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58 再会編 欲
何ということなんだ……。
ヴィオは戸惑いの中で顔を真っ赤にし、項垂れていた。
(せんせいの匂い、いい匂いで……)
セラフィンの香りを夢中で嗅いだら、あろうことか足の間のものがゆるゆるどころではなく急激に熱を帯びて立ちあがってしまったのだ。
人前でこんな状態になったことは勿論なく、自分は寧ろそういう欲は薄い方でかつ姉や叔母など女性に囲まれて育ったヴィオには、年頃の男の子らしい猥談など気軽に話せる相手などあるはずもなく……。
話には聞いていたし、朝にはなんとなく立ちあがってはいるがだからと言ってわざわざ自分からそこに手を伸ばしてしまうこともなかった。
なのに今、セラフィンがすぐそばにいるこの位置でこんなことになってしまい、ヴィオはセラフィンが鞄を取りに背を向けている隙に急いで自分の下半身を覆えるものを探し出そうとしたが見当たらない。
(どうしよう、先生戻ってきちゃうよ)
羞恥のあまり頭が冴えてきたが焦れば焦るほど顔から湯気が出そうなほどで、身体中が炎に炙られ熱が逆巻くようだ。
不幸なことにマダムに着せ替えられた白いボトムは身体の線を活かすためにぴったりとしたデザインで、その部分を締め付けられて痛くもなるは、恥ずかしいやら、でもいきなりすぽんと脱ぐわけにもいかず焦りでパニックになった。とりあえずヴィオはソファーから転げ落ちるように降りると、身体の力がぐずぐずに入らないまま這うようにして寝室に戻ろうとした。
「何をやってるんだ。ヴィオ」
低く怜悧なそれがいつもよりどこか熱を帯びているように感じるセラフィンの声が頭上から降り注ぐ。
「はうっ」
戻ってきたセラフィンに声をかけられ、思わず雄たけびを上げてしまい、動物のように四つ足でいたところから横向きにごろんと床に転がると、顔を見られたくなくて思わず両手で覆って隠した。そんなヴィオの奇行に臆することなくセラフィンが低い音程で息をつき笑う気配がした。
「ヴィオ、恥ずかしがることはない。正常な反応だ」
戻ってきたらヴィオがソファーから転げ落ちているので驚いたが、セラフィンは彼のもじもじとした動きに大体を察していていた。
ローテーブルに水の入ったコップと錠剤タイプの抑制剤を置くとヴィオの背中と細腰の下に腕を入れてひょいっと抱き上げる。そして再びソファーの上にヴィオを膝に乗せたままどかっと座った。
二人分の重さで革のソファーが軋みながら凹み、揺れた拍子に腰に当てていたセラフィンの手がヴィオの股間に当たってしまってヴィオは小さく『あぁ』と泣声を上げた。
「すまない、こんな状態ではつらいよな」
いいしなヴィオの背中をわが胸に預けさせたまま、セラフィンはこともなげに呟いたのちヴィオのボトムの金具を片手で器用に緩めていった。
「だめ、だめだめ!!!」
声は意外と元気だが、ズボンをと下着を引き抜こうとしているセラフィンの指の長い大きな手に、ヴィオは骨格がしっかりした青年らしい手を載せて力なく抵抗を試みる。
「抑制剤が切れて、近くにアルファが沢山いて、こうなってしまうのは仕方がないことだ」
アルファが沢山、とヴィオの耳元で何気なく呟いたが、どこかその言葉に険があり自分自身が他のアルファに対しどうしょうもなく嫉妬していることにセラフィンは気が付いた。
「ヴィオ? さっきベラになにかされたのか?」
ヴィオはそんな風に尋ねられたが下半身を覆うものを完全に抜き取られ床に落とされてしまったため、それどころではなかった。ぐずぐずになって力が入らない身体のままどうにか足を閉じようとする。しかし何故かセラフィンの腕が意地悪するようにその動きを阻んだ。
「せんせい、やだ、恥ずかしいよ」
「ヴィオ、応えなさい。ベラに何かされたのか?」
いいしな、セラフィンの利き手である左手がヴィオの雄蕊を摺り上げてきた。
「ひゃああ、あっ、あん」
腰を浮かし刺激を逃そうとするも、セラフィンは巧みに右足の膝に腕を入れて固定し、左足を左の膝下に入れて割り開く。
完全に身動きを封じられたヴィオは辛くて切なくて、ぽろぽろと生理的な涙を零した。
「ベラはああ見えてお前みたいな可愛い男に目がない生粋のアルファだ。お前なんて一飲みで腹の中に収められてしまう。だから部屋からでるなといったのに」
先走りを利用してぬるりと摺り上げられるからたまらない。ヴィオは早くも高まってくる射精感に喘ぎながらも反骨の気持ちがむくむくと沸き起こった。
(そんなのひどいよ。先生になにかあったのかと思ったんだよ)
言葉にならなかったがヴィオは心の中で反論していた。しかし口から出た言葉は意外にもセラフィンを詰る言葉だった。
「せんせいが、あのひとと、く、くちづけしてて、なのにせんせいは、ぼ、ぼくのことだけ、おこる」
「俺が、ベラと?」
まさかヴィオが反論してくると思っていなかったセラフィンは大人の余裕など完全に抜け落ちて、素のままで訊き返してしまった。
同じ方向を向いているヴィオの表情はセラフィンにはわかりかねたが、声はやや怒気をはらみ、でも喚き声まで可愛らしく拗ねているような口調だった。
「鍵穴から、せんせいたちをみてたんだ。せんせい、ぼくがいるのにあのひとと……。あのひとが暗示をかけたっていってたけど、それでも、いやだった。かなしかったんだ」
完全に泣き声に変わった告白は、しかしセラフィンの心にまっすぐに飛んできて矢で心臓を打たれたように、すとんと突き刺さってしまった。
「ヴィオ、それは、つまり……」
(ヴィオは俺とベラとのことを、嫉妬している? ヴィオも、俺のことを……)
セラフィンも頭にかあっと血が上ってきてしまい、思わずヴィオのそれを手の内で強めに握りこんでしまった。
「あうう、せんせい、つらい、も……。おねがいいぃ」
もはや一刻も早く、この高まりを開放して欲しいのだろう。そこだけ雄らしく形を変えたそれはなぞるとオメガであるのに怒張といえるほどの硬さと角度を保ち、引き締まって腹筋が綺麗に割れた腹にもつくほどだ。その腰を使ってセラフィンの手の内に擦り付けるようにして淫らに腰を動かし始めた。
その姿はひどく原始的で、ヴィオは野性的で強い若い獣の雄であると同時に、もはや耐えられぬほどの色香と魅惑的な甘い香りを立ち昇らせる雌でもあるとまざまざと見せつけられた。
セラフィンの全身がざわざわと総毛たち、危険を知らせるように頭の中に警報が鳴り響く。
(とにかく抑制剤を……)
一度ヴィオの右足を放し、手で探るようにして抑制剤を掴み上げると、ぷっくりと赤く色づく唇を指先で割り開くようにして薬をいれた。
しかしいきなり指と苦い薬を突っ込まれたヴィオは目を白黒させて思わずぺっと薬を吐き出す。
「こら、ヴィオ!」
「……!」
セラフィンはもう一錠、薬を入れていた巾着から気ぜわしく取り出すと、それを自分の口に含み、ヴィオの顎を掴むと柔らかな唇を荒々しく指で開かせ、舌の上に錠剤を載せたまま熱い腔内へ挿し入れた。
その舌を柔やわとヴィオがふっくらした唇で食んでくる。口の中に薬を受け取ると、薬まじりの苦い唾液ごと喉の奥に落ち、こくんと飲み込む。セラフィンはヴィオが素直に薬を受け取ったことに満足げに唇を離すと今度はコップの水を含み、再び唇を近づける。ヴィオは蕩けた表情で半ば唇を開くと、セラフィンの口づけごと水を受け取り、またこくんと喉を動かす。
再び放そうとした唇を惜しむようにヴィオが柔らかな舌先でセラフィンの薄い唇をちろりと舐めた。
「せんせい、もっと」
セラフィンの腕の中腰を淫らに蠢かせ、瞳孔が広がり、それと共に金色の環が紫の瞳の中で大きく広がっていく。それはセラフィンのまだ知らない。ヴィオの中にあるもう一つの貌。危険なほど美しい、フェル族の頂点に立つ、雌の肉食獣の貌だった。
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