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黒鳥の湖 49

 そうはっきりと告げられ、蛤貝が何を言おうとも「嘘です」と告げようとした言葉が喉につっかえた。 「そう、それは本当なのかしら?」  御簾からはふふふと言う笑いが相変わらず零れていて、悪戯をしてたしなめられている雰囲気だ。 「そ れは、  」  そこに関しては……オレは否定する言葉を持っていない。  例え嘘だとしてもこの気持ちを偽る言葉を言いたくなかった。  思わず言葉に詰まったせいで出来た一瞬の沈黙に後押しされるように、蛤貝がはっきりとした声を上げる。 「でも、神田様は責任を感じて身請けすると言ってくださいましたので、俺は那智黒のしたことを咎める気はありません。だから  」  ころころと、面白くて仕方がないと言った笑いがひとしきり零れ、蛤貝の言葉を遮った。 「誰が貴男の気持ちを尋ねましたか?」  柔らかなのに、よく撓る鞭で叩かれたかのように思える声だ。  蛤貝が驚いて目を見開き、綺麗な珊瑚色の唇をきゅっと引き結ぶ。 「蛤貝は『盤』の在り方をもう一度考え直すべきですね。黒手の教育が行き届いてないように見受けられるわ」 「小石が増えて手が回らないのかもしれないわね、子だくさんだものね」  そうね そうね と言い合い、また二人だけで通じ合うようにふふふと笑い出す。  それを聞かされているこちらとしては、何が面白いのか、何が笑えた対象なのかさっぱりわからず、得も言われぬ気持ちの悪さだけが、少しずつ胸の中に降り積もって行く感じがした。    退出する際、蛤貝が一瞬御簾の方へと鋭い視線を投げかけたことにひやりとしたけれど、幸いにも御簾の向こうに気づかれることはなかったらしく、引き留められることもなく奥の別館を後にする。  いつも過ごす本館へと足を踏み入れ、数歩歩いたところで歩みを止めた黒手がほっと長い息を吐き出すのをきっかけに、オレと蛤貝の肩の力も抜けて足が動かなくなった。  そんなオレを振り返り、黒手は何か言いたそうにしていたが、隣の蛤貝に視線をやってから口を閉ざす。 「はぁぁぁぁ……緊張したぁ」  黒手の視線に気付きもせず、蛤貝は大げさにそう言って肩を落として見せる。 「  …………」  その態度に、胸倉を掴んで力の限り揺さぶってやりたい思いにも駆られたけれど、そんなことをしてその体にわずかでも傷をつけるわけにはいかない。  ……なぜなら、蛤貝は時宝の番なのだから。  先黒手の告げた内容を思い返すだけでむかむかとしたものが込み上がって、今にも叫び出したい気分になる。オレのそんな内心を読み取ったのか、黒手は睨みつけるのを止めようとはしなかった。

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