10 / 63
《青天の霹靂》
「なぁ松山、オススメの飲み屋かBARはあるか?」
雪成は河岸を変えたい気分であったため、飲みが好きな松山に訊ねた。
「そうですね〜」
暫し唸ったあと、思い当たる場所があったのか、松山は満面の笑みを雪成へと向けた。
「そうだ! 赤坂の○丁目に去年の十月辺りにオープンしたBARが、とても洒落てるんですよね。あれ……でも名前なんだっけな」
「【hope】じゃないか?」
中西が直ぐに答える。
「あ、そうです! そうです! ホープです」
松山は分かってもらえた事に喜びを見せ、更にテンションを上げた。
雪成は静かに中西へと視線を流す。目が合った中西は、苦笑を浮かべた。そう言えば、中西も酒が好きだったなと、雪成は笑みをこぼした。
「じゃあその【hope】とやらに行こうか」
「はい!」
麻野と松山は仲良く声を揃える。それにしてもアルファ、ベータ、オメガが揃い、しかもヤクザの面々などそうそう無いグループだ。雪成はあまりの可笑しさで、つい顔に出してしまっていたようだ。隣に座る中西が訝しげに首を傾げている。
「なんだ? 一人で笑って気持ち悪いってか?」
「誰もその様なことは申しておりません。まぁ、何を笑っているのか疑問には思いましたが」
「真面目か。そこは気持ち悪いって言えばいいだろ。昔みたいに」
「言えるわけないでしょ。貴方は我が組の会長で、市松組では若頭補佐ですよ? 昔とは立場は全く違うのです」
こういう瞬間がとても寂しいと雪成はいつも感じてしまう。出会った時から兄弟のように過ごしてきたが、やはり中西は雪成より出しゃばる真似は一度もしてこなかった。
ヤクザは典型的な縦社会だ。馴れ合いがあると、必ず綻びが出て、組織は崩壊してしまう。〝極道〟と呼ばれる世界が意味を成さなくなるからだ。
統率がしっかり取れていないと、日本国内だけではなく、マフィアなどの外国の勢力をのさばらせる事になる。それでは日本の治安は守られない。
暴力団排除が叫ばれる中だが、やはり暴力団が存在していることで救われている面があり、許容されている部分も確かにある。だから中西のように線引きは非常に大事なことだ。分かってはいるがと、雪成はこっそりとため息を吐いた。
「あと二、三分ほどで着きます」
松山の知らせに雪成は返事をしたが、途端に何か身体に違和感を感じるようになった。
(なんだ急に……? 身体が少し熱い気がする)
こんな時に熱でも出始めたのかと訝しむ雪成だったが、病的な熱っぽさではないと感じていた。何か媚薬に似たような、熱を帯びていると言った方が正しい。
「会長? どうかされましたか?」
目敏い中西に声を掛けられるが、雪成自身がこれが何なのかが分からず、答えようがなかった。
「何でもない。心配するな。今夜は潰れるまで飲むからな」
「やめてください。誰が世話をすると思っているのですか」
間髪入れずに冷たい答えが帰ってきたが、雪成の口元は緩んでいる。
「それは中西くん、君だよ」
雪成が茶化すように言うと、中西はクールな顔で大きなため息を吐く。
「本当に……ほどほどにして下さいよ」
呆れた様子を見せる中西だが、本当に雪成のことを良く見ている男だ。若頭という立場にあるものの、何処へ行くにも必ずと言っていいほどに護衛としてついてくる。
ともだちにシェアしよう!