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ユミルの悩み(結婚編)レイガン×ユミル

一悶着どころか、問題しか起こらなかったのだが、産後のユミルが怯えてしまうほどに、レイガンはさらに甲斐甲斐しくなった。 ルキーノから注意されたのは、子が半年になるまではカストールには戻らないこと、そして男性体であるユミルの体は大きなダメージを受けているので、必ず無理はさせてはいけないこと。 栄養のあるものを取らせ、赤子の世話を率先して行い、嫁を労り、家庭を疎かにするような仕事の仕方はしないこと。後半はダラスに対する文句のように聞こえないでもないが、レイガンはとにかくその話をよくよく聞き、その使命を胸に抱いて戦地を駆け抜けていったあの頃のような真剣な顔で、了解した。とだけ言った。   産後から、早半月。レイガンはエルマー宅の隣に部屋を借りて、そこで今日も今日とてルキーノの言いつけをしっかりと守っていた。   「リュート、あまり母を困らせるな。そんなに泣くと目が解けてしまう。」 朝日がキラキラと室内に差し込む。愛息子の泣き声を目覚ましがわりに、ユミルがのそのそと起き上がった時に最初に見た光景がこれだった。   「朝っぱらから…顔がうるさ…。」   レイガンは指を咥えながらぐずるリュートを抱きながら、朝日にその整った顔を照らされながら、片手に持ったうさぎのぬいぐるみを動かしていた。ピンク色の可愛らしいうさぎのぬいぐるみがプヘプヘと間抜けな音を立てている。 ぐずるリュートを泣き止ませるのが俺の使命だと無駄に良い顔をして言ったときは、やかましいわと思ったユミルだったが、夜泣きも率先してあやしてくれるレイガンに、感謝しかない。元々体力もあまりないユミルが床上げするのに時間がかかっている分、寝れる時間が多く取れるのはありがたいことだった。   「レイガン…、お腹減ってるんだよ。貸して。」 「ユミル、顔色が良くない。授乳したらまた寝ていろ。具合は?」 「昨日よりはいいよ…、リュートおはよう、パパに構ってもらえて嬉しかったね、」   ふにゃ、とリュートがお返事をした。ユミルは産後、げっそりと痩せてしまっていた。リュートが思った以上に魔力が高く、母乳を通して魔力と栄養をしっかりと吸収してくれるので、食が元々細いユミルは貧血で寝込んでしまうことも多かった。しかし我が子は可愛い。いくら見た目ではわからないとはいえ、レイガンもユミルも年齢は重ねている。だからこうして健康に生まれてきてくれたことが何よりも嬉しく、二人の愛は存分にリュートに注がれていた。   「俺も魔力を与えられれば良いのだが。」 「レイガン、授乳できないでしょ。むしろできたら嫌だけど。」 「いやか、まあ、リュートもママの方が良いだろう、なあ息子よ。」 「なんかちょっと…うん、なんでもない。」   レイガンはキョトンとしていたが、リュートが差し出されたレイガンの指を握りしめると、愛好を崩した。可愛い、うちの子はなんでこんなに可愛いのだろう。やはりユミルが可愛いからだな。そうだ、そうに決まっている。定番になったレイガンの親バカ発言も、日に何度も聞いていれば慣れる。 ユミルは服の前をはだけさせると、ナナシに教えてもらった通りに口に含ませる。授乳は幸せな気持ちになれると聞いた通り、ユミルはリュートがんくんくと頬を動かすたびに愛しさで胸がいっぱいになっていた。   「かわい、」 「羨ましい。」 「レイガンちょっとあっち向いてて。」 「断る。」   授乳中のユミルを見るのが好きだと宣った通り、レイガンは真剣な顔で見つめてくる。これだけは頂けない。なんだか視姦されているような気分になるのはユミルだけだろうか。 結局最後まで見届けたかと思えば、難しい顔をしながらなぜかユミルを抱きしめてくるまでがセットだ。   「毎回思うけどさ、その顔はなんなの。」 「昂りを抑えるためにエルマーの裸を思い出していた。」 「聞かなきゃよかったわあ…」   まさかエルマーもそんなことに使われるとは思わないだろう。面白いけど、ちょっとレイガンって最近頭おかしいよなと少しだけ心配になった。 吐き戻しもなく、上手にのめたリュートをレイガンがデレデレしながら構う。ユミルはもそもそとレイガンが用意してくれた朝食を食べていると、こんこんと窓がノックされた。   「おはよ。調子どうだ。」 「エルマー、毎回いうが窓から入るくらいなら玄関に回れと言っているだろう。」 「だって近えもん。ユミル、ナナシからってウィルのお下がり。いるだろ?」 「助かるー、ナナシは留守番?」 「下の子のおねしょ片付けたらこっちくるってよ。」   今日も見事な大地図だったぜと笑いながらエルマーが窓から入ってくる。律儀に脱いだ靴を玄関に持って行くくらいなら、マジで玄関使えよとも思うのだが、宿の窓からも出入りしていたことを思い出すと、もはや癖なのだろうなあと納得するほかはない。   「そういやサジが来るってよ。出産祝いにシンディの無性種子持ってくるだと。」 「マジで。というかそれ何。」 「精力剤の原料。」 「うわあ…」   元種子の魔女からの贈り物だ。折り紙付きなのはわかるが、持って来るものがアレすぎてサジだなあと思う。 そういえばユミルはサジに悪戯されたことがあるらしい。性的な意味でだというが、一体いつのことだか思い出せない。エルマーに聞くと、思い出させるなと青い顔をするので、エルマーも何かあったのだろうなあとは思っている。自分が金的した時のことなど、すっかり忘れていたユミルであった。    「レイガンに似てんなあ。お前の精子濃すぎるだろう。」   エルマーが優しい手つきでリュートの頬に触れる。目元がレイガンにそっくりだった。 くりくりの癖っ毛がふわふわで可愛い。ユミルのツンとした鼻も受け継いでいるようで、もうすでに出来上がっている顔だちに、エルマーは将来有望な顔だなあと褒めた。   「エルマーみたくヤリチンにはならないでね、一生童貞でもいいからね。」 「後ろもだめぞ。誰かと付き合うことになったら真っ先に俺にいうんだぞリュート。」 「気が早え気が早え。男なら人生楽しんだもん勝ちだぜ?若いうちからいっぱい遊んで、身納めすんときは愛したやつだけにしろお。」   揃いも揃ってしょうもないことを語りかける。幼いリュートはただ構ってもらえることが嬉しいようで、ふにゃふにゃと笑っていた。   「たのもーーーーー!」   そんなやりとりをしていると、玄関から聞きなれたやかましい声が響いた。不遜な態度が声からも受け取れる。言わずもがなのサジであったが、エルマーのように窓から入ってこなかっただけはましである。   エルマーが勝手知ったると言った具合に玄関で出迎えると、サジは苦笑いするアロンダートの横でふんぞり帰って突っ立っていた。   「訪問販売はお断りしまーす。」 「待て待て待て、というかお前の家じゃないだろうが。」 「久しぶりだなエルマー、子供たちは元気か。」   エルマーがドヤ顔をして突っ立っていたサジにイラついて扉を閉めようとしたのだが、それはサジの正論によって阻止された。 アロンダートとはユグの一件以来だいぶ久しぶりであった。手土産らしい酒を認めると、エルマーは我が家でもないのにご機嫌で招く。   「ウィルは相変わらずお漏らし治んねえんだわ。まあ元気だよ。」 「ナナシはさすがにもう漏らしはしないだろう?」 「俺がさせてる。」 「変態なのは相変わらずなのだなあ。」   面白そうにいうアロンダートであったが、まあその興奮はわからないでもないがと続けてサジに蹴られていた。   「アロンダート、サジ。久しいな。」 「レイガン!男ぶりをあげたではないか!」 「お前は相変わらずやかましい男だな…。」   ひょこりと顔を出したレイガンに、サジが懐かしそうな顔をした。ばんばんと腕を叩きながら再会を喜ぶと、部屋の奥から聞こえてきたリュートの泣き声に顔を輝かせる。   「サジって意外に子供好きだよなあ。産ませねえのか?」 「他人の子を愛でている方が性にあっているのだそうだ。」 アロンダートがレイガンの止める間も無く元気よくユミルとリュートがいる部屋に突撃していったサジを見送る。 エルマーが他人の家ですらお構いなしにやかましいサジの様子に、あいつ自身がガキだからかもなあと続けると、可愛いだろうと惚気られた。   「ユミルーーーーーー!」 「うわびっくりした!」   バタンと大きな音を立てて現れたサジにギョッとすると、抱いていたリュートも驚いたらしい。ふにゃあんと可愛らしい泣き声で泣き出した。サジはおっと、と一言言うと、そそくさとユミルの寝ているベットの横に陣取ると、そっと涙を拭うようにしてリュートの頬に触れた。   「うふふ、この小生意気な面構え、レイガンにそっくりである。」 「久しぶりサジ、元気してた?」 「言わずもがな、エルフの森で元気にズコバコしている。」 「そっちも元気なんだねえ…。」   相変わらずのサジにユミルが苦笑いしていると、サジがそっとユミルの頬に触れた。   「痩せたなユミル。魔力が枯渇している。レイガンから譲渡してもらっていないのか。」 「譲渡?」 「もはや子をなした今、お前の魔力はレイガンの魔力も混じっているのだぞ。経口摂取で精液なり唾液なりもらえばすぐによくなろう。」   なんだ知らんのかと言った顔でとんでもないことを抜かされた。ユミルは呆気に取られた後、じわじわと顔を染めていくと、そんな体力ないよと小さくむくれた。   「お前、もしかして産後からキスのひとつもしていないとか言うのか。」 「してない。だってそれどころじゃなかったし。」   サジは呆れたようにため息を吐くと、なんだエルマーから聞いていないのかと続けた。   「というか、なんでサジがそんなこと知ってんのさ、子供産んでないのに。」 「ルキーノの体調管理はサジが見てやったからなあ。それに子をなすと言うことは、体内に他人の魔力を滞留させると言うことだ。ナナシの時もそうだっただろう。だから総じてつわりがきつい。」   成る程そう言われれば納得せざるおえない。そういえば妊娠中もルキーノからは夫婦の営みについても激しくなければむしろしたほうがいいとか言われていたのだ。思い出してみれば、体調が良かった日は決まって行為をした翌日だった気がする。しかしながらそんなことをレイガンに聞かれれば、積極的に励まれそうだ。違う意味で床上げ出来なさそうだと苦笑いすると、サジは大いに食いついてきた。   「なんだ、あいつはそんなに激しくお前を抱くのか。興味がある、ぜひ見せて欲しいものである。」 「誰がお前にユミルの感じている顔などを見せるものか。」 「あいてっ、」   ぱこんと良い音を立ててレイガンがサジの頭を叩く。いつの間にかきたらしい、ナナシもひょこりと顔を出すと、ユミルーと言いながら呑気に手を振っていた。   「ナナシいつの間に、」 「ウィルのおしっこ終わったからきた。サジもアロンダートもいて楽しい。」   ご機嫌に尾を振っているナナシの後ろから、サディンとアロンダートに抱かれたウィルも顔を出す。なんだか大勢が集まってしまった。嬉しい反面、寝たきりの姿を見られるのは恥ずかしいものもある。   「エルマーが飯を作ってくれるそうだ。サジの持ってきた無性種子で滋養のあるものを作ってくれるらしい。」 「パパのね、ポトフ美味しいんだよう、ウィルもすき!」   アロンダートの顔にしがみつくようにしてウィルがご機嫌に言う。上のサディンはどうやらサジにドギマギしているらしく、ユミルの横に腰掛けていたサジを見ると頬を染めながらナナシの後ろに隠れた。   「サディン、ご挨拶して?」 「さ、サジさんこんにちは…」 「うふふ、サディンはサジに気があるのだ。全く、父親に似ずに随分と愛らしい。」 「サジはやめといたほうがいいと思うけどなあ…」 「なんだと!お眼が高いとそこは持て囃すところだろうが!」 「サジ、いくらエルマーの息子だからといって浮気はよくない、後、教育上にあまりよろしくもないぞ。」   気恥ずかしいらしい、頬を染めたままなんともいえない顔をするサディンの背をナナシが苦笑いしながら撫でている。息子の初恋がサジというのがなんともいえんと言った様子だ。エルマーが知ったら存分に止めに入るだろう。そんなことしたらお父さんうるさいと言われるのは目に見えているが。   「ユミル、リビングに行くぞ。」 「うん、って一人で歩ける!」 「フハハ、お熱いことだなあユミル、しかしレイガンがそこまで甲斐甲斐しいとは思わなかったぞ。」   レイガンによってリュートごと抱き上げられたユミルが顔を赤らめた。サジのからかい混じりの言葉にレイガンが反応すると、至極真面目な顔で言ってのける。   「今晩抱くからな。今のうちから無理はさせられん。」 「はあ!?」 「先程の話は聞いていた。まさかお前の体調不良が俺のせいだったとは苦労をかけたな。安心しろ、リュートが泣いたら中断する。授乳の時間だってとる。どうだ。」   どうだってなんだよ!ユミルは絶句したようにレイガンを見上げた。相変わらずに顔がいい。ナナシはウンウンと頷いているが、本気の本気でそうなのかと思わずナナシに縋るような目を見つめると、サディンが口を開いた。   「ウィルが生まれた後も、翌日からお父さんが口移しでご飯とか食べさせてましたよ。だから普通なんじゃないかな…。」 「息子になんてもん見せてんのお前ら!」 「夫婦仲がいいってことだろう。な、ユミル。」 「そうだぞユミル。」 「がんばれよユミル。」   レイガンを筆頭に、面白がってサジもエルマーもノってきた。なんだこの扱い、ユミルは顔を赤くしながらやだやだと恥ずかしがっていたのだが、レイガンがお得意のおねだりのような目つきでユミルを見つめてきた。おいやめろ。その顔はずるい。下がり眉の顔のいい男のおねだりに弱いと学習したレイガンが、よくやる手口である。 アロンダートもエルマーも。面白そうな顔をしてこちらを伺うものだから、これ以上レイガンのユミルにしか見せない表情を見られたくなくて、結局ユミルは渋々頷くことになったのだが、今思えばこれは選択ミスだったのかもしれない。   その日の夜、盛ったレイガンによってドロドロに甘やかされ、リュートに授乳をするときまで挿入されていた。泣いてヨガって濡らして漏らしたりとえらい目にあったのだが、やはりサジの言う通り、翌日は目を見張るほど体調が回復していた。 しかし、唯一の誤算は、レイガンの変態度が増したというところだろうか。   「右を吸わせたなら左を俺が吸えばバランスが取れるんじゃないか。」などと言って執拗に吸い付いてきたものだから、リュートの乳離れよりも先に、真面目にレイガンに乳離れさせなければと本気で頭を悩ませることになってしまった。

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