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5-8 友達の境界線

 翌日、金曜日は学校とバイトを休んだ。身体的には全然元気だったけど、警察の事情聴取やら色々面倒なこともあって、九重も大事を取って休めと言うからお言葉に甘えた。  休む理由はただの体調不良とだけ知らせて、痴漢リーマンの件はあまり大っぴらに広がらないように対処する方針で行く。  正直、学校でまだ四ノ宮と相対する気になれなかったってのもある。登校したら四ノ宮が必ずしも何か仕掛けてくると決まった訳じゃないけど、昨日の今日じゃ(増して痴漢リーマンの件とか色々あった後じゃ)対抗策を練る余裕が無い。流石に土日の間にコンタクトを取ってくることは無いだろうし、その間に考えることにする。  九重はハグだの項へのキスだの、相変わらずスキンシップが激しい。浄めの接吻攻撃を食らった夜は結局なし崩し的に手で抜かれたが、一応気を遣っているのか穴の方は弄られなかった。  お礼(?)に九重のも抜いてやろうかと申し出てみたが、丁重に断られてしまった。オレには無遠慮に触るくせに、オレに触られんのは嫌がるよな……。と、拗ねてみせたら、「お前に触られたら我慢出来なくなって抱くけど、いいのか?」と言われたので、全力で謝った。  つーか、九重の親愛の示し方って、やっぱ変だよな。これまで特定の友達が居なかったせいか?  でも、他の奴らの話だと友達同士でAV見たりすんのも普通らしいから(オレとタカはしたことないけど)案外友達同士で抜き合いっことか、普通にするもんなのかもな。……たぶん。  何はともあれ、土曜日。昼から夜にかけて丸一日バイトに励んだ後、(ちなみに、須崎からOKを貰ったので店長に紹介したりなんかもした。明日から須崎も一緒に働くことになったぞ!)今度こそ約束通りに前のマンションでタカを迎えることとなった。 「……何だか、部屋の印象が変わったな」  到着直後にタカが放った一言がそれだったもんだから、オレはいきなり肝を冷やした。 「あ、あー! ちょっと模様替えっつーか!? 断捨離っつーか!? 大分スッキリしただろ!?」  元々の荷物は全てタワマンの方に運び込まれていたので、こっちのマンションの方には急遽九重が雇った業者さんだかに、ある程度以前と同じ内装になるよう家具を配置してもらったりした。  それでも、細かい私物なんかまでは流石にそっくり同じには用意出来なかったので、今こっちのマンションの方は大分物が少なくなっている。ここに遊びに来たのは久々なのに、その変化にすぐに気付くとは……流石だな、タカ。  タカは暫し間違い探しでもするみたいに室内をキョロキョロ見回していたけども、とりあえずそれ以上の言及はしてこなかったので、内心ホッと胸を撫で下ろした。  まずは、木曜日の事件のことを色々聞かれた。改めて何があったのか、本当に大丈夫なのか。オレは男達に陵辱されそうになった経緯は抜いて、簡単に説明した。〝通りすがりの〟九重が助けてくれた件も含めて。 「まぁ、とにかく怪我も何もなかったしさ! 辛気臭ぇ話はおしまいにして、飯にしようぜ! タカも腹減ってんだろ!? もう出来てっから、運ぶのだけ手伝ってくれ!」 「え? もう作ってくれていたのか? 済まない。何も出来ず」 「いいって! ここんとこ、何回も足運んでもらってたのに、空振りさせてばっかだったし。そのお詫びっつっちゃなんだけど、今日はもてなさせてくれよ! タカの好きなジンジャーエールもちゃんと用意してあんぜ!」  それからは、楽しい夕飯タイムを過ごした。金曜の授業のこと、クラスメイト達の笑い話、タカの部活やチームメイト達の話なんかを聞きつつ、テレビも流したりして。タカはオレの手料理を一品一品褒めちぎりながら食べるもんだから、オレは嬉しいやら照れるやら。  その後、生徒会の話をせがまれて少し顔が引き攣りそうになったけど、四ノ宮の二面性に関しては伏せたまま、後のメンバーの様子や仕事内容とかだけを話して聞かせた。タカは至極興味深そうにしていた。 「何か、タカとこうしてると中学ん時とかに戻ったみたいだな。あの頃はよく互いの家に行き来して一緒に飯食ったよな」 「ああ、トキの実家は立派過ぎて少し緊張したけどな。トキのお袋さんが優しいから、いつもお世話になっちゃってたな」  そこから懐かしい思い出話に花を咲かせたりなんかして、小一時間。夕飯を終えて皿洗いを手伝ってもらっている時のことだった。――不意に、タカがその話を切り出してきたのは。 「ところで、トキ」 「んー?」 「お前、本当に今この部屋に住んでいるのか?」  あまりにも唐突な核心に、オレは寸の間思考がぶっ飛んだ。 「は? ……え? なんで?」  ――何で、そんな事訊くんだ? 「この部屋……キレイ過ぎる。掃除したにしても不自然だ。家具も、まるで新品みたいだし」 「だから、その……模様替えしたばっかだからさ!」 「だったら、何でアレが無い?」 「アレ?」 「写真だよ。お前の部屋、前は沢山飾ってあったろ。家族なり友達なり。……それが一切見当たらない。わざわざ見えない場所に仕舞うとも思えないし、思い出を大事にするお前が、写真を飾らない意味が分からない」  あ、と思った。思ったのが、たぶん顔に出た。タカはオレをじっと見据えて、目を細めた。 「九重と……何かあったのか?」  鋭過ぎる質問。 「何か……って?」 「ここ一週間、ずっと様子がおかしかった。お前、九重のことなんて苦手だった筈なのに、急に生徒会に入るわ、親しそうに話してるわ。……一昨日だって、あんな時間まで一緒に居て」 「あー、その……実は最近、九重と仲良くなってさ! アイツとオレ、昔会ったことあったんだよ! オレの方は忘れてたんだけどさ、アイツはずっと覚えてたみたいで。それで、オレと話したかったらしいんだけど、まぁ、オレが勝手にライバル視してて避けちゃってたじゃん? それが、話す機会が出来て判明したっつーか」  嘘ではない。だけど、我ながら言い訳臭く聞こえるな、なんて説明しながら焦っていると、タカは更に全く予想外の一言を放った。 「九重と、付き合っているのか?」 「付き合……?」 「恋人として、交際を始めたのかということだ」 「はぁあ!?」  思わず目を剥いた。 「ない! ない! ある訳ないじゃん、そんなこと!」 「本当か? じゃあ何で、九重からお前と同じシャンプーの匂いがする? お前がシャンプー変えたのもここ数日のことだろ。そうしたら、この部屋は普段使ってる形跡が無くなってるし……今はお前、九重の家で同棲してるんじゃないのか?」  嘘だろ、タカ……観察眼凄すぎだろ。鷹の目か。なんて、ふざけてる場合じゃない。タカはもしかして、それを確かめる為にこのマンションで会おうって提案したのか? 「確かに、アイツん家遊びに行ったりもしたけどさ。でも、それだけだぜ? この部屋が片付いてんのも、実は引越し考えてるだけで……。つーかさ! 九重もオレも男同士だぜ? 有り得ないだろ、恋人なんて!」 「有り得ない、か……」  タカは目を伏せて、ぽつりと零した。オレは納得してくれたのかと、必死に首をぶんぶん縦に振ってみせた。――すると。 「俺も、有り得ないか? お前と恋人になるのは」  不意に、射抜かれた強い眼差し。オレはまたぞろ思考が持ってかれた。 「いや、だって……オレとタカは幼馴染で兄弟同然で、一番の親友で……男同士じゃん? 恋人なんて」 「俺も、そう思ってた。ずっと、自分にそう言い聞かせてきた。お前は幼馴染で兄弟同然で、一番の親友で……何より、同性だから。好きになっちゃいけない、諦めるしかないって。……でも、駄目だった」  ハッとする。タカの浮かべた表情が、酷く辛そうな自嘲の笑みだったから。 「お前のことが……やっぱりどうしても、好きだ。他の女性を愛するように努力してみたこともあるが、駄目だった。お前以上に魅力的な相手なんて、世界中を探したって存在しない」 「タ……カ」 「伝える気は無かった。お前は女が好きだから。お前を困らせたくはなかった。この気持ちは胸に秘めて、墓場まで持っていくつもりで……お前が、いつか女性のパートナーを得るのを、ただ近くで見守るつもりでいた」 「だけど」――そう言うとタカは一転、キッと鋭い視線を向けて、皿を持つオレの手をがしりと掴んだ。 「お前が九重と親しくしているのを見ていたら……我慢出来なくなった。九重は男だ。お前の言うように、〝有り得ない〟……俺もそう思っていた。だけど、九重の方はそうじゃなかったら? アイツがお前に猛アタックして……お前の心が揺らぐことだって、万に一つ、ないとも言い切れないだろう」  いや、九重は別にそんな……無いだろう? そう言ってやりたいのに、何も言葉が出てこなかった。タカが、あまりにも真剣だったから。 「相手が女性なら、いい。諦めも着く。だけど、同じ男なら……俺はお前を、他の誰にも譲る気はない。九重になんか、渡さない。アイツに奪われるくらいなら、俺が……」  ごくり、知らず喉元のものを嚥下した。掴まれた手首が、痛い程の力。伝わってくる、タカの気迫。……圧倒される。 「好きだ」――決意するようにタカは、改めてオレに告げた。 「好きだ、トキ。ガキの頃からずっと……お前のことだけを想ってきた。お前のことだけを俺は、生涯愛すると誓う」  それはまるで、プロポーズ。幼馴染で兄弟同然に育った親友が、突然超えてきた友達の境界線。――オレはそれを受けて洗い途中の皿を手にしたまま、彫刻のようにただ固まっていた。    【続】

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