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サジの苦難(結婚編)アロンダート×サジ

ほわぁああー!!という間抜けな声がエルマー宅の庭で上がった。 サジのやかましい悲鳴に、エルマーに抱かれていたサディンはふぇっとぐずり、アロンダートはその庭の光景に絶句していた。 「祝い事だ。これだけあれば食に苦労はしないだろう。御使い殿、先日お送りしたものとはまた別のを自生させた。ここは豊かな畑として育まれるだろう。」 セフィラストスがサジ達が遊びに来ているときに、普通に玄関から登場しただけでもエルマーは腰を抜かしたのに、来い。とか言われて連れてこられた裏庭で、恐ろしい程の冬虫夏草が土の上に並んでいたのを見て、その場にいたナナシ以外は凍りついたのだ。 「む、むむむしむしむ、むむしぐさっ、ひ、ひぇ、あ、あっむりむりむり」 「あぅ、すごぃ…むしさん、たくさんいる…」 「レイガンが見たら死にそうになるだろうな…」 彼は集合体恐怖症だから、と引いた顔でサジにしがみつかれながら、まだ動いている虫たちを眺める。 流石のエルマーも、いくら虫は平気だと言ってこれは頂けない。 冬虫夏草は素材としては最高ランクであるが、ほとんどが養分を吸い上げられた状態で出回るため、生贄になった虫は干からびているのだが、これはまるまる太っている。 先日たべたタルタルも、異常なまでの弾力があった。エルマーは思い出したのか口元を抑えると、うっぷとえずく。 「冬虫夏草の可食部は上の部分だ。虫によって生える物が違うが、まあ茸や山菜のようなものが生えると思っていてくれ。」 「かしょくぶってなあに?」 「召し上がられるところですよ。」 「え?ぜんぶたべたよう?」 ふりふりと尾を揺らしながら、エルマーから受け取ったサディンをあやしながらセフィラストスを見上げた。 ナナシの言葉に、サジとアロンダートが信じられないものを見る目でエルマーを見た。そんな目で見られても事実なのだから仕方ない。 口元を抑えて顔色を悪くするエルマーを見て、サジもアロンダートも、初めて可哀想にと思った貴重な瞬間だった。 「コリコリしてた。あと、すごいすっぱい。」  「や、やめ、ききたくないわ!!」 ニコニコしながら宣うナナシに、セフィラストスは小さく頷く。徐に一匹手にしたかと思えば、そのぶよつく虫の身を指でつまんでぶちりとちぎった。 「これは勉強だ。いいか、この虫はユグドリズムシといって、こうやって潰したりちぎったりをすると増えていく。ほら、みてみろ。」 「うわぁ…」 セフィラストスが千切ったその虫は、手のひらの上で新たな生命として動き出していた。 形成したてのものは、指で潰すとピィと鳴いて栄養価の高い紫色の体液を吹き出すが、大きなものは踏み潰したりすると一気に破裂をして大量のユグドリズムシとなって増えるのだ。 単性生殖のこの虫は、錬金術師などに重宝されているらしい。 小さくバラバラになった虫は、ちまこい羽を生やすとブーンと羽音を立てて散り散りに飛んでいく。セフィラストスはそれを見送ると、ナナシを見た。 「あの虫自体がある意味ポーションのような役割もするのだ。であるからして、可食も可能。見た目があれなので食らおうとするものはおりませんが。」 「成程、ならば行軍中の予備食にも向いていますね。」 「行軍中に虫食うくらい切羽詰まりたくねえだろう…」 エルマーか引きつり笑みを浮かべたままのたまう。確かに効能は抜群で、エルマーの身体能力もあがったというか、魔力の通りがいつも以上によかったのだ。 「サジ、お前の住まう森にはユグドリズムシの長がいるだろう。何を驚く。」 「ユグドリズムシの…長…?」 「ああ、この家くらいの大きさだな。」 セフィラストスが指さした一軒家程の大きさのユグドリズムシ。変体はせず、背中には植物の魔物を背負っているらしい。長い年月を経て共生を実現させた生きる冬虫夏草、エルフの森の大宿主。そう呼ばれているらしい。 サジはようやく思い出したようで、もしかしてあの禁止区域の奥の巨木のトンネルの…と呟くと、セフィラストスは然りといって頷いた。 「おおきいむしさん?ユグのやつ、みたい」 「俺はいいかな…」 「えー!えるもみる、したいでしょう?」 一緒に見たい!そう言っておねだりをするナナシは非常に可愛いのだが、だってあれの親玉だろう?とユグドリズムシをチラリと見る。 愛嬌はあるのかもしれないが、やはり気持ちは悪い。夜になるとほのかに発光するらしいが、もはや意味がわからない。 セフィラストスはナナシの言葉に鷹揚に頷くと、真っ青な顔でアロンダートの外套にくるまっていたサジを見つめた。 「いずれ代替わりもするだろうと思い、大目に見てきたが…まあそうだな、力があれ以上強くなってもことだろう。サジ、使役してこい。」 「なんでサジが!!」 「お前は俺の言うことを聞くしかない。なぜなら御使い様をのぞいては俺が一番偉いからだ。」 何をわかりきったことを。そんな具合にセフィラストスは見下ろすように不遜な態度でサジに指示をする。愛し子であるサジが、本当に、心底嫌だというわかり易すぎる顔色で顔を食いしばっている。 わなわな震えているのは怒りと嫌悪感だろうか。 どちらにせよ、セフィラストスのやれは絶対である。 エルマーに先程向けていた可哀想なものを見る目が、今度は己に向けられた。 アロンダートは苦笑いをすると、そっとサジの横に歩み出た。 「セフィラストス様、サジは虫が苦手です。使役するのは僕ではできませぬか。」 「できなくは無いが、炎属性は冬虫夏草との相性が悪い。魔力の質を鑑みてもサジだ。」 「すまんサジ、やはり僕には向いていないようだ。」 「あの虫に触りたくない!きもいだろうがっ!!」 「素直だぞ、まあ見た目ほど性格も悪くはない。」 そんなこと言うならセフィラストスが使役しろと思わなくもないが、ノーは言えない。サジはボサボサの髪の毛を無意味に手櫛でひきのばすようにして唸ると、細い声で了承した。 ノーは言えない、セフィラストスはそれをわかってて意地悪をする。後からナナシがメッと言って窘めるのだが、次からは気をつけますといっただけで、もうしないは言わなかった。 エルフの森、禁止区域。 ここは様々な植物の魔物が自生しており、力の強いものや、植物の魔物に詳しいものでなければ足を踏み入れるのは危険とされている場所だった。 サジはマイコとシンディを召喚し、2種の植物魔物を侍らせた。これをすると、下手に襲われることはない。なにせ使役されている植物魔物は野生のものよりも力が強く理性的だ。よほど勝てる見込みがなければ、本能で避ける。 おかげで道中は実に歩きやすい。途中あらわれた巨大なナナフシ型の大型魔物にサジが悲鳴を上げたが、そこはアロンダートがお得意の火炎魔法で焼き払ってしまった。 「かえりたいかえりたいかえりたい!いやだああぬとぬとする!さっきの虫に変な液かけられたっ!」 「サジ、それは樹液だ。先程木の幹に抱きついたときについたのだろう、細かい虫がよってくる前に拭ったほうがいい。」 「ひいい、シンディ!吸え!この蜜!」 アロンダートの言葉に更に怯えると、がばりとシンディに抱きついた。やれやれと言わんばかりに蔦を寄せて樹液を吸い取る。吸血花に好き好んで自身を吸わせるなど、サジくらいだろう。 シンディ自身も加減をわかっているので、傷つけないように器用に吸い取る。 アロンダートとぽてぽてと進んでいたマイコが、急にピタリと止まった。なんだ?と思ったのも つかの間、丸で大きな木々と葉の間に隠れるように、大きな大木で出来た自然のトンネルが姿を表した。 あたりは青く、薄暗い霧が覆っている。その霧を吸い込むように、その巨木のトンネルは奥深くまで続いているようだった。 「うわあ…まじである…あのなかにいるのかあ…」 うげぇ、そんな具合にわかりやすく顔をしかめると、アロンダートはぶわりと黒い霧を纏って転化した。 上半身のみ人型をとると、突然姿を変えたアロンダートにおどろいたサジを見下ろした。 「僕が先に見てこよう。この姿なら何かあってもすぐに逃げ切れる。サジはシンディに守ってもらえ。」 「ええええ!!サジを一人にする気が!?こんな虫が出てきそうな怖い森で!?」 「サジが怖い森といってるのはエルフの森だし、サジはこれからその虫を使役しにいくんだが。」 何を言ってるのやらと困ったように笑うアロンダートは、マイコを抱き上げた。 ぴるぴると手を動かし、いってくるわと合図をする。マイコは空を飛べないので、こうしてアロンダートに抱っこで空を飛んでもらうのが好きだった。 シンディの葉に抱き寄せられるようにしてサジが茎に抱きつく。わしりと頭を撫でられれば、むすくれた顔になった。 「ええい、あまりサジを待たせるなよ。さっさと行って、さっさと帰ってこい!」 アロンダートは拗ねた顔をしたサジの様子を愛しく思うと、バサリと羽を羽ばたかせた。 抱き上げたマイコが、傘を震わしながら喜ぶ。こうして先陣を切って巨木のトンネルの中に入っていった愛しき番を見送ると、サジはシンディの葉の上に腰掛けた。 アロンダートがいないと心細い。今まで一人でも全然平気だったのに、あの旅路からどうしてかこんなにも弱くなってしまったのだ。 シンディが大きな花を開かせると、虫除けの薫りを漂わせた。 サジの虫嫌いはシンディも知るところだ。主が心健やかな日々をお過ごしいただけるのなら、シンディとてこのような香りを使えるようになるというわけだ。 バキキ、という木がなぎ倒される音がして、あわててサジが振り向いた。そこには大型の魔物の一つ、ギガ·フラッパーと呼ばれる恐ろしくでかいバッタの様なものがゆうゆうと歩いていた。サジもシンディも、その大きさに慌てて認識阻害の術をかけると、声を殺して通り過ぎるのを待つ。 「……………。」 きょろりとシンディとサジが顔を見合わせた。 シンディはがしりとサジの体を抱き込むと、ぼこりと根を浮き上がらせて、滑るようにして叢を走り抜ける。 やっぱりソロはいやだ。サジは無言でシンディにしがみついたままアロンダートの後を追うと、これは戦略的撤退であり、けして心細いからというわけではないのだと心のなかで盛大に言い訳をした。

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