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22 再会編 従兄弟の帰郷5

(座ってても、でっかい……)  それにしてもいつ見ても立派な体格だ。ヴィオだってここ数年でぐいぐい背が伸びてきたけれど、骨格からしてカイとはまるで違う気がする。  カイの鍛え抜かれた身体は、厚みがあって筋肉質で、でもバランスよく整っている。学校の本で見た彫像のようだ。今ではアガよりも身体が一回りは大きい。  親族の欲目かもしれないが、見た目も精悍でハンサムこの上ないし、絶対にどこでだって女性にモテていると思う。  姉さんはともかくヴィオと番になるなんて、どうしてそんなことを考えているのか。それともアガに頼み込まれているのか。 どちらにしてもとても歓迎できないが。  反らしていた目をふと上げると、じっとこちらを見つめるカイの緑色の瞳と目が合った。若葉よりは少し深い緑でヴィオと同じように薄くぐるりと金色の環がある。その目が優しく微笑んできた。カイは昔からそうだ。とても大切なもののようにヴィオとリアを扱ってくれる。リアはその特別扱いが自分にだけ向けられないのが不服みたいだが、エリノア叔母さんのところに子供が生まれるまでヴィオが一番年下だったのだからカイは色々と気にかけてきてくれたのだろう。  里に戻るたびに沢山お土産を持って帰ってきてくれて、カイの膝の上で外の世界の話を聞くことが小さなころのヴィオには唯一で一番の楽しみだった。  セラフィンと出会い、学校に通い、ヴィオの世界が広がってきてからはカイだけが外に通じる扉ではなくなっていった。  そのせいか確かに以前よりはカイに素直に甘えたり、外の話を強請ることもなくなってしまった。 「ヴィオ、さっきすごく可愛い顔をしていたぞ。何を考えていた?」 「さっき?」  心当たりがあるとすればセラフィンのことを考えていた時だ。はしたなくも先生とキスをする想像をしてしまった。実際ヴィオは大きくなってからまだ誰かとちゃんとしたキスは(赤ちゃんの頃はわからないけれど。多分カイとか叔母にはされていたと思う)したことはない。耳まで赤くなったのを見て、カイの瞳の中で、金の環が少しだけ揺らめく。 「可愛い顔をしていたし、すごくいい香りがする。ヴィオ? お前今好きな人でもいるのか?」  それは低く滑らかで優しいけれど首筋を冷たい指先でざわりと撫ぜられていったようなざわざわ感をかきおこす声色だった。  カイの大きな手がヴィオのほっそりとした顎を掴み、目と目が合うように固定される。指先で頬の滑らかさを味わうように撫ぜられて、ぞくぞくとした。 獲物を狙うアルファの欲を帯びた瞳を、しかし勝ち気に瞳の金色の環を広げ煌かせながらヴィオは睨みつける。 「いないよ。そんな人。僕はここに閉じ込められて生きてるんだ。どこにそんな相手がいるっていうんだよ?」 「そうだな……。いるわけがないよな。安心した」 『安心した』がかかるところを思い起こして、ヴィオは唇を噛みしめると、カイの手をゆっくりと外させながら立ち上がる。背が伸びたとはいえ、すぐに立ち上がったカイの背丈は見上げるほどで、優し気な表情をしていなければ威圧感で押しつぶされそうになるだろう。ヴィオはショールをパサリと大きく振る様に羽織りなおすと、カイを見上げて宣言した。 「ねえ、兄さん。僕いつかこの里を出たい。そして自分の力で生きていくんだ。僕だって誇り高いドリの里の男。フェル族の男なんだ」  カイは少し驚いたように僅かに目を見開くと、そののち口元に余裕ありげな笑みを浮かべた。それが挑発的で、やれるものならやってみろと言われているような気がして、ヴィオは闘志が熱く胸の中に燃え立つのを感じた。 「わかった。わかった。そんなに怖い顔をするな」  年頃になり、しっかりとした口調で兄に意見を通すヴィオを、カイは頼もしくも、少し寂しくも感じて戸惑いながら小さい時のように頭を柔らかく撫ぜた。 「久々に会ったんだ。昔みたいにお兄ちゃんって呼んで、可愛く笑って欲しかったな」 「でもカイ兄さんが僕を構うとリア姉さんに意地悪されるから、僕は迷惑だったよ」  カイをこれ以上、乱れる心に踏みこませたくなくて、ヴィオは悲しむとわかっているのに、らしくもなくそんな風に言ってカイを突っぱねた。  カイは大きく嘆息したのち、瞳を反らし地面を見つめたヴィオに向かって初めて自分の気持ちを吐露した。 「俺はお前たちが里で俺の帰りを待っていてくれると思うから、これまで辛い訓練にも耐えて、頑張ってこれたんだ。ヴィオ、お前の屈託ない笑顔を思いだせば、俺はいままでなんだって乗り越えられた」  顔を上げると、今までその人生に常勝しかないと思われたカイの顔には寂寥すら覚える微笑が浮かんでいた。 (カイ兄さん、そんな顔しないで。僕にこれ以上兄さんを傷つけるようなことを言わせないで)  カイがヴィオに触れようと腕を伸ばしながら、また一歩ヴィオの方に近づこうとしてきたその時。 「カイ兄さん! ヴィオ!」  言っている傍から本当にリアの声が小道の先からしてきたのだ。

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