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9-1 水着の季節がやって来る。
第九章 水面に立つ波紋
「は~い、それじゃあ今日の会議はここまで~。会長への報告は副会長のおれからメールで送っとくね~。以上。あとは各自で~」
五十鈴センパイのゆる~い挨拶で、この日の生徒会執行部の定例会議は終わりを告げた。
「あ、副会長。備品の相談なんですけど」
「ん~? なになに~?」
庶務の萌絵ちゃんがセンパイに相談を持ち掛ける傍ら、会計の八雲が神妙な面持ちでこっそりオレに問うた。
「あの副会長が出席して、しかもちゃんと仕事しとるなんて……花鏡、一体何したんや」
「何って、別に……」
としか言い様がない。八雲がオレにそんなことを訊くのは、生徒会室にやって来た五十鈴センパイの第一声が「やっほ~、トッキー。約束通り、キミに逢いに来たよ~」だったからだろう。
約束ってのは、昨日電話でオレに会いたいから会議出席する的なことを言ってた件だろうけど……まさか本当にそんな理由で来た訳じゃないだろうし、やっぱり何処まで本気なのかよく分からない人だ。
「会長が休みで居らん時にってのも、ドンピシャ過ぎて怪しいな。実は副会長が下剋上を狙って会長に毒でも盛ったんちゃうか」
「いやいや……センパイ、トップより二番手が丁度いいって言ってたし」
どちらかというと、風邪を伝染し たのはオレだ。思わず苦笑が漏れる。
九重は体調が未だ全快に至っておらず、本日も学校を欠席。その為、会議では〝会長の補佐〟という五十鈴センパイ の本来の役割が存分に発揮された。
センパイの仕事っぷりはかなり優秀だった。驚いたのは、センパイが不在時の記録も、資料を一瞬パラ見しただけで全て把握、暗記までしてしまったことだ。瞬間記憶能力というやつだろうか。おかげで会議はダレることなく、非常に効率的に進んだ。
そういや、センパイは自分の事を〝表向きには真面目な天才児ってことになっている〟とか言ってたっけ。どうやら〝天才児〟の部分は本当らしいな。
「てか、いつの間に知り合ったん? 自分ら」
「あー、いや、まぁ……」
八雲の更なる追及に、オレは口籠った。オレが学校休んで家に居る筈の時に、本当は外出していてそこで知り合った、なんて言えねえ……。約一名、聞かれたら色々とマズい事になる相手が、今も同じ空間に居る。
その相手こと書記の四ノ宮が、タイミングを計ったように席を立った。
「トキさん、お話していたものはちゃんとお持ち頂けましたか?」
――来た。
「一応……持ってきたけど」
反射的に身構える。オレの返答に、四ノ宮は花が綻ぶように可憐に微笑んだ。
「良かった。それなら、この後お時間頂いてもよろしいですか? 水泳大会の広報用の水着写真……撮っちゃいましょう」
やっぱりな……そんなこったろうと思ったぜ!
四ノ宮からは予めメッセージで、水着を持って来るよう指示を受けていた。一体どういうことだと首を傾げていたが、被せるように今日の生徒会の議題が〝七月開催の水泳大会について〟だったもんだから、途中から薄々コイツの目的は察していた。
「えーと、その……今日じゃなきゃダメか?」
「今日だと何かご都合が悪いのでしょうか」
眉を下げる四ノ宮。一見気遣わしげな表情なのに、何故か圧を感じる。 オレに拒否権などというものは、最初から与えられていない。
「ちなみに、撮影はここで?」
「ここだと皆さんの目も有って、トキさん緊張してしまうでしょう? 空き教室の方に移動しましょう」
つまり、二人きり。水着で、四ノ宮と。そんなの、絶対また何かされるに決まってんじゃねえか!
視線が会長席に向かう。九重なら、何となく水着の撮影なんて止めてくれるような気がした。けど、そこは本日空席だ。まさか、四ノ宮は九重の不在 を見越して今日に持ち掛けたのか?
これから起こるであろう出来事の想像で青ざめていると、不意に五十鈴センパイが声を上げた。
「あ、それならおれも撮ってよー。こんなこともあろうかと、水着持ってきたんだー」
言いながら、唇に人差し指を立ててウインクしてみせる。それがモデルばりにバッチリ決まっているから、確かに被写体の立候補は自然なように思えるけど……もしかしてセンパイ、おれのこと庇ってくれてる?
四ノ宮は一瞬だけフリーズした後、恐縮した調子で返した。
「いえ、副会長の手まで煩わせる訳には」
「ううん、全然~? 写真撮影なんて、楽しそうじゃ~ん。ねっ、トッキーもおれと一緒の方が緊張しないでしょ?」
「え? まぁ……」
「はい、決まり~」
強引に決定が成された。途端、ずっとぷるぷる何かを堪えていた様子の萌絵ちゃんから、遂に奇声が飛んだ。
「きょああああああっ!! 美形男子×二人で!! 水着という薄い布一枚きりの理性ギリギリ危うい格好で!! びしょ濡れになりながら、くんずほぐれつポロリもあるよの写真撮影……!? そんなの、絶対見たいじゃないですかぁああああ!!」
突然の決壊。ギョッとするオレの代わりにツッコンでくれたのは、冷静な八雲だった。
「ポロリは無いやろ。あと、室内撮影ならびしょ濡れにもならんやろ」
「わ、わたっ!! 私も撮影、見学させて頂いてよろしいですか!? これは是非、後学の為にスケッチ……いえ、生徒会役員のお勉強として!! ですね!!」
……聞いてねえ。
「あはは、いいんじゃない? おれは構わないけど~。トッキーもいいよね?」
「え、まぁ……」
「てことで、カメラよろしくね~、いっくん」
最終的に五十鈴センパイが音頭を取った。恐る恐る四ノ宮の方を見ると、彼は可憐な口元に少しだけ苦笑を浮かべて「はい」と折れたのだった。
◆◇◆
そんなこんなで、水着の写真撮影は何とか無事に完了した。
萌絵ちゃん が居たから着替えもトイレで個別形式に出来て助かったものの、その後の撮影中の萌絵ちゃんの熱すぎる視線には少々辟易もした。
彼女はスケッチブック片手に、オレ達へのポーズ指定を熱心に飛ばしてきた。本来それはシャッターを切る四ノ宮の役割だと思うが、彼も萌絵ちゃんのエネルギーに圧倒されて大人しく従わざるを得なかったようで。それがまた随分とキワドイ絡みばかり要求されるもんだから、別のベクトルで緊張した。
そのせいで乳首は立つし隠せもしないし、センパイの手が身体に触れる度変な声が出そうになるし、妙な汗でびしょ濡れにもなったし、前を寝沈ませておくのに気を遣い、何だかめちゃくちゃ疲労した。
四ノ宮と二人きりよりは遥かに安全だった筈だけど、これはこれでどうなんだろう……。学校側から掲載NG出ないか? あれらの写真。
魂を抜かれたようにげっそりしているオレに、四ノ宮が声を掛けてきた。
「撮影お疲れ様でした。あ、トキさん。電車同じ線でしたよね? 良かったら、この後一緒に帰りませんか?」
ぎゃっ!
リベンジマッチが来るか!? と身構えたところで、肩に手を置かれて振り返る。そこには五十鈴センパイの笑顔があった。
「ごめ~ん、トッキー今日はおれと約束あるからさ」
「え? 約束?」
そんな覚えないぞ。キョトンと見上げると、センパイはオレの唇に人差し指を押し付けた。
「てことで、行こっかトッキー。皆、またね~」
一方的な挨拶を投げ掛けて、センパイはオレの手を引き、歩き出した。あ、もしかしてまた庇ってくれた? そう合点がいくと、オレも萌絵ちゃんと四ノ宮に手を振って暇を告げ、センパイに付いてその場を辞した。(ちなみに八雲は「アホくさ」って撮影会には参加しなかった)
「あの、センパイ」
廊下をずんずん進むセンパイの背中に、礼を言おうと口を開くも、先にセンパイの方から足を止めて振り向いた。
「ねぇ、トッキー。相談があるんだけど」
「へ?」
思わぬ言葉にオレは再び虚を衝かれた心地で、少し高い位置にあるメタリックブルーの瞳を見つめた。
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