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別離、けれどそれは成長。

小鳥のさえずりが、こだまするのが遠くから聞こえてくる、そんな町はずれの小さな一軒家。 パタパタと階段をリズムよく上る音に、夕陽は朝がきたと半分寝た頭で不快感を覚え、眉をしかめる。そんな夕陽の憂鬱な気持ちを絶つ様に、彼の恋人である夜は寝室の扉を勢いよくあけた。 「夕陽……!朝だ、仕事遅刻する!起きろー。」 そう声を張り上げ、カーテンを勢いよく開ける。突然入ってきた日の光にたじろぎながらも、夕陽は上体を起こす。 「んー。夜……おはよう。」 「ん。おはよう、朝食出来てるから顔洗って下にお来いよ?」 「……はーい。」 そう言い残し夜は足早に一階へ降りて行ってしまった。夕陽も催促されて何とかベッドから降りると、階段を降り始めた。朝はどうも低血圧な夕陽は足がふらつきながらも、一階へ降りる。一階に降りると、途中で洗面所で顔と歯を磨いて食卓に着く。 リビングへ行けば、夜が朝早くから起きて作った朝食が並べられていた。お味噌汁に卵焼き、おひたしなどその殆どが和食で、バリエーションも様々だ。 「……いただきます。」 「夕陽、めちゃくちゃ眠そう。昨日眠れなかったのか?」 眠たそうに手を合わせる夕陽を夜は、心配そうに尋ねた。 「うーん。途中で寒くて起きちゃって。中々、寝付けなかった……。」 そう少しぼーっとした頭で答える夕陽に、夜はそうだったのかと、お味噌汁を一口飲んだ。 ◆◇◆◇◆ 夜が食器を片付けている間に、夕陽は会社へ向かう準備をする。 夕陽は朝食を取り、やっと目が覚めて来たのか、動きがすっきりしてきた様に感じる。夕陽の仕事はサラリーマンとごく普通の社会人だ。夕陽が働き、自分と夜を養い夜は家の事をしっかりと行っている。元々、二人とも同じ職場で働いていた。二人で暮らす上での貯金を貯めるために、夜も一緒に働いていたが、貯金も想像以上に早くに目標金額を達成し、同棲するにあたって、二人同じ時間帯で働いていく必要も無いだろうと夕陽が判断した。夜は今、パートやバイトを探している最中だ。 「夜~。アイロンこれ、どっちかかってるのー?」 ハンガーに掛かったシャツを見せながら夕陽が夜に聞く。すると夜は大きな声でキッチンから「右!!」と叫んだ。家事で忙しく手を離せない夜はいつもこうやってキッチンから大声を出してくるのだ。 こんな光景に夕陽は、幼い頃の父と母の姿を思い浮かべて少し微笑ましくなった。 そんな事を考えながら、黙々と夜に言われたように、しわの無いシャツを着てネクタイを夕陽が選んでいると夜がやってきた。 そして、紺色のシンプルなネクタイを指した。 「これとか、どう?」 「うん。いいね、どう?落ち着いた印象に見える?」 夕陽は軽くネクタイを胸元に当て、夜に聞いてみた。夜は満足そうに頷いて、「完璧」と一言得意げにいった . その言葉を聞いて夕陽もつられるように笑い、ネクタイを巻きはじめた。 ネクタイを巻き終えて、ジャケットを羽織る頃には夜特性の手作り弁当の入ったカバンを持った、夜が玄関まで見送りに来てくれる。カバンを受けとり、夜の頬にキスをする。軽いキスだがこれは必ずする。 「行ってきます。」 「いってらっしゃい。気を付けて。」 夕陽はバス停に向かうまでに、ついでにゴミ捨てに行く。ご近所の、浅田さんに挨拶をして会社へ急ぐ。 その頃、夜は洗濯物を回したり、掃除機をかけたりと大忙しだった。家事をこなしながら時間を見つけ休憩をはさむ。夜は仕事を辞めて夕陽と同棲し始めるまで家事をしっかりとやって来なかった為、今は母親の大変さが身に染みる様に分かる。 洗濯物を干し、ひと段落したところで今日の買い出しに行こうと思い立った。 ここは町から外れた住宅街の為、車を利用して商店街まで向かう。夜は車を出して、十分弱の駐車場に車を止めて、商店街を歩く。 晴天の青空の下を歩いていると、商店街に続く入り口が見えてきた。その中は程よい程度の人で賑わっていた。夜は入ってすぐの、八百屋に顔を出して挨拶をした。 「こんにちはー。」 「お、夜ちゃんじゃないの!久しぶり、いいお野菜入ってるよ~。」 八百屋の塚正さんはそう人のよさそうに笑った。夜は商品を見ながら中を見ていると、塚正さんは思い出したように声を漏らした。 「あっ……!そうだわ!夜ちゃん、夕ちゃんと旅行って行ったりする……?」 「え……っと。最近は全く……?」 夜は質問の意味が分からず曖昧に返事をすると、塚正さんは嬉しそうに封筒を差し出してきた。 「これね。お友達に、たまには夫婦で旅行に行ってきなさいって頂いたんだけど……。 私たちはお店があるし、有難い事に旅行に行けるほど暇な時間は作れなくってね……。良かったら、夜ちゃん貰ってくれない……?」 そう言って、塚正さんは旅館の割引券の入った封筒を半ば無理やり押し付けてきた。 夜は塚正さんの剣幕に負けるように、その封筒を受け取った。八百屋での買い物を終え、夜はどうしたものかとその封筒の中身を覗き見る。中には二枚の割引券とその旅館のパンフレットが入っていた。夜は仕方なく車で自宅に戻り、考えることにした。 ◆◇◆◇◆ 夕方の日が落ちてきた頃、夜は夕陽の帰りを待った。 旅行の事について話したくてうずうずしていたのだ。パンフレットを見ていると露天風呂や旅館から見える秋の紅葉に段々と行きたくなってきたのだった。夜は至って単純な自分に苦笑しつつ、夕陽の帰りを楽しみに待つ。 暫くして、夕陽からの連絡があった。帰宅するという連絡だ。 夜は風呂の湯を沸かし、夕飯の準備に取り掛かる。この肌寒い秋の日暮れに、帰ってくる夕陽を待ちながら夜は旅行の事をやっと言えると少し心躍る。 「ただいま。」 少し疲れた様子で夕陽が帰ってきた。夜はすかさず、夕陽の荷物とジャケットを受け取り、ハンガーに掛ける。 「おかえり。今日はいつもより遅かったな。なんかあったのか?」 「いいや、単純に書類のミスでやり直ししてたら遅くなっちゃった。お風呂湧いてる?」 肩を解しながら、夕陽はパタパタと忙しい夜を目で追う。 「湧いてるよー。先に入る?」 「うん。ぱぱっと入ってくる。」 そう言いながら椅子から立ち上がり、自分の下着やパジャマをタンスから引っ張り出す。適当に服を持って風呂場へ向かう夕陽を夜は目で確認して、夕食の仕上げに取り掛かる。 お皿に盛り付けたり、キッチンの片付けをしているとあっという間に夕陽が上がってきた。入る前より少し元気になっているのは、血圧がググッと上がったからだろう。テーブルに出ている食事をみて、夕陽はテンションが上がった様で。夜の手伝いをし始めた。 「夜。この食器、角が欠けてるね。」 「ほんとだ。結構長く使ってたから、そろそろ捨てないと。」 そんな会話をしつつ、夜は本題に入っていく。 「なぁ、夕陽。これ、八百屋の塚正さんに貰ったんだけどさ、夕陽の仕事が大丈夫なら旅行とか久しぶりに行ってみない?」 パンフレットを見せながら、夜は夕陽の顔を伺い見る。すると、夕陽はいつものふわりと優しい笑顔で、「いいね。」と言ってくれた。夜は何処か緊張が解けて、はぁっと短く息を吐きだした。 「それなら今週末とかは忙しくないし、有休取れそうだよ?」 「まじか。じゃあその日で……!」 案外、言ってみるもんだと夜は夕ご飯を頬張りながら思った。 ◆◇◆◇◆ 週末、俺達は早速車を出して目的地の旅館へと向かった。 旅館は山奥の少し人の行き交いの少ない場所にあり、何処か浮世離れした所にある。旅館に向かうまでの道も、紅葉等の景色が綺麗で旅館に着くのが段々と楽しみになっていった。 「久しぶりに遠出するな……。案外、座ってるだけでも疲れるんだな。夕陽、運転変わろうか?」 途中のサービスエリアでの休憩中、夜はコーヒーを飲みながら夕陽に尋ねてみた。 「大丈夫だよ。夜こそ大丈夫?キツかったりしない?」 「俺はへーき。夕陽はキツくなったら交代でいい?いつでも言ってくれ。」 夜は夕陽の顔を覗き込むようにして言う。すると、夕陽はありがとうと微笑んで夜の頭を撫でた。夕陽の突然の行動に、夜は目を大きく見開いて驚いた。 「なんだよ急に………?」 「ん-?なんとなく?」 そうやって誤魔化す様に車のエンジンをつけた。そしてゆっくりと車を動かし始める。 夕陽は慣れない事をするもんじゃないと、心の中で思ったが夜のあんな顔が見られるのならと、ついついやってしまうのだった。 暫く、車を走らせていると旅館が見えてきた。景観の良いそこは思わず見とれてしまうほどに美しい。 紅葉は赤く色づいて秋の季節を感じさせる。 夜はうーんっと伸びをする。 長旅の疲れはここに来て少し夜の体を支配していった。 それは夕陽も同じようで、車を停車させて大きく欠伸を噛み締めた。それでも重たい体を動かして、車に積んである荷物を旅館に運ぶ。 旅館内は観葉植物や木で出来た装飾品などが並んでおり、豪華すぎず質素過ぎずといった落ち着いた雰囲気に包まれていた。その雰囲気を加速させるように、中から女将が出てきた。 「ようこそおいでくださいました。お部屋をご用意しております。こちらへ。」 人の良い笑顔を受けて、夜と夕陽は部屋へ案内される。 山吹の部屋と札が貼ってある部屋に通され、二人は一息ついた。 「ふぅ。やっと落ち着けるな……。」 「ふふっ。そうだね。大丈夫?気分とか悪くない?」 長旅にぐったりとしている夜に夕陽は、気遣いの言葉をかける。それでも夜はこの状況が楽しみなのは変わらないのか、大丈夫と笑ってみせた。 2人は日が傾くまで部屋でゆっくり寛いでいた。午後4時半を過ぎる頃、夜たちは露天風呂へ向かっていた。この旅館のウリは、綺麗な紅葉が見えるだけでなく源泉掛け流しの露天風呂みたいだ。 大浴場に着くと人はまばらで、そこまで気を張る必要もなさそうだった。夜はたまには、こういうのも悪くないなと思いつつ温泉を楽しんだ。 ◆◇◆◇◆ 風呂から上がると、夕食の時間だった。夕陽達は旅館と食事処へ向かい、旅館の用意してくれたコースに舌鼓を打つ。 「うま~。やっぱり和食好きだわ俺。」 「夜は出会った時から和食派だったしね。」 そう目にしわを寄せ夕陽は微笑んだ。それにつられる様に夜も笑う。こういう旅館での過ごし方もたまには、夜の家事の休憩日となって二人で過ごす時間も多くなる。それなりのメリットに夕陽は少し、嬉しさを覚えた。 「和食で思い出した。母さんが今度お前に会いたいって言ってたな。」 「お?なんだろう。何かあったのかな?」 少し心配そうな面持ちで顔を曇らせた夕陽に、夜は笑って大丈夫だと伝えた。 「ただ、お前に会いたいだけだよ。ほら、お盆休みの時から夜の実家(あっち)には帰ってないだろ?」 「そうだね。夏に会ったきりで、特にこっちから会いに行くなんて中々ないからね。」 お吸い物を飲みながら、夕陽はいった。 夜の母親は、夜と夕陽の関係を知っても何も偏見の言葉を口にしなかった。それどころか、イケメンの息子が増えたみたいで嬉しいとまで言ってくれた。そんな夜の母親は、夕陽の事が酷く気に入ったらしく夕陽と夜の事について語っている。 夜の小さい頃のエピソードや、写真などを見て。昔話に花を咲かせている。 そんな楽しそうな母親の姿に、夜は強く怒れないでいる。 「今回さ、正直に言うと夜が我儘を言ってくれて嬉しかったんだ。」 「我儘?」 「そう。」 夕陽が嬉しそうに笑う為、夜は思わずその言葉を聞き返した。 「夜はさ、いつも家事とか家の事で俺を支えてくれてるからさ、なにかお返しがしたいなぁって考えてたの。そんな時にこうやって、旅行がしたいって言ってくれて嬉しかったんだ………!俺はもっとわがまま言って欲しいし、甘えてくれたら嬉しいなって思う。」 食べる手を思わず止めた、夜に夕陽は笑いかけた。その意味を理解した途端に、夜は複雑な顔をして照れ隠しのつもりか、近くにあったお茶を飲み干した。 「俺がわがままを言ったら、夕陽を離せなくなっちゃうな……。俺以上に、お前を好きでな奴なんていないだろって、言葉の支配だけじゃなくて、もっと強い束縛をしちゃうかもしれないぞ?」 そう夜は冗談めかし、夕陽をみて肩を少し上げて笑って見せた。そんな夜を夕陽は愛おしそうに見つめた。 「独占欲とは程遠い夜がそんな事を思ってくれていたなら、俺はすっごく嬉しいよ。ね、夜?抱き締めてもいい?」 夕陽は夜の本音を逃すまいと、その本音ごと抱きしめようと夜の近くへ寄った。そんな夕陽を受け入れる様に夜は大人しく抱きしめられた。 「………本当。夕陽はズルいな。」 「夜はこんな俺は嫌い?」 夕陽はすがる様に夜に問いかけた。 そんな、夕陽を逃がすまいと夜は強く夕陽を抱きしめ返す。いつまでも、こんな風に笑っていたいと心の中で二人は思い続ける。 タンポポの花言葉は「愛の信託」。 そんなロマンティックなタンポポは綿毛になると、「別離」と花言葉が変わってしまう。けれどそれは、花としての役目を終えて、次の子孫を残そうとする一つの成長過程だ。 綿毛が風に乗って運ばれる姿は自由の象徴となるのかもしれない。 2人も成長していく。たんぽぽの綿毛のように。

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