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黒鳥の湖 75
けれど、蛤貝のようになかったことをさも真実だとばかりに大袈裟に言って訴えるには、オレの良心が許さなかった。
「本当なんです オレ は、 」
重ねて訴える分だけ嘘臭さが増すとわかってはいたのに、言葉を止められずに黒手にしがみつく。
「オレは蛤貝を傷つけようなんてしてませんっ時宝様が蛤貝を番だって紹介 して た、のも っ」
黒手の黒い着物に皺が寄るけど掴むのを止められず、それと同じように突き上げられるように溢れ出した涙も止めることができなかった。
「っ お、れ、は じ、時宝さ が、蛤貝を選んだのなら しかた っ 」
「 」
みっともなく泣き出したオレを見る黒手の表情は怪訝だ。
幼い頃から目を擦ってしまったり腫れてしまったりするから、泣いてはいけないと言い聞かされていたのに、そんな躾がなかったかのように泣きじゃくるオレがよほど不審だったのか……
「 那智黒、津布楽先生の診察は明日の予定でしたね?」
こちらをすがめるようにして見る黒手に、今度はオレが訝しげな表情を向ける番だった。
自制も効かせずに子供のように泣くオレに、医者の話を向けるなんておかしな話だ。それとも診てもらわなければならないほど、今のオレはおかしく見えるのか。
しゃくりが治まらないままのオレを不審そうに見る目はそう言っているように思える。
「先生のところに向かいますよ」
オレ達に向ける黒手の言葉はいつも簡潔で、オレはただそれに泣きながら頷くしかできなかった。
いつもと変わらない診察室への扉なのに、黒手に続いてそこを潜ろうとした際に身がすくんだ。
なんてこてことはない、ただ一歩踏み出して部屋の中に入ると言うだけの行為がひどく恐ろしく思えて、オレを振り返って何があったのかと怪訝な顔をしている黒手に緩く首を振ってみせた。
「あの 具合が悪いので、……先に反省室に行きます」
医者を目の前におかしなことを言うオレに向けて顔をしかめると、黒手はさっと汗ばんだ手を掴んで引き摺り込むように診察室の中へと引っ張り、普段なら絶対しないだろうにぴしゃん と音を立てて扉を閉じる。
いつも通りの、こじんまりとした幼い頃から慣れ親しんだ診察室だ。
一部にだらしなく津布楽先生の私物が山になっている以外は、今まで通りのなんの変哲もないこざっぱりとした愛想のない場所だった。
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