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『愛した相手と気持ちを言葉で交わし結ばれると死ぬ』という呪いにかかった俺

 ――魔獣からの攻撃が苛烈を極めている最中、俺は騎士団に入った。俺の父もまた騎士であり、母は魔獣が王都へ侵攻した際に、俺を庇って亡くなっていた。戦闘による父の訃報を耳にしたその日、俺は爵位を継ぐと共に、騎士となる事を決めた。  魔獣には理性が無い。  悦楽のままに、人を貪る。本来魔獣は大人しい生物であるという説もあるが、少なくとも俺が生まれた頃には、既に狂っていた。その理由は一つで、魔獣の理性を消し去る【瘴気核】という歪な魔力の塊が、このリゼルダ王国の隣の森に生じたからなのだとされている。 「ジークベルトよ、話がある」  まだ二十歳になったばかりだった若かりしあの日、俺は国王陛下に呼び出された。魔獣討伐で皆死んでいくから、当時騎士団に入ってまだ三年だった俺にも声がかかった。幼少時より父に鍛えられていた為、俺は剣の腕には自信があった。  謁見の間へと向かうと、俺の他にも各騎士団から、手練れの剣士が集められていた。その中にあっては、俺は若輩者に他ならなかったと思う。 「【瘴気核】を消滅させる方法が見つかった」  国王陛下の声に、その場がざわついた。 「静粛に」  宰相閣下が静かな声で述べ、その隣にはコンラート王弟殿下が立っていた。そして一人、俺が初めて見る青年が腕を組んでいた。白いローブ姿で、俺はこの時、自分と同じ歳くらいだろうかと考えた記憶がある。 「こちらにおられるのは、星読みの大賢者と名高いアルバン卿だ。今回、他国で類似の現象が生じた時の対応をこの国に伝えに来て下さった」  続けて宰相閣下が、ローブの青年を紹介した。アルバン卿は片側の口角だけを持ち上げると、軽く会釈した。 「毒を以て毒を制す――古い言葉だ。が、これは真理でもある。【瘴気核】を消滅させるには、同様に、歪んだ魔力を持つ武器が必要となる」  よく通る声でアルバン卿が述べたので、皆が視線を向けた。 「この世界には、歪んだ魔力を帯びた武器はいくつかある。しかしながら、例外なくそれを手にした者は――『呪われる』」  周囲の気温が少し下がったかのような、そんな錯覚に襲われる声音だった。 「今、俺が確認している、この王国にある武器はたった一つ。無論、その武器も呪われているがゆえに、太古の昔に封印されて久しい。その封印を解除する事は、俺には可能だ。だが、俺は抜きたくないね。呪われるなんてごめんだ」  どこか冗談めかして聞こえはしたが、それが真実なのだろうなと分かる言葉だった。 「――そこで、封印の解除はアルバン卿にご助力願うとして、剣を抜き、それを用いて【瘴気核】を破壊する者を求めている」  国王陛下が続けた。すると、王弟殿下が唇を噛んだ。 「兄上、騎士とはいえ、ここにいる者達は皆、王国の民です。私が抜きます。兄上がおられるのですから、私は呪われてもかまいません」 「ならぬ。いつ何があるか分からぬ」  二人のやり取りに、その場に緊張が走った。すると宰相閣下が咳払いをした。 「して、肝心の呪いとは、どのような内容でしたかな?」  水を向けられたアルバン卿は、片手に持つ樫の木の杖で肩を叩きながら、小さく頷いた。 「『愛した相手と気持ちを言葉で交わし結ばれると死ぬ』という呪いだ。この王国にある武器は。万が一、誰かを好きになっても、その想いを告げ、更に気持ちが通じ合った場合――要するに両思いになって、恋人や夫婦になると、相手が死ぬという呪いだ。一生、恋をしても秘めなければならなくなるぞ。何度も説明しただろう?」  アルバン卿の言葉に、周囲の騎士の内半数以上が蒼褪めた。 「この場には、それを配慮し、妻帯者は呼び出していない。だが――恋人や想い人が既におる者は、構わぬ。退出せよ」  国王陛下が言うと、三分の二の騎士が一礼して、謁見の間から出ていった。  残ったのは、俺を含めて五名だった。 「兄上、やはり私が抜きます。このような責を若き騎士に負わせるなど――」 「コンラート。私とて、王妃がいなければ代わりたい」  そのやりとりを聞き、俺は下ろしたままの手をギュッと握った。  両親が没してから、国王陛下もコンラート王弟殿下も、何かと俺には目をかけてくれた。二人とも、本当にお優しい方達だと、俺は知っている。それに俺には、妹弟がいるから、別段俺は今後誰かと恋をしたり、子をなしたりする必要は無い。  他の四名を見る。皆、震えていた。その中の三名には、恋人がいる事を俺は知っていた。一名は、俺よりも更に若い。未来がある。退出しない事にも、勇気が必要だっただろうと思う。  ちなみに俺は――両親が没してからずっと俺を支えてくれた王弟殿下に恋をしている。だが、だからこそ、王弟殿下には幸せになってもらいたい。俺の気持ちは、秘めたままで良い。 「俺が抜きます」  この時、俺は決断した。すると、その場の視線が俺に集中した。 「俺が抜きます。第一騎士団所属、ヴェルテ伯爵ジークベルト――俺で良ければ、その重責ある任務、お申し付け下さい。この剣に誓って、必ずや武器を入手し【瘴気核】を破壊します。それが、俺に出来る精一杯の恩返しです。どうぞ、御勅命を」  ――これが、十七年前の記憶だ。  その御勅命を受けた俺は、アルバン卿と共に、歪んだ魔力を持つ武器の封印を解いて、魔剣を入手し、【瘴気核】を消滅させた。  今年で三十七歳。  現在も俺は、呪われている。  そして今なお、王弟殿下に恋をしているままだ。  俺は現在、第一騎士団の団長になった。今も皆で鍛錬をしている。  その時、王宮の回廊を歩いていく王弟殿下の姿に気が付いた。チラリとそちらを見てから、俺は溜息を押し殺した。もう二十年も恋をしている相手の姿は、視界に入るだけで、俺を幸せにしてくれる。  俺より二歳年上の王弟殿下は、今年で三十九歳だ。だが非常に若々しく、無骨な俺と比べると、年下に見えるほどだ。俺は剣ダコだらけの自分の右手を見る。腰には今も、呪われた魔剣がある。  王弟殿下は、未だにご成婚されない。俺は時折、それが不安になる。この魔剣の責を俺が負った事、俺が呪われた事に配慮して、自分のご結婚を控えられているのではないかと、自意識過剰かもしれないが考えてしまう事がある。  王室のゴシップは、民草にも大人気であるから、噂に疎い俺の所にも、『王弟殿下は熱愛中?』といった噂話は舞い込んでくる。そして俺は好きな人の事であるから、顔には出さないが聞き耳を立ててしまう事がある。しかしずっと見ているから断言するが、王弟殿下は誰かと関係を持とうともなさらない。国王陛下や宰相閣下も非常にご心配されている。  魔剣の事があった後も、王弟殿下は常に俺に目をかけてくれた――よって、現在俺は、王弟殿下の『忠実なしもべ』として応対しているが、時に『友人』だと名指しされる事がある。それはたぐいまれなる誉だ。恐れ多い。  そんな事を考えていると、王弟殿下がこちらを見た。そして柔和に微笑した。  俺の好きな笑顔だ。胸がトクンと疼いたが、俺は平静を装い会釈を返す。  すると回廊を外れて、王弟殿下がこちらへと歩み寄ってきた。 「ジーク」  俺を愛称で呼ぶのは、王弟殿下くらいのものだ。友達だと思ってもらえるのは、本当に恐れ多いが嬉しい。 「今夜は空いているか?」 「え? ええ」 「では、少し飲まないか? ジークと話がしたいんだ」 「話、ですか。構いませんが……」  ……俺は、面白い話が出来るタイプではない。どちらかといえば、聞く方が得意だ。だが、週に一度はこうして、王弟殿下は俺に声をかけて下さる。 「先週より、アルバン卿が王宮に滞在をしていてな。興味深い話をいくつも耳にした」 「そうですか」  アルバン卿は、大賢者として各国を旅している。当時は俺と同じ歳くらいに見えたが、それは今なお変わらず、現在では明らかに俺より年下にしか見えない年齢不詳の人物だ。 「今日の騎士団の鍛錬は何時までだ?」 「本日は、午後五時までです」  幸い、魔獣被害が無くなり、平和になった現在では、他国との人間同士の戦争も無い為、剣を振ったり模擬戦をするのが日々の仕事だ。俺は、平和な世界が来た事を喜んでいる。 「定時だな。その後の残業は?」 「急務が無ければ特に」 「無い事を祈ろう。では、六時に、私の離宮に来てくれ。今宵も美味しい酒を用意しておく」  王弟殿下はそう口にすると、両頬を持ち上げた。俺と同じくらいの身長だ。王弟殿下ご自身も魔獣と戦っていた経験があり、近年では外交に注力されているが、着やせするタイプの筋肉質で、体格が良い。俺も鍛えてはいるが、同じくらいガタイは良いのではないかと思う。 「承知しました」 「そう畏まらないでくれ。いつも言っているだろう?」 「……殿下、お立場を」 「真面目だな、ジークは」  クスクスと笑ってから、王弟殿下は俺の肩を二度ほど叩き、踵を返して歩き始めた。それを見送りながら、こんな平穏が訪れた事を改めて嬉しく思う。あの日、俺は剣を抜く決意をして本当に良かった。  ――その後は、定時まで鍛錬を行い、全体での挨拶を終えてから、俺は指定された離宮へと向かった。王宮の敷地の中にある建物で、コンラート王弟殿下のお住まいだ。  入口にいた近衛騎士達も慣れたもので、顔見知りになってしまったというのもあるが、俺を見ると即座に扉を開けた。伝達されていたのだとは思うが。その後階段をのぼり、俺はいつも王弟殿下が俺を招く私室の前に立った。  そこで深呼吸をする。言葉を交わせる事は嬉しいが、俺の気持ちが露見しないように気をつけなければならない。両思いにならなければ呪いは発動しないが、王弟殿下は優しいお方だから、もし露見したら情けをかけて下さるかもしれない。俺は、王弟殿下が死ぬ未来だけは許容できない。老衰を願う限りだ。 「ジークベルト・ヴェルテ、参りました」  ノックをしてから、俺は名乗った。するとすぐに返答があった。 『入ってくれ』  一度瞬きをしてから、俺は入室する。中には侍従や護衛の姿がない。俺を招く時、王弟殿下はいつも二人きりを好む。それが、『友達』という関係性なのではないかと俺は考えている。殿下だって、気楽に息抜きをし、話したいのではないかと思うのだ。 「失礼します」  後ろ手に扉を閉めると、長椅子に座っていた王弟殿下が微笑しながら頷いた。 「座ってくれ。肴も、好みの品を用意させたぞ」 「有難うございます」 「初物の魚だ。生でも食べられるほどらしい」  対面する席に一礼して座してから、俺は並んでいるつまみを見る。その後、王弟殿下が手ずから俺に酒を作ってくれた。この国の名産でもある、俺が好きなズブロッカだ。アルバン卿は、異国でこの香りを、古い食べ物でいうところの、『桜餅の葉っぱ』と表現しているらしい。桜餅がどんな食べ物なのかは知らないが、俺はきっと好きになれる気がする。 「秋も深まってきたな」  ロックグラスを受け取りながら、俺は王弟殿下の言葉を聞いていた。現在は十一の月の三日だ。この王国では、あまり秋の期間は長くなく、冬が特に厳しいため、紅葉を見られる時期は貴重だ。  そこから俺達の雑談が始まった。  コンラート王弟殿下の話に、俺は主に耳を傾け頷く形だ。  二杯、三杯と、強い酒をお互いに飲み干していく。 「――しかし、人肌が恋しくなる季節でもあるな」  王弟殿下がそんな事を言い出したのは、俺がそろそろ水を所望しようかと考えていた時の事だった。俺といる時、王弟殿下はめったに色恋めいた話題はしない。恐らくは、俺の『呪い』に配慮しての事だと思う。だから珍しく思い、俺は顔をあげてじっと王弟殿下を見た。 「ジーク。もし呪いさえなければ、お前は今頃、誰かを抱くか抱かれるかしていたか?」 「呪いを受けた事に後悔はありません。魔獣災害を止める事が出来た現実に、俺は満足しています」 「結果としてそうであっても……人に恋をする事は、あの後無かったのか?」  ここまで率直に聞かれたのは、本当に初めてだった。しかもそれを好きな相手当人の口から聞いたため、俺は口ごもる。 「たとえ恋をしたとしてもしていないとしても、し続けているとしても、結果は変わりませんし、俺は自分の選択に満足しています。コンラート殿下こそ、お相手はおられないのですか?」 「長い間、片想いをしている」  これもまた俺にとっては、初めてもたらされる情報だった。 「殿下ほど素晴らしいお方なのですから、お相手の方にも否はないのでは?」 「……脈を感じられない」 「友人として伺って良ければ、どなたなのです?」 「友人、か。私は失恋している心地だが……お前には言えない」 「聞くこともできないのであれば、俺にお力になれる事は何もないとは思うのですが、自信を持って下さい。コンラート殿下ほど、魅力的な人物は、おりません」 「もっと言ってくれ。私は魅力的か?」 「ええ」 「ちなみに、どこが?」 「全てです」 「抽象的だな……世辞か?」 「いいえ。本心です」  俺が告げると、王弟殿下が腕を組んだ。それから、小首を傾げて、じっと俺を見た。 「ジーク。それでは具体例を挙げよう」 「はい」 「私に抱かれても良いと思うか?」  その言葉に、思わず息を呑みかけた。だが体に力を込めて、無表情を装う。そんなものは決まっている。俺は両親が没した十七歳の頃から、三十七となった現在まで、ずっと殿下に恋焦がれているのだ。きっと、体を重ねられたら、それは幸せだ。  だがそれとは別の部分で、俺はこの時、コンラート王弟殿下は励ましを求めているのだと思った。 「勿論です」 「では、寝台へ行くとしよう」 「お戯れを。飲みすぎにしてはまだ早いのでは?」 「私は本気だ。では、言い訳を作ろう。閨に自信が無いから、試して結果を聞かせてほしい」 「俺は帰りますので、手配を」 「ジークが良い」 「コンラート殿下……?」 「ジークが良いのだ。私に抱かれても良いのだろう? それは嘘か?」 「っ」 「行こう」  王弟殿下が立ち上がった。俺はその姿を見上げてから、残っていた酒を一気に飲み干す。  ――気持ちさえ通じ合わなければ、両思いにならなければ、それを口に出さなければ。  その条件さえクリア出来るのであれば、コンラート王弟殿下が呪いにより亡くなる事は無い。それは俺も説明を受けたから知っている。  ならば、生涯に一度くらいは、関係を持っても良いのだろうか?  そしてそれが、王弟殿下に自信をつけてもらえるという結果になるのならば……。  たった一夜くらい、想いをかなえても……。 「ジーク。寝室はこちらだ」 「――お供させて頂きます」  俺は悩むのをやめた。片想いの相手ではなく、『友人』の自信をつける為。  そう自分に言い訳をしながら立ち上がり、殿下の後を追いかけた。 「ぁ……あァ……」  声を出すのが恥ずかしいからと、俺は必死でシーツを握りしめる。だというのに、そうすればそうするほど執拗に、俺の感じる箇所を、王弟殿下は指先で刺激する。 「っ、ぁ」  こんなのは無理だ。声が堪えられない。  思わずギュッと目を閉じて、俺はシーツを噛んだ。陰茎を握られたのはその時で、ひざを折って臀部を突き出している俺の中を指で暴きながら、王弟殿下が扱き始める。前と中からの同時の刺激に、どんどん俺の体が汗ばんでいく。 「っ、ッッ」 「気持ち良いか?」 「ん、フ」 「もっと声を聞かせてほしいのだが」  その要望には答えられそうにもない。俺のように野太い男の声を聞いて、王弟殿下が萎えてしまうのは頂けない。王弟殿下がどのような相手を想っているのかは知らないが、俺はあくまでも『友人』として自信をつけさせて差し上げるべきだ。 「ジーク」  しかし僅かに掠れた声を耳元で放たれ、荒々しい吐息を肌で感じると、快楽に飲まれてしまいそうになる。二十年間も想ってきた王弟殿下に痴態を晒している現在を、上手く許容できなくなっていく。 「好きだ、ジーク」 「っ」 「愛している。ずっと好きだった。今も好きでならない」 「あ、あああ」  俺は『それはダメだ』と伝えようと思った。両思いになってしまうからだ。俺の気持ちは伝えていないが、もし俺が口を滑らせたら、これが閨の睦言で無い限り、王弟殿下が死んでしまう。しかしそう理性が述べた直後に陰茎を挿入されて頭が真っ白に染まった。  王弟殿下の長く太い肉茎は硬くて、俺の最奥までを容赦なく一気に貫いた。 「ジークは、私をどう思っているんだ?」 「あ、あ、あ」 「教えてくれ」 「やめ、もうやめ……あああ、コンラート様、待ってくれ……っ」 「嫌だ。やっと想いが叶ったのだからな」 「俺、は――っ、やだ、あ、ああ、気持ち良い」 「ここが好きなようだな。覚えたぞ」 「出る、うあ」 「私はまだまだだが?」 「あ――!」  俺は胸が満ちた心地になりつつも、泣きながら果てた。王弟殿下は誠実なお方だから、こんな嘘は言わないと俺は思っている。だからこそ、残酷だった。 「動くぞ」  涙ぐんでいた俺の呼吸が落ち着くと、再度王弟殿下が抽挿を始めた。  シーツを握りしめ、俺は背を撓らせる。 「聞かせてくれ、ジーク」 「ダメだ、あ、あ……」 「私に抱かれるのは嫌ではないのだろう?」 「それ、は――っく、うあああ」  俺の感じる場所ばかりを、巨大な先端で王弟殿下が責めたててくる。その内に、俺は快楽から理性を飛ばした。もう意味のある言葉を放つ事が出来なかったのは逆に幸いで、気持ちだけは吐露しなかったが、散々喘ぎ、嬌声を零した。  ――事後。  いつの間にか意識を飛ばすように眠っていたらしい俺は、自分の体が綺麗になっている事と、毛布をかけられている事に気が付いた。最近の朝は暗いから、窓の外を一瞥しても、今が何時刻なのかは分からなかった。 「起きたか?」  声をかけられて、俺は自分が腕枕をされていると気が付いた。半ば呆然と、コンラート王弟殿下を見る。 「……はい」 「昨晩散々伝えたが、私の想い人が誰かは、もう伝わっているな?」 「……」  夢ではなかったらしいと、俺は悟りつつ、絶望的な気分になった。俺だって、殿下の事が好きだ。しかしそれを告げる事は許されない。 「……非常に光栄ですが、俺はお気持ちにはお答えできません」 「何故? 呪いが理由なら――」 「俺は恋はしないと誓っているんです」  俺は嘘をついた。それが、俺に出来る精一杯だった。 「なので、殿下のお気持ちは嬉しいですが、俺は殿下の恋人にはなれません。申し訳ありません。俺は、コンラート王弟殿下を敬愛しておりますが、恋愛的な好意は抱いていないんです」  口に出したら、泣きたくなった。だが、俺は真面目な表情を形作り、決して内心を悟られないようにと努力する。生きていて欲しいからだ。俺は、身を引くべきだ。それが、俺に出来る唯一の愛情の返し方でもあるのだと感じる。 「……そうか」 「そうです」 「だが、私はあきらめない。必ず、ジークの心を手に入れて見せる。二十年以上も待ったのだから」 「――え?」  その言葉に驚いて、俺は目を丸くした。 「ずっと、出会った頃から私はジークが好きだった。恋をしていた。だが、その気持ちを殺してでも、私は魔剣を手に入れて良いと思っていた。それは、愛するジークの未来に、幸せが在って欲しかったからだ。しかし結果として、ジークが剣を手に入れた」  王弟殿下は、俺を抱き寄せ、腕枕をしながら、天上を見上げた。 「何もできなかった自分が不甲斐ない。ただ私はずっと、ジークに恋焦がれていた。今もなお、それは変わらない」  驚きすぎて、俺は瞠目した。そんな俺の髪を撫でながら、王弟殿下が苦い笑みを浮かべた。 「私はジークが好きだ。この激情を治めるすべがない。ずっとジークだけを思ってきた。だが、身を挺して呪いを引き受けてくれた事をかんがみて、私は自分のこの感情を押し付けるべきではないと、正確に理解していた。ただ、もう我慢の限界だったんだ」 「コンラート様……」 「だから、アルバン卿から聞き出したんだ。呪いを解く方法を」 「え?」 「――毒を以て毒を制す、これは呪いにも効くそうだ。私もまた呪われたならば、呪い同士が拮抗し、効果が発動しなくなるらしい」 「!」 「私は、『愛する相手と結ばれなければ死ぬ』という呪いの指輪を手に入れた。それがこれだ」  王弟殿下はそう言うと、首から鎖で下げていた指輪を俺に見せた。 「だが、拮抗状態にあるから、結ばれなくとも死ぬ事はない。愛する相手であるジークが呪われているためだ」 「殿下……」 「そうであっても、もうジークに私を好きになってもらっても、惚れてもらっても、私が死ぬ事も無くなった。だから、先に体をもらってしまったが、私は今後、全力でジークを追いかけさせてもらう。必ずジークの気持ちを、私は手に入れるつもりだ」  ギュッと手に力を込めて俺を抱き寄せた王弟殿下は、それから俺の頬に口づけた。 「愛している」  もしこれが事実だとするならば、どんなに幸せなのだろう。  ドクンドクンと俺の胸が煩く啼いた。 「本当に……呪いは、拮抗するのですか?」 「ああ」 「本当に、本当に?」 「私はジークに対して、誠実でありたい。ずっと、アルバン卿に依頼して、呪いの解呪方法、そこまでいかずとも、気持ちを伝える方法を模索してきたんだ。この十七年間、ずっとな」 「……事実なのですね」 「私の言葉は信じられないか?」 「いいえ」  俺は、十七年ぶりに、大きな決意をする事に決めた。 「コンラート様を信じない日などありません。殿下を、想わない日も、お慕いしなかった日も、一日たりともございません」 「――ジーク?」 「愛しております。だから、俺はコンラート様に幸せになってほしくて、剣を抜いたんだ。ずっと、ずっと俺の方こそ、殿下の事が好きでした。いいえ、今も好きです。そして今後も、一生涯。この名と魔剣に誓って、俺はコンラート王弟殿下を愛し続ける所存です」 「!」 「だからもしも呪いが拮抗せず、この話が夢想なのだとしたら、共に逝く事をお許し下さい。俺は、殿下に触れてもらった今宵の記憶を生涯忘れません」  きっぱりと俺が告げると、虚を突かれたような顔をした後、王弟殿下が破顔した。 「ああ、共に逝こう、もしもがあれば。いつでもその覚悟は出来ている」  この夜。  このようにして、俺と王弟殿下は気持ちを言葉で交わした。  その後長く口づけをして朝を迎え――翌日も、二日後、三日後、半年、一年、二年と、時が経過していき、もうすぐ俺は四十歳となる。だが、俺もコンラート殿下も健康で、幸い死の気配は無い。  ある日、この年も王宮を訪れたアルバン卿に笑われた。 「もう大丈夫。呪いを拮抗させてまでかなえた愛だ。歪んだ魔力より、ある種強い力を放っていると、寡聞にして思うよ。お幸せに」  俺とコンラート王弟殿下のそんな愛の帰結は、その後吟遊詩人の謳う所となる。       【完】

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