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第1話

蒼葉(あおば)くん!」 俺を憎んでるはずの(りつ)が笑みを浮かべて俺を呼ぶ。 憎まれる理由は2つあった。 1つは “律の好きな人を殺したこと” 2つは“律が好きなこと” 2つ目を本人は知ることは無い。だって、律には言葉にしないから。 律にこんな感情、俺が持っちゃいけないから。 律の好きな人を殺したのはわざとじゃなかった。そういって許されることでもないのだけれど。 だけど、俺の妹もたった1人しかいなかった。 俺の妹を取られた分、関係ない律の好きな人まで奪ってしまった。 律に罪はないのに。 だが、そんな律はどうだ?憎いはずなのに、同じ職場で働くし、話すし、何より一緒に住んでいる。 思い切って聞こうとも思った。だけど、喉の奥でその言葉がつっかえた。 まるで言うな、と抑えられているかのように。 脳裏に殺した奴がこびりついて剥がれないまま、律との日々を過ごした。 ───────────────────── 今日は俺だけ仕事で、律は休みだった。早めに上がって家路を急ぐ。 鍵を差し込み、ドアを静かに開ける。 ただいま、と小さく呟いて、律がいるであろうリビングに足を運ぶ。 テーブルに突っ伏している律の右手には缶ビールが握られている。 「んぅ…すぅ…」 寝息がすぐに聞こえ、ふっと顔を緩ませる。 片付けようと、缶ビールに手を伸ばすと律がまた声を漏らした。 「柚木(ゆずき)さん…ふふ、…ぅ…すぅ」 柚木さん。律の好きな人の名だ。 その言葉を聞いて律の背中に顔をうずくめる。 ───ごめんなさい。律の幸せを奪ってごめんなさい。好きになってごめんなさい。こんな俺がお前の隣にいてごめんなさい。ごめん。 もうきっと律の背中は俺の涙でびしょびしょで。 俺は律の物凄く大きな存在を壊してしまったんだと。律の隣には好きな人じゃなくてそれを壊した憎い人がいるのだと。そう思って涙が溢れ出てきた。 昨日、そのまま律の隣で寝てしまった。 もちろん、スーツにはシワが出来ていて、朝から律に怒られてしまった。 ──怒ってくれるんだ。 こんな相手にも。それを律が優しいからと痛感して胸がきゅ、と締まる。俺は最低だ。 今日は休み。することも無く、ただだらだらと部屋でくつろいでいる。 律は今日も休みでもう既に寝に入っている。 窓から暖かく心地の良い光が入ってきて、そこに寝転び、日向ぼっこをするように律は寝てしまう。 そんな律を見ながら、ソファに横になる。 きっと数分後には寝ていたと思う。 目が覚めたらもう夕方で、律はまだ寝ている。 そういえば最近寝てばっかだなぁ。と律の目元のクマをなぞる。 白い額に引っ付く黒い前髪を撫でて、またジッと律の顔を見る。 ──俺がこんな感情…持っちゃ、ダメなんだよな。 「ごめん、りつ」 しばらくして、ちゅ、と小さく律の額にキスを落とした。 そして夕飯の準備をしようと立ち上がろうとする。 「いくじなし。」 律の声と共にぐいっと引っ張られた勢いで「え、」と声が出る。すぐ唇に柔らかいものが当たる。軽く触れるだけの短いキスだ。 予期せぬ事態にジッと身構えていると、律がふふ、と笑った。 「何固まってんですか。」 「な、なんで。」 焦ってたんだと思う。「え、」とか「なんで」しか言葉が出てこなかった。 律が俺の首に手を回し、抱きつくような体制になる。 「なんでって、馬鹿ですか?」 さら、と俺の頭を撫でてまた何かを話した。 「こういう肝心な時にわがままになれない蒼葉くんのために、」 「俺からわがまま言ってあげます。」 意味のわからない言葉の後に律が言うとは思えない言葉がつらづらと耳に入ってきた。 「好きです。蒼葉くんが思ってるその倍以上。」 「だから、ずっと一緒にいてください。」 また律の肩に顔を埋めて、ぐずぐずと泣き始める。 仕方ないよね。だってこんな、こんなわがまま嬉しすぎる。 ぎゅ、と強く律を抱きしめると、また「ふふ、」 と律が静かに笑みをこぼした。

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