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黒鳥の湖 26
「申し訳ございません」
「蛤貝のことで落ち着かないのはわかりますが、くれぐれも不備のないように」
「はい、重々気を付けて臨みます」
「…………那智黒自身もそろそろヒートに入る頃でしょう?無理そうなら早めに代役を立てて、引継ぎをするように」
「はい」
「相方のヒートに釣られることもあるんだから、無理に自分で抱え込もうとはせずに皆で助け合っていきましょう」
その言葉に神妙に頷くと、黒手は少し首を傾げるようにして様子を窺ってからオレの額にそっと掌を押し当てる。
「少し体温が高いですね」
額の手を頬に移し、そこの熱も確認して黒手はふうと詰めていた息を吐く。
「こちらの予定をずらします。蛤貝の新枕には私が立ち会うことにしましょう」
「大丈夫です!蛤貝もちょっと不安定になっているから、傍についていてやりたいですし」
客を取らなくなった黒手と言えども『盤』から出ることは滅多になく、ここから出る用事と言うのはよっぽの内容と言うことだ。そんなスケジュールをオレのために変更させるのは心苦しかった。
ふるふると首を振るオレを見て、黒手はやはり考え込んだようだったが、やがて決心したように頷く。
「そうですね、貴男は将来私の代わりにここを取り纏めなくてはなりませんし、自分で調節する術を身につけるいい機会です。頑張ってみなさい」
「はい」
「津布楽先生にも声をかけておきますから」
津布楽 と言う瞬間、鼻に皺を寄せる癖があるのを黒手は知っているんだろうか?
仲がいい感じではないとは思っていたけれど、知らず知らず癖になるくらい思うところがあるらしい。
「では今日は当日の備品の確認と蛤貝の衣装の準備、それから段取りを打ち合わせてください」
「はい」
「前回のように遅れるなんてことのないように」
「……はいっ」
蛤貝が時宝に顔も見せなかった前回の出来事を報告した際、酷く怒られたのは記憶に新しく……
思わずぴっと背筋が伸びた。
さらりとしていながら肌に吸い付くような手触りの白い長襦袢を手に、蛤貝がいるはずの寝所へ向かう。
光を受けて柔らかな光沢を見せるそれを……
「 放り出せたらなぁ 」
はっと口を押えて辺りを見渡す、幸い長く続く廊下にはオレ以外の人影は見えず、思わず漏れてしまった言葉を誰かに聞かれたと言うことはないだろう。
けれど、
「 っ そうできたら良かったのに、な 」
続く言葉を止めることができなかった。
屋敷の長い廊下を過ぎ、小さな赤い木橋を通り過ぎるとその奥に離れが見えてくる。
装飾はあるけれど、しっかりと施錠のできる二重の扉で塞がれているそこには寝室が一部屋あるだけだ。
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