いいか」と何処か脱力気味に呟いた。
オレは何だかほっこりした気分で、ふにゃりと笑った。それから、ふっと思い出す。
「あ、タカ! 今日会う約束してたんだ、やっべ!」
あれから何時間経ってんだ!? 自分の携帯端末を求めて、ベッドから起き上がり荷物を探した。幸い、オレの通学鞄とサブバッグは無事に回収されていたらしく、すぐ近くにあった。
九重が、また拗ねた子供のように顔を顰めて言う。
「放っとけばいいんじゃないか?」
「またそういう! オレのダチは、もうお前のダチでもあるんだぞ! タカとも仲良くしろよ!」
「……仲良く?」
「げっ! もう九時じゃん! お前面会時間とか大丈夫なのかよ!?」
「ここ、父親の病院だしな」
「権力行使!! ……ああ、タカからめっちゃ着信来てる! ちょっと電話していいか? ここ、個室だからいいよな」
訊いておいて、九重の許可も待たずに慌ててリダイヤルを押した。ワンコールもしないでタカは飛び付くように電話口に出た。
『トキっ!? お前、どうしたんだ!? 部屋に行っても出ないし、電話もずっと繋がらなかったし! 本家の方にも訪ねてみたが、そっちにも帰ってないって! お前、何かっ』
「あー、と……悪い、タカ。落ち着いて聞いてくれ」
つっかえつっかえ、オレはタカに事情を説明した。
『拉致!?』
「あ、ああ。でも、心配すんな。何もされてない! 九重が助けてくれたし!」
『九重……? 何で九重が?』
つい言ってしまってから、ハッとした。
「え、えっと……何か偶然? 通り掛かったんだよ! な!?」
まさか、知らない間にGPS付けられてたとか言える訳ねー!! 思わず助けを求めるように九重の方を見てしまったが、これも失策だった。
『偶然……? というか、今そこに九重が居るのか!?』
「ま、まぁその……ここ、九重の親父さんの病院だしさ!」
『病院!? 病院に居るのか、お前!?』
わー!! 喋れば喋るほど良くない方向に行くな!?
「大丈夫だ!! 身体は特に問題ない!! 怪我とかもしてない!! 何か、緊張解けたら気絶したらしくてさ。それで、さっき起きたとこ!! ああ、マジで超元気!!」
『本当……なんだな?』
「ああ、マジだ!!」
タカは暫し思慮するように電話口で沈黙していたが、ひとまずは安堵したようだった。
『そうか……とにかく、お前が無事で良かった』
優しい声音。胸がぎゅっとなる。
「今日、会う約束してたのに……ごめんな」
『お前が謝ることはない。今日はもう遅いし、色々あって疲れただろうから、そのまま休め』
「ありがと、タカ。埋め合わせは絶対する」
不意に、ふわりと九重に横から抱き締められた。
「お、何だよ、九重」
タカとばかり話してないで、自分にも構えってことか? 本当、意外と子供で可愛い奴だな。
しかし、タカは端末の向こうでハッと息を呑んだ気配があった。
『九重が何かしたのか!?』
「あ、いや別に大したことじゃ」
得心がいかないと言った風に、また少し間があった。それから、タカはやや抑えた声音で告げた。
『埋め合わせ……出来るだけ、早めに出来るか? 勿論、お前の都合の良い日で構わないが』
「おう、分かった。明日は……ちょっとどうなるか分かんねーから、明後日辺りはどうだ? オレ、バイトだけど、タカも部活あんだろうし、その後で良ければ」
『分かった。それで頼む。無茶言って済まない』
「全然。こっちこそ、ごめんな。じゃあ、また」
『おやすみ……トキ』
「おやすみ、タカ」
そこで通話を終えた。抱き着いたままの九重の腕をぽんぽん叩いてやる。
「お前も、今日はもう寝ろ。色々ありがとうな」
「……風見と、また会う約束したのか?」
「そりゃな。タカ何度も会いに来てくれてんのに、一回も会えてねーんだもん。今日のこともまだ心配してんだろうし、安心させてやらなきゃな」
不服そうにしている九重に、「ところで」と話題を変える。
「これって退院? 手続きとかって、たぶんもう窓口閉まってるよな? てことは、今日はオレここに泊まるのか?」
「いや、その辺は俺が何とかするから、帰るぞ。車を呼ぶ」
「車田さんか」
ちょっとホッとした。病院に一人で泊まるのって、何か心細い上に怖いよな。幽霊とか出そうだし。……それに、今日のこととか、色々夢に見そうで。
痴漢リーマンの件は一応解決したけど、四ノ宮の件は……まだ何も終わってないもんな。どうするか、考えなくちゃな。
でも、オレはもう負けるつもりはない。九重のくれた言葉が、勇気をくれた。ただ言いなりになんて、なってたまるか。
内心密かに闘志を燃やすオレに、九重はやや改まった口調で切り出した。
「ちなみに、花鏡の実家の方には今日のことはまだ連絡がいかないようにしていたが……どうする?」
「あー……いいや、しなくて。母さん無用に心配させたくねーし、親父には連れ戻されそうだしな」
それに、あんまり今日のこと、大事にはしたくない。警察とか来ちゃってる時点で、まぁ大分大事にはなっているが。(つか、警察の方々にオレ全裸見られたんじゃね? うわ、考えないようにしとこ)……やっぱ明日事情聴取とかされるんだろうな。裁判とかまではヤダなぁ……。
「それじゃあ花鏡、帰るぞ」
差し出された九重の手。ごちゃごちゃと心配事に支配されていた心の中が、一瞬吹っ飛んだ。
「おう」
その手を、今度ははぐらかすことなく、取った。帰る家がある。少し普通とは違うけど、独りじゃない。――それだけでもう、充分な気がした。
これが、オレ達の今の形だ。病室の窓から見える月だけが、静かに見守っていた。
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