156 / 163

エルマーのお仕事(結婚編)エルマー×ナナシ

ルキーノ達の出産から一月、時折ダラスから相談の話は来るものの、ルキーノの尻に敷かれながらも上手くやっているようだった。 エルマーは時折城に出向いては様子見がてらグレイシスと何やら話しているようなのだが、ナナシに聞いてもあまり良く知らないらしい。 城から帰ってくるたびに少しだけ尖った空気を出しているのだが、サディンは父親がその原因を口に出さないということは、お母さんの耳に入れたくないことなのだろうなあと思っている。 「父さんって決まってからじゃないと言わないんだよなあ。」 「エルマー、ソウイウトコアル」 「ギンイロから探り入れてくれたりしねー?」 「イヌモクワナイ、オコトワリ」 「犬じゃないじゃん…」 自宅の屋根の上、本当は危ないから屋根に登らないでとお母さんに言われているのだが、ギンイロはシカタナイネといって内緒で連れてきてくれた。 この銀色の単眼の獣は精霊らしい。父さんと母さんの友達らしく、我が家ではペット扱いだ。 ウィルもギンイロのことをギンちゃんとよんでよく構ってもらっている。 気まぐれで、すごく優しいときもあれば話を聞いてくれないときもある。 今回は後者だったようで、俺が城で何の話が来てるのか教えてくれといったら、ヤダネと言われた。 「エルマー、ナナシノコトデナヤンデル。ソレダケ」 「母さんのことで?」 「スキスキダカラネ」 「ふぅん…」 まるでこの精霊はすべてを見ているような顔つきだ。くしくしと頭を撫でてやると、ぱたぱたと尾を振って犬みたいなのになあ。 サディンがそんなことを思っていると、下からウィルの声がした。 「やらぁーーーうぃるもいくぅうーーー!!」 「ウィルはナナシと留守番、おしろいくのはまた今度ですよう。」 「やらぁあぱぱといくぅうーーー!!」 「だめです、ナナシとおうちでえるまつして下さい」 「うわぁぁあん!」 また今日も盛大に駄々をこねている。サディンはため息一つ、ギンイロもわかっているのかサディンを乗せて下に降りると、途方に暮れるエルマーとナナシに抱かれてぎゃんぎゃんと泣いているウィルの前に降り立った。 「あ、サディン!屋根危ないいったのに、またのぼる。やだっていってますよう!」 「ごめん、だって高いとこ好きだから。」 「ギンイロが乗せたんなら大丈夫だろお。」 「ウィルまねして怪我するしたらナナシはかなしい。」 「うわぁぁあんやらぁぁあ!」 今回はウィルのおかげで注意だけで済んだが、むくれたナナシの頬をエルマーが突いている。またそんなことをするからナナシが拗ねるのだが、いつまでたっても新婚気分は抜けないらしい。 エルマーが大泣きをするウィルを抱き上げてあやす。 「俺のマシュマロちゃん、パパだってグレイシスの我儘なんざ付き合いたくねえんだけどよう、食い扶持稼がにゃ、ウィルの大好きなおやつだって買えねえぜ?」 「うぃるもついてく…」 「ウッ、すぐ帰ってくるからよ、ウィルにはお家でママ任せたいんだけどなあ?」 「ママ、まかせゆのう?うぃるに?」 金色の大きなお目々に涙をたくさんためながら、上目でエルマーを見るウィルは策略家である。 こうするとエルマーが甘やかすと知っているのだ。サディンは我が弟ながら末恐ろしいものを感じると、ナナシが困ったように耳を伏せる。 「ウィル、ナナシはサディンとウィルと、ギンイロとでごはんたべるしたい、お家まもるのナナシとするしてください?」 「うぅ、ぱぱはやくかえってきてぇ…」 「速攻かえるわ。」 ぎゅむりとエルマーの首に抱きついたかと思うと、すぐにママだっことナナシに抱っこをねだる。エルマーが小さな頭をワシワシと撫でると、そのままサディンも頭を撫でられた。 「じゃあ、晩飯はサディンが作ってくれ。」 「それは任せて。」 ぐっと固い握手を交わす。以前エルマーがへろへろで帰ってきたときに、ふよふよと飛ぶユグドリズムシが居たらしい。冷や汗をかきながらキッチンにいくと、黒蜥蜴とユグドリズムシをじっくりことこと鶏肉と牛乳で煮込んだシチューが出来上がっていたようで、天井すれすれを飛んでいたのは逃げ延びた数匹。ウィルがニコニコしながら紫のそれを食べようとしたのを見て、エルマーが絶叫しながらそれを阻止したらしい。 ちなみに鍋の中身はエルマーが全て平らげた。翌日はずっと体調不良で寝込んでいたのだが、更にその2日後、いつもよりも肌ツヤ毛艶もよくなり、男ぶりを更に増した状態で部屋から出てきたときは、やはり味はともかくとして効能は抜群だったとのたまっていた。 その夜はサディンの寝室でウィルが寝たのと、翌日はエルマーが家事の一手を引き受けていたことから押して知るべきであるが。 閑話休題、そんなこんなで城に向かったエルマーを見送った後、ウィルはナナシの肩口の生地をぱくりと咥えて愚図っている。小さな手でしがみつきながら、ひっくひっくと嗚咽を漏らす小さな背を撫でるナナシは、泣きすぎるとおえってなっちゃうよう?と宥めていた。 「父さんって城でなにしてんだろう。」 「へいをしばく?」 「塀?」 「なんか、そんなのいってた。怪我するのないけど、ん…と、ふぬけ?ばっかりやだなのだって。」 「ふぬけ…あ、塀じゃなくて兵か。」 漸く合点がいった。どうやらグレイシスに言われて、エルマーは国の軍事力強化の為に雇われ教官をしているらしい。とはいっても体は26で時を止めている。勿論サディンもウィルも、魔力が育ち切る成人以降は年齢を重ねても容貌は変化はあまりないのだろうが、見た目が若いせいか舐めてかかられることもあるらしい。 ナナシはたまに愚痴を聞くらしく、疲れているときは沢山甘やかしてあげるのだといっていた。 「あ、まって。これって持ってくやつじゃね?」 「うん?」 「ほら、インベントリ。」 「ええー!」 玄関先に放置されたインベントリをみて、ナナシが驚愕をした。ということは、エルマーはいまインベントリの代わりに抱っこ紐を体にくっつけて出勤したことになる。 びゃっと尾を脹らませて驚いたナナシに、さらにウィルが驚いたらしい。サディンはサディンで、父さんはまじで家族以外に関心がなさすぎると呆れた。 恐らくだが、抱っこ紐に気づいても気にしないだろう。手ぶらで狩りに行く人間が、インベントリを忘れたところで困りはしないだろう。 「届けに行かなきゃ、うわあ!」 「ノル?」 あわあわしているナナシにギンイロが転化をする。相変わらずにできた精霊である。 サディンはというと、出かける準備をするナナシからウィルを受け取ると、はたと思いついた。 「シュマギナールいこ、みんなで。父さんの荷物持ってきがてらさ?」 「ウィルもいっちょいく!!」 「ええ、ナナシだけでいくよう!」 「ナナシヒトリフアン」 「えー!」 優秀な精霊が、サディンの言葉に同意するかのようにナナシを見上げる。大人になったはずなのに、今だ迷子になるナナシを探すくらいなら、ここは息子に任せたほうがいいだろうとおもったらしい。 ナナシはなんでぇ!といっていたが、サディンがエルマーから受け継いだ無属性魔法で体を小さくすると、にっこりと微笑んだ。 「ままおねがい!」 「はわ…サディン、それはずるいよう…」 10歳ほどの小柄な体格になったのはギンイロの負担を減らすためもあるが、こうして抱きついて甘えると、ナナシの知らない子供のエルマーが甘えてくるように見えるらしい。きゅうっと口を噤んでぎゅうぎゅう抱き締めてくるナナシに甘えると、もうナナシは断れない。 エルマーからは戦術の1つとして敵を油断させるのに最適な方法だと褒められたが、この魔法を使えるようになったのがウィルにお母さんを取られるのが嫌だったからというのは年甲斐もなくて少し恥ずかしい。 夜はエルマーのものなのだから、昼くらいサディンのものにもなって欲しいのが本音であった。 そんなこんなでうっかり者のエルマーのインベントリを届けに行くために、ウィルとサディンを嬉しそうに抱きしめるナナシが籠絡されたのだが、城は城で3人が現れると大騒ぎになってしまうのは明白であった。 ただでさえエルマーが抱っこ紐にシャツとパンツのラフな格好で登城するのを、規律を守る騎士団がそれを見て腹に据えかねるというのは自然であった。 「王よ、お察しいたしますがエルマーですので、もはや諦めなさるのが一番心が穏やかになるかと思います…」 「わかっている…」 抱っこ紐でミハエルをあやすルキーノが、産休中に顔を出したのはいい。しかしルキーノだけではなく、演習場での教官の出で立ちにクレームが入っているようですよという情報もともに持ってくるのはだめだ。 「良いではないか、そもそも自由にやっていいといったのはお前だぞグレイシス。なかなかに面白い、今日は抱っこ紐を取り忘れたらしいぞ。」 「頭がイカれている…たしかに兵の強化以外は好きにしろと入ったがモラルがないと奴らはついていかんだろう…」 ジルバがクツクツと笑っている。他人事だからといった具合だ。こいつにしわ寄せが来るのは滅多にない。第一騎士団で残っている腹心が直談判で執務室に乗り込んで来たときは、不敬と言って窓から放り投げる癖に。 もともと第一騎士団を束ねていたグレイシスが戴冠をきっかけに新しい指導者をすえるといったときもごねたのに、それが粗暴な顔だけしか取り柄のない若者だとわかった途端、古株の者が荒れたのだ。 膿を一掃し、騎士団の面々も大きく変わった。再出発からおよそ10年、纏まってきた頃に差し替えられた教官は、開口一番にのたまった言葉もいけなかった。 「無駄なことするつもりねえから、全部実地な。」 そう言って、エルマーが言った瞬間に地面から飛び出したミュクシルに、騎士団の面々はパニックに陥った。 グレイシスが束ねていたとはいえ、騎士団の面々は貴族出のものが多く、人対人は得意ではあるが魔物を目の前にするとうまく動けないものも多い。トリッキーな動きにお綺麗な剣は効かないのだ。だからグレイシスはそれを弱点とし、エルマーに依頼をしたのだが、初っ端から大いにやらかされたせいで多くが辞職した。 なので今残っている騎士団はある意味心臓が強いのである。しかし、心臓がつよいだけではなく我も強い。 腹に据えかねすぎて、我が天誅をと一人が動けば我もと続く。 元気よくエルマーとミュクシルに飛びかかっていくものだから、エルマーは毎回やり方をしくじったかなあとか愚痴を言いながら、こてんぱんに伸している。 戦力は上がったが少数精鋭だし品格は落ちた。山賊育ちの第一騎士団なんて言われ始め、グレイシスは毎回頭の痛い思いをしている。 「で。今日は何をしたのだ…。」 「黒い幽鬼とおいかけっこだそうで、演習場全体を使って最後まで逃げ切れたほうが勝ちだそうです。」 「またトラウマを植え付けるようなことを…」 「因みにエルマーも虫取り網片手に参加しているらしいですよ、その網に捕まったものは重石をつけてランニング100周だとか。」 ジルバはまた敗北者がでるなあと楽しげに笑っているが、笑いどころではない。戦力の底上げをしろといったのに、これでは数が減りすぎる。 エルマーいわく少数精鋭がよくね?だそうだが、まあなんともスパルタであった。 グレイシスの執務室から見える演習場には、所々黒い物が木々の隙間を縫うようにして動いているのがわかる。先程弓なりに放り投げられたのは恐らくだが騎士団の一人だろう、これはまた医術局を派遣しなくてはいけないとため息を吐いた。

ともだちにシェアしよう!