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はじまらない関係 ※
「ええっ! ユキトさん引退ってマジっすか!?」
本日の仕事相手であるシンが上半身裸の状態で詰め寄って来た。相変わらずメンテナンスが行き届いた良い体だなと感心していると、「ユキトさん、聞いてますか?」と僕の反応を急かしてくる。
厳つい見た目に反して子供のような反応をする彼を僕は結構気に入っていたりする。セクシー男優としての最後の仕事相手が彼であると知って最後にいい思い出ができそうだと内心喜んでいた。
「ほら、そろそろ年齢がね……。タチ役ができたらまだこの仕事も続けられるんだけど……。事務所にそろそろ需要がって言われちゃったんだ」
僕が所属している事務所はあまり大手ではない。
だからこそ、売れ筋が落ちてきた男優はあっさりと契約を切られてしまう。まあ、そこそこ稼がせてもらったし、退所後の就職も面倒を見てもらえたから感謝こそすれ恨めしいとは一切思わない。
僕が引退の理由を話せばシンはあからさまに肩を落とした。まるでしょぼくれている犬のように見える彼が可愛くて、カラーのしすぎで少しごわついている頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ついでを言うと今日が最後の仕事なんだよね」
とってつけたように、今日が最後の仕事であると告げれば、目玉がこぼれ落ちそうなほど大きく目を開いて僕の腕を掴んでいる両手の力をさらに強めた。
「な、なんでそう言うことを撮影前に言うんすか! 俺、俺……泣きますよ!」
「終わった後にいうよりいいかなぁって思ったけどダメだった?」
「それはもっとダメなやつです! もっとユキトさんの可愛い表情出せたのにとか後悔させるつもりですか?」
常に全力出してたらそんな後悔はしないんじゃない? とは言うのはやめておいた。あんまり意地悪を言ったら手がつけられなくなるくらい拗ねるのは想像に容易い。いい意味でも悪い意味でもシンは単純なのだ。
「シンはわがままだなぁ。嫌いじゃないけどね。僕ね、君との仕事が好きだったから最後の撮影は君と出来たら良いなって思ってたんだよ。今日はシンと最後の思い出を作りたいなぁ」
「そんなこと言われたら頑張るしかないじゃないっすか! ユキトさんの鬼!」
シンはそう言って、頭ひとつ分身長の低い僕の肩におでこをぐりぐりと擦り付けてくる。
仕事でしか関わったことのない僕らだったけど、多分お互いに抱いていた感情は言葉にはしないけれど特別だった。
「準備にあんまり時間かけるとスタッフさんに迷惑かけちゃうから……」
出そうになる涙を必死に堪えて、ぐずぐずと言っているシンに支度をするように促した。
+++
今日の撮影の台本は女性向けの作品ということもあって恋人のような触れ合いが要求されている。
激しいプレイは得意ではなかったし、最後の作品が悔いなく終わりそうでスタジオに立った僕は胸が高鳴った。
「シンさんとユキトさん入ります!」
男優を綺麗に見せるために、目が痛くなるほどに明るいセットに目を細める。隣にいたシンは寝起きに朝日を浴びたように「まぶしっ」と顔を顰める。
素直な反応にときめかないはずがない。表には出さないようにしているが、僕も相当はしゃいでいるみたいだ。
シンプルな部屋をイメージしたセットに足を踏み入れる。カメラが周り始めたら僕たちは恋人だ。腰を抱いてシンが僕を白いダブルベッドに紳士のようにエスコートしてくれるから、僕は彼に身を任せる。
ぴんっと敷かれていたシーツは僕たちが転がったことによって一瞬でシワを作った。新雪に足跡をつけるようなこの瞬間は何度体験しても楽しい。
素肌に当たる手触りのいいシーツの感触を楽しんでいると、シンが唐突に僕の上に覆い被さってきた。目と目が合って、互いの唇が触れる。薄く口を開ければ、自分のとは異なる体温が口内に侵入してくる。いつもより激しいキスに、息継ぎができず口の端から情けない声が漏れた。
いよいよ息苦しくなってシンの胸を押すとすぐに離れる。マイクに拾われない音量でカメラに映らないように腕で口元を隠しながら「がっつきすぎ」と言うとシンは「ごめんね」といわんばかりのキスの雨を降らせた。
最初はおでこ、次は右耳、首筋、鎖骨と下半身に向かって這っていくシン熱い唇のもたらす快感に体が震える。僕の様子に気がついたシンが満足そうに口角を上げた。
シンはそのまま僕の愛液が滴る昂りを口に含む。二、三度ストロークした後口を離し、今度は上半身に向けて唇を這わせるとお預けされている僕の体はもっともっとと刺激を求める。
僕の視線に気がついたシンが再び僕の唇を奪い熱い舌を絡ませる。押し付けられたシンの下半身も兆していて下着越しに擦れる度に微かな水音が耳に届く。
「ーーんっ、……は、あぁっ」
呼吸の仕方を忘れシンのキスに溺れそうになっていると、意識が薄れる寸前でシンは口を離す。この信頼できる相手に操縦されるようなセックスはたまらなく気持ちがいい。
「まだ始まったばかりなのにとろけた顔してる……」
そう言ってシンの右手が僕の頬を撫でる。
「すごく、気持ちいいよ……」
両腕をシンの首に巻きつけると、「もっと気持ち良くなろうね」と言ってシンが僕の下着に手をかける。僕はうなずいて少し腰を持ち上げると慣れた手つきで下着が取り払われる。ふるりと顕になった昂りを軽く弄び、シンの指が後孔に触れる。
期待してしまっている僕はヒクヒクと、胎内にシンの指を招きれる。シンの中指がいいところを柔く刺激してきた。微かな刺激だけでは満足できない貪欲な僕は顔の横に置かれた腕を甘噛む。
「ああ……ユキトさんの中、すごく熱い。指が溶けそう……」
「んあ……、はあ……」
「もっと欲しい?」
「ほ、しい……」
素直に強請ればシンの指先に力が込められる。大きくなった指の動きに比例するように僕の口から溢れる嬌声も大きくなる。そのことに気分を良くしたシンがさらに僕に快感を与える。
「俺のもシテ……」
そう言って離れていくシンの体温を名残惜しく思っていると目の前に、涎を垂らしているシンの昂りが差し出された。反るように勃っているシンのモノに付け根から舌を這わせ先端を咥え上顎で擦る。
「すごく、気持ちいいよ……、上手だねユキトさん……」
そう言ってシンが僕の頭を撫でた。年下にこんなことされて、普段ならよして欲しいけど、今この瞬間だけはそれすらも僕に快感を与える。
「ユキトさんの中に入りたい……いい?」
口を離して頷くとシンは手早くゴムを着けて、再び僕の足の間に入り込んで覆い被さる。そして、耳と首筋の中間あたりに口付けながらゆっくりと僕の中に侵入してきた。
「あ、ああっ……」
「う、く……」
指とは違う質量に押し広げられ声が漏れる。挿れることに慣れたそこは、あっさりとシンを飲み込んだ。
「あっ……いい……!」
脳に突き抜けるような快感に堪らず、シンの腰に両足を絡ませる。
「ユ、ユキトさ、んっ……は、あ……」
身動きが取りづらくなったシンは、一番奥に入り込んだまま僕ごと体を揺すった。痺れるような感覚に思わず腹に力が入る。すると、シンの口から漏れる吐息が僕の耳から今度は脳を刺激する。
「キ、キス……キス、ちょうだい……」
言い終わらないうちにシンは僕の口に齧り付いた。酸欠になるほど深い口付けに体の力が抜けていく。
僕という拘束が外れると、シンはゆっくりと抽挿を繰り返した。
「んんん……っ」
トンッと最奥突かれ、目の前が白く点滅する。飛んでしまいそうな意識をなんとか保ち、シンにキツく抱きついた。胎内のシンも達したらしくドクドクと脈打つのが感じられた。達する寸前に僕の首筋に顔を埋めたシンが僕の首筋を強く吸った。
こんなことをされたのは初めてだった。許しも得ずに印をつけたことを注意したかったけど、イったばかりの頭は回転が鈍っているようで、快感の余韻に浸されるしかなかった。
+++
撮影終わりの更衣室、シャワーを浴びながらシンが付けた印を燻んだ鏡で確認する。
痛みを感じるほど強く吸われたそこは赤々と鬱血していて若干ヒリヒリした。
「もう、シンってばどれだけ強く吸ったのさ。これじゃあ中々消えないだろうな……」
気休めにしかならないが、熱いシャワーを鬱血痕に当てる。薄いものであれば、温めて冷やすを繰り返せば消えるらしいが、これは少なく見積もっても五日は消えないだろう。
はあ、とため息をつくと後からシャワーブースに入ってきたシンが申し訳なさそうな表情を浮かべながら近づいてきた。
「シン……」
反省の色が見える彼に怒る気も起きず、じっと相手を見据えるとシンは深く頭を下げた。
「ユキトさん、勝手なことしてすみませんでした」
そう謝るシンの姿は、親に叱られて謝る子供のようで僕はついつい甘やかしてしまう。
「もうこういうことはしちゃダメだよ。次の仕事に影響しちゃうからね」
優しく言い聞かせるようにいえば、何か言いたげな視線を向けてくる。
「僕は怒ってるよ」
「すみませんでした……。でも、こんなの俺、誰にもしないです。ユキトさんだけです……」
「え……シン?」
シャワーブースに水の滴る音とシンの鼻を啜る音が反響する。
「……今日、最後なんすよね。だからです。こんなお願いをするのは厚かましいってわかってるすけど……その痕が消えるまででいいんです。その間だけ、ユキトさんの中に俺を置いておいて欲しいです」
これはシンの精一杯の告白なんだと思った。お互いを思えば、恋人にならない方がいい。けれど、一瞬でも相手を独占したいという気持ちを理解できないわけではない。
「いいよ。この痕が消えるまで僕は誰にも抱かれない。それしか出来ないけどいい?」
僕がそう言うと、シンは僕の手をギュッと握りしめ「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も呟いた。
「これからも仕事、頑張ってね」
そう言って僕はいつもより近くにあるシンのおでこに口付けた。突然のことに唖然とするシンと手を離しシャワーブースを出ていく。そして、シンがシャワーを浴び終わる前に急いで身支度を整えてスタジオのあるビルを後にした。
振り返ることはしない。今から僕の世界はこちら側。あちら側に想いは残せない。
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