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7-2 朝帰りと出所不明の罪悪感

 明け方、今度はピアッサーで耳朶を貫かれる痛みで目を覚ました。 「もっと普通に起こせよ!!」 「この方が睡姦みたいで興奮するじゃないですか」  ……やっぱり、九重よりも悪趣味だ、コイツ。 「さぁ、もう片方が残っています。反対側を向いてください」 「げ。ま、まだやんの?」 「今更何言ってるんですか? 破瓜の痛みよりは遥かにマシだったでしょう?」 「破瓜言うな……」  怖がるオレの様子を楽しんで、四ノ宮は敢えて一思いに開けずに焦らしたりして恐怖心を煽ってきた。マジでいい性格してやがる……。  なんやかんやでバツンと穿たれたオレの両の耳には、こうしてピアス穴が生み出された。すぐに消毒して仮のピアスを留めておかないといけないのに、四ノ宮は出血に興奮して傷口をべろべろ舐めてきた。やっぱり吸血鬼だな。  そのまままた抱かれそうになったけど、流石にもう時間がヤバいってんで、何とかストップを掛けることに成功した。あんな散々ヤった後で、こんな朝っぱらからとか……四ノ宮の華奢な腰の何処にそんな推進力があるのか知りたい。いや、やっぱ知りたくない。  時刻は朝五時。出来れば九重が起きる前にタワマンに帰りたい。だけど、シャワーだけは譲れない。四ノ宮ん家の狭い浴室を借りて、身体を洗った。  内部に残された液体の処理には頭を悩まされた。大体は四ノ宮自身の出入りで勝手に掻き出されたり寝てる間に流れ出たりしたっぽいけど、それでも奥の方の残留感が拭えない。  仕方ないので自分で指を入れてみたが、そんな奥とか怖ぇし(そもそも指じゃ届かねーし)変な感覚になってきちまったから、あんまり搔けないまま途中で断念した。  『風呂場で皆穴洗ってる』っていう九重の例の言葉を思い出す。あれ、もしかして本当だった……?  元着ていた服は四ノ宮に破かれたので、風呂から上がると四ノ宮の服を借りることになった。 「丈、足んねぇ」 「トキさんの方が背が高いですからね。我慢してください」 「九重に変に思われねーかな……。つか、何で破くんだよ。合意してたのに!」 「その方が強姦っぽくて興奮するじゃないですか」 「変態!」 「乱暴に犯されて善がり狂っていたドMの貴方には言われたくありませんね」  ドMじゃねえし! ……って言ってやりたいが、イかされまくったのは確かなので、反論出来ねえ。  くっそぉ、何で九重といい、オレの周りはドSヤローばかりなんだ! 溜息が出る。 「じゃあオレ、帰るけど……四ノ宮も、あんま無茶すんなよ」 「ご心配なく。貴方程無鉄砲ではありませんので」  一々可愛くない。顔は可愛いのにな。  例のストーカー野郎が心配だけど、アイツもこんな朝っぱらから四ノ宮を訪ねることはしないだろう。そのまま退室しようとしたオレを、四ノ宮は呼び止めた。 「トキさん、また遊んでくださいね?」 「……拒否権はないんだろ?」 「僕の気が済むまで付き合ってくれるんでしょう?」  その言葉、すっかり言質を取られちまったな……。でも、後悔はしていない。四ノ宮がオレにぶつけることで他への被害が減ればいいし、何より四ノ宮自身の気持ちが少しでも軽くなるならいい。  だから、後悔はしていない。……していない。  ――良かった。  アパートを出ると、己の唇にそっと指先で触れた。  (ここ)は、奪われなかった。  オレのファーストキス。四ノ宮はオレが九重かタカ辺りと()うに済ませていると思ったんだろうな。唇にキスだけは、されなかった。九重も気を遣っているのか、ここにだけはしないしな。  残った。一つだけ、オレの初めてが。  (ここ)だけは、絶対に守ろう。いつか、好きな人が出来た時の為に……なんて、柄じゃねーか。  知らず、口元に自嘲が漏れる。  そもそもオレ、まだ恋とか出来るのかな。もう、そんな資格――。  沈みかけた気持ちを誤魔化すように(かぶり)を振った。考えるな。ポジティブが、オレの取り柄だろ?  腰と穴と腹の奥が激烈に痛くて歩くのは辛いので、タクシーを使って帰った。  時刻は、午前六時。普段なら大体九重が起き出す時間帯。アイツが寝てる間には間に合わなかった。いつぞやの時みたいにエレベーターの作動で気が付いたのか、玄関を開いたらもう既にそこには九重が立って待っていた。 「遅い」  セリフもあの時と同じ。オレはその姿を見て声を聞いて、暫し固まってしまった。その内に腕を掴まれて引っ張られる。転がり込むように、九重の腕の中に仕舞われた。  九重の匂いと温もり。細身だけど、四ノ宮よりもしっかりとした骨格に大きな手。不意に泣きそうになった。  ――オレはもう、こんな風に九重に抱き締めて貰うような資格はないのに。 「ごめん……ただいま」  絞り出すように、それだけ告げた。ごめん……ごめん。この罪悪感は、一体何処から来るんだろう?  九重は、オレの匂いを嗅ぐようにすんすんと鼻先を動かした。 「やけに甘い匂いがするな」  ドキリとした。 「……たぶん、四ノ宮ん家のシャンプーの匂いだ。風呂、借りたから」  今のオレは、四ノ宮の匂いに染っている。もう、九重と同じじゃない。匂いから昨夜のことを悟られるんじゃないかと、心臓がざわめいた。だけど九重はそのことにはそれ以上触れず、代わりに「四ノ宮のストーカーとやらは大丈夫だったのか?」と訊いてきた。  大丈夫……じゃないけど。 「とりあえず、昨日はオレが居たから帰ったよ」  ハッとしたような気配があった。 「会ったのか?」 「四ノ宮の家の前で、待ち伏せてた。……また、来るかもしれない」 「四ノ宮は、警察に相談は」 「する気ないって。……あんま、大事にしたくないって」  その理由だけは、嘘だ。四ノ宮は自らの手で制裁を加える気でいる。だけど、やっぱり危険だし……そんなの、見過ごせないよな。 「九重、オレ……」  オレが次の言葉を紡ぐより先に、九重の顔が間近に迫ってきた。言おうとしていたことが頭からすっ飛ぶ。目を瞑り身を強張らせていると、こつりと額に軽く何かがぶつかった。 「――熱い」 「へ?」  九重の額だった。おでことおでこをくっつけて、眉を顰める九重の顔が大アップでそこにある。……ビックリした。キス、されるんじゃないかと思った。恋人でもあるまいに、九重が唇にする訳が無いか。  九重は額を離すと、今度は掌でオレの額を今一度覆って確認する。 「やっぱり、熱い。熱があるんじゃないか? お前、昨日電話の声おかしかったし。仕事で喉潰したとか言ってたが」  へ? マジで? 声がおかしかったのは別の理由だけど、そう言われてみればずっと頭が怠くて重い上に、目眩のする感じはある。単に昨日の行為の影響で寝不足やら何やらが出ているんだと思ってたけど……。 「わっ!?」  唐突に持ち上げられた。手馴れた九重のお姫様抱っこ。靴を履いたまま室内に運搬されると、リビングのでっかいソファの上にぼすんと下ろされる。あれよあれよという間に九重が持ってきた体温計を口に突っ込まれた。  計測結果は、三十七度五分……結構あんじゃん。九重がメガネを押さえながら溜息を吐いた。 「……風邪だな。バカでも引くんだな」  マジかよ……。  ここ数日散々体調不良だのの仮病を使ってきたオレだったが、遂にそれが〝本当〟になってしまった瞬間だった。

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