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第19話
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1/28(金)
本日、『春雪に咲く花』の方のPV増加数が1ビュー分
多かったので、こちらを更新させていただきます。
動画を見てくださった方、ありがとうございます!
また今作品、これで最終話となります。
1ヶ月間お付き合いいただいた方、本当にありがとうございました。
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「は?」
座った目付きで睨んでくる誠吾にひるみながらも、海斗はもごもごと言う。
「……あれは、もやいなんだ、もやい!」
「もやい?」
その場にいた全員が、はて、という顔をした。陽向は長年の癖から、そのフォローに入る。
「もやいっていうのは、本州でいうところの……ええっと、頼母子 だよ。毎回、みんなでお金を持ち寄って、くじで引き当てた人が、その全部をもらえるっていうやつ」
「そう、それっ! 俺、やっともやいが当たってさ、それであの金が手に入ったんだ!」
「本当か? こっちが沖縄のことを知らないと思って、嘘を言っているんじゃないだろうな」
「そんなことしないよ!」
「じゃぁ、その金を何に使うつもりだったんだ? 知っているんだぞ。宵越しの金をもたないお前のような人間が、大事に貯め込んで。よもや、一人で逃げようと思っていたんじゃないだろうな?」
「そ、それは言えない……」
「おい、そいつを連れていけ」
誠吾が、陽向を拘束している組員に合図した。
「わっ、わっ、言うよ! 言うからっ……! だから陽向は離してあげてっ……!」
海斗はしばらくの間、落ち着きなくもじもじしていたと思ったら、恥ずかしそうに切り出した。
「だ、誰にも言うなよっ……! 俺は……女の子になりたかったんだっ……!」
今度は、全員が「は?」という顔になる。
「う、嘘じゃないよっ……本当だ! ホストで貯めた金ともやいでもらった金で、手術を受けようって。オカマの子たちに近づいたのは、もちろんヤるためでもあったけど、本当は色々と経験談とか聞いてみようと思って、その女になったあとのこととか……だから、俺が彼女たちをカモろうなんて、あるわけないじゃないか! 同志なのに……!」
海斗は、その場で土下座をした。
「お願いしますっ! 陽向を連れていかないで! オカマの女の子たちには、俺が謝りに回るから! 何なら、もやいの金で弁償もする!」
「ちょ、ちょっと待って! 海斗! そもそも何で、女になろうとしたのっ……!?」
陽向には、何がなんだかわからなかった。
海斗が女になりたかったなんて。一度も考えたことがない。
「だって、だって」
海斗は喉を詰まらせ、鼻をすすった。
「女になったら、ぶっちゃけ、俺、かなり美人になると思うし! そしたら、みんながちやほやしてくれるんじゃないかって!」
「ちやほやって……十分されていると思うけど。あんなにモテて……」
「違うんだよ! みんな、俺と一回寝たら、絶対、本命のところに帰っていっちゃうんだ。見捨てないでいてくれたのは、陽向くらいだよ! ……俺は、俺は……沖縄にいた時みたいに、ずっと構って甘やかしてもらいたいの! なのに、こっちきてから『バカ』だの『アホ』だのばっかりで……それに女になったら、実家の墓守りなんてしなくてもよくなるし……」
うわーんと、海斗は盛大に泣き始めた。
他の者たちも、ぽかーんとした顔で海斗を見ている。全員、呆れ果てて言葉もでない。
「はははっ、こりゃ傑作だなっ!」
突然、誠吾が腹を抱えて笑いだした。
「そんな筋肉ダルマになっておいて、女になりたいだと!? しかも、ちやほやされたいからなんてっ……!」
誠吾は耐えきれず、柏手を打った。
「もういい。わかった。お前は正真正銘のバカだ」
「そ、そんなぁ……何も、そんなに自信満々に言わなくても……」
海斗はがくりと肩を落とす。
誠吾はすっきりした顔で、組の者全員に向かって高らかに宣言した。
「これ以上、こいつに聞いても何も出てこないだろう。今すぐ全員で、他の仲間の捜索にあたれ!」
「はいっ!」と組員が出て行くと、次に誠吾は、玄沢と陽向の方を向いた。
「もう帰っていいぞ。付き合わせて悪かったな。ご苦労様」
「付き合わせてって……まさか……誠吾、お前」
玄沢は陽向の方をちらりと見てから、もう一度、誠吾を向き小さな声で言った。
「もしかして、お前、一芝居うったのか……?」
ふっと誠吾が唇を緩ませる。
「まあな。ここまでしないと、あの男のことは見極められないと思ったからな」
「ちょちょちょ……!」
陽向は両手で頭を抱えた。混乱からか、頭から足の爪先までがぐらぐらと揺れているように錯覚する。
「まさか、今までの全部、ふりだったってこと!? 海斗に自白させるための!?」
玄沢が自らの眉間を揉む。
「そうだったらしいな。俺もいっぱい喰わされたよ」
「ふっ、騙される方が悪いんだ」
誠吾が玄沢の肩を叩いた。
「でもまさか、お前が気づかないとは思っていなかったな。それほど、ぼうやがいなくなったことに動揺していたって訳だ。これでまた一つ、〝真実〟が掴めたな」
「な、なんじゃそりゃー!」
状況がやっと飲み込めた陽向は、怒りのあまり誠吾に飛びかかろうとした。その肩を、玄沢が留める。
「やめておけ。本当に売られることになるぞ。こいつが本気になったら、俺でもどうにもできない」
陽向はぴたりと止まると、代わりに誠吾を睨みつけた。
「海斗は? 海斗も帰れるんだよね?」
「あぁ。だが、俺がここまで見極めるのに時間がかかった男は久しぶりだ。面白いから手元に置いておくのもいいな。——おいっ!」
誠吾が、今だ打ちひしがれている海斗に声をかけた。
「賠償する金が貯まるまで、うちで働かないか? そのたらしの才能が役に立つのは、ホストかここくらいだろう?」
「えっ!? いいの!?」
「いいですか、だ」
「いいんですか!? やったぁー! これでまっとうな仕事をゲットできたぁー!」
「まっとうではないけどな……」
喜ぶ海斗を尻目に、陽向はトホホとため息をついた。隣の玄沢の服を引っ張る。
「玄沢さん……もう帰ろう……俺、ちょっとトイレで泣きたい……」
「あ、あぁ……俺もだ。でも、その前に」
玄沢は幹部に挨拶周りをしている海斗を、無理矢理、部屋の隅に連れ出した。
「謝花。お前に聞きたいことがある、お前、本当は——」
「玄沢さん」
海斗が真っ直ぐに玄沢を見つめたまま、眩しい常夏の笑顔を見せた。
「陽向ってさ、可愛いでしょ」
「え? あぁ、まぁ……確かに、可愛いが……」
「でしょ。俺が思うにさ。陽向は怒ってパニックを起こしている時が、一番輝いているんだよ。頬なんかピンク色でさ、目もキラキラして。あん時の陽向ほど、生き生きしているものはない」
玄沢は頷きかけて、止めた。代わりに口を開こうとすると、
「俺、一度さ」
と海斗が遮った。
「陽向を怒らせすぎて、泣かせちゃったことがあるんだよね。あん時の陽向は、本当に可愛いかった。もう、そのまま突っ込みたいくらい興奮した。外だったから止めたけど」
「!? お、お前——」
玄沢は相手の胸ぐらに手を伸ばしかけ、途中で引っ込めた。今触れたら、確実に変態菌が移りそうな気がした。
代わりに、ドスのきいた声で睨みつける。
「いいか、お前は今後一切、陽向には近づくな。絶対だ」
「えぇ~、それは陽向が決めることでしょ。——ねぇ、陽向ぁ~!」
海斗は縁側で、ボンレス君相手に海斗のことをグチっている陽向に手を振った。
「陽向ぁ~! 俺、就職したし、お金返し終わったら、またやり直そうね~!」
「はぁ!? 寝言は寝てから言えよ、この筋肉クソ虫野郎!」
「きゃーやばいっ! 陽向、可愛い過ぎ!」
キャーとしばらく身悶えしていた海斗は、ふっと微笑むと眩しそうな目で陽向を眺める。そして玄沢に向けてぽつりと言った。
「……陽向ってさ、沖縄の空にそっくりなんだ。あっちの空って、予想がつかなくてさ。今までめっちゃ晴れていたと思ったら、いきなり豪雨が降る。で、雲が去ったら、またすぐにカラッと太陽が照りつける。まるで何事もなかったみたいに。陽向もね、さっきまでめっちゃ怒っていたと思ったら、次の瞬間には『もうしょうがないな』って、にぱっと笑いかけてくれるんだ。俺は、その瞬間が大好きでさ」
切なげにため息をつく海斗を見て、玄沢は嫌な考えを払拭できずにいた。
「謝花……もしかして、お前、陽向を怒らせるために、わざとこんなことを?」
「さあね」
海斗は、にやりと笑った。その目はどこか誠吾を彷彿とさせるものだった。
——こいつを、陽向の側においておくのは危険だ。
本能で察した玄沢は、海斗の胸ぐらを掴んだ。
「言い直す。今後一切、陽向の側にお前を近寄らせない。俺が、何が何でも阻止してやる」
「えぇ~ちょっと玄沢さん、あんまり過保護も過ぎると、陽向に嫌われちゃうよ。ま、俺にとってはそっちの方がいいんだけどね」
「!? やっぱりお前、陽向のこと、まだ——」
「さあね。さあて、これからたくさん稼がなくちゃ! 女になって陽向をお婿さんにもらうんだ!」
海斗は玄沢の腕をすり抜けると、呑気に口笛を吹きながら行ってしまった。
「何の話だったの?」
戻ってきた玄沢に、陽向が尋ねた。
屋敷の横に広がる庭は、数日ぶりの晴天に照らされていた。溶けた雪がいたるところから落ち、きらきらと陽光に反射している。
「依頼料の話だ。迷惑料も含めて、謝花には倍——いや、三倍の料金を請求しておいた」
「あぁ、いい話だね。そのくらいはしてもらわないと。あいつには、とことん引っかき回されたからね。しかも最後はちゃっかりいいところ持っていくし。あいつって、いつもそうなんだよ」
ブツブツ言う陽向を見て、玄沢はくすりと微笑んだ。
「……陽向、ありがとう」
「え、何が?」
「さっき廊下で——」
玄沢は陽向と向かい合うと、相手の手を取った。
「お前の言う通り、俺は自分に関わる全てを守ろうとして、躍起になりすぎていた。周りが見えていなかったのは、本当は俺の方だ。今回のことでよくわかった。お前が攫われたとわかった時、俺はあんまりにも動揺し過ぎて何もできなかった。頭が真っ白になり、今までの探偵としての経験も知識も全部、吹っ飛んでしまった。そんな時、引き戻してくれたのが、『ケンタウロス』のリエママとか常連客の奴らとか、『カルメン・レディ』のママとかホステスのみんなだった。みんな、俺のために夜通し聞き込みをしてくれて……俺は思い知った。今まで俺はみんなを守っているつもりになっていたけど、本当に守られていたのは、俺の方だったんだって」
玄沢の黒い瞳が、真っ直ぐに陽向を射た。
「それを気づかせてくれたのは、お前だ、陽向。今回、俺はお前に、これ以上なく助けられた」
玄沢は握った陽向の手を、自分の胸の上に置いた。まるで忠誠を誓う騎士のように。
「だから、俺に助けて欲しい時は言え。俺も、そうする。何もできないくらい弱った時は、お前に頼るから」
陽向は驚きに目を見開いたが、やがて静かに微笑み返す。とくとくと自分の掌の上で鳴動する、玄沢の鼓動を感じながら。
「わかった。俺も約束する。次、怒りでパニックになった時は、玄沢さんのところに行くよ。あんたも、俺に大きなものをくれた。どんなに我を失っている時でも、あんたの顔を思い浮かべると、ちゃんとしようと思うんだ。感情に押し流されず、周りをよく見ようってね」
「光栄だな。今後の俺のためにも、ぜひ堪え癖をつけて欲しいもんだ」
今後。そんな何気ない言葉が、くすぐったくて嬉しかった。
「あ、そうだ。言い忘れていたことがあった」
玄沢がプレゼントを隠し持った子供のように、もったいぶって言った。
「質屋と交渉して、お前のところの家具を取り戻せたぞ。連絡をすれば、今日あたりにでも運んでもらえるだろう」
「本当っ!? やったぁー! 玄沢さん、大好きっ!」
勢いよく飛びつくと、玄沢が複雑そうな顔をした。
「お前、勢いでなら、そういうことも言えるんだな」
※
「あっ、いたいた! 喜屋武さんっ!」
玄沢の車から下りると、アパートの前でうろうろしていた大家妻が、慌てて駆け込んできた。
「もう何日も帰ってきてないから、心配したのよ! 引っ越し屋のトラックが来ていたとかいうし、どうしちゃったのかと思って……」
「あ~その、色々ありまして……ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です」
「そう。それなら、いいわ。それよりも、大変なのよ! ちょっと、来てちょうだい!」
大家妻に引っ張られ、どこかに連れていかれる。
(次は一体、何のトラブルだ?)
げんなりと、ため息をつく。
やはり、自分は今すぐにでもお祓いをしてもらった方がいいのかもしれない。
「ほら、見て。すごいでしょ?」
花壇の前に立った陽向は、興奮気味に話しかけてくる大家妻の言葉に、バカみたいに頷くしかできなかった。あんぐりと口を開け、目の前の光景を呆然と眺める。
「どうしたんだ?」
車を駐車場に停めて戻ってきた玄沢が、ひょっこり後ろから顔を出した。
「あら、玄沢さん! あなたも見てちょうだいよ! これ!」
「おぉ~これはまた……すごい数の蕾だな」
プランターの数々を見て、玄沢が感嘆の声をあげた。
モッコウバラ、ムスカリ、マーガレット、アネモネ、ラナンキュラス、ルピナス、アリウム、チューリップ、デージー、ポピー……。
それぞれ芽吹きだしたばかりの若葉の間から、こぼれんばかりの蕾がたくさん顔をのぞかせていた。
「気温が暖かくなってきたと思ったら、ものすごい勢いで芽を吹きだしてね。一体、あなた何をしたの?」
大家妻が、不思議そうに陽向に聞く。まるで、陽向が魔法でも使ったのかと疑っているみたいに。
「え、いや、特別なことは。根づまりをおこしていたから、鉢増しして。あと元肥を入れたくらいで……」
「鉢増し? あら、そうだった。忘れていたわ。もうそんな時期だったのね。あなたが鉢を引っこ抜いてくれなきゃ、気づかないところだったわ」
「あ、いえ……その説は、本当にすみませんでした……」
「いいのよ。結果オーライよ。でもそうね、貴方さえ良ければだけど、私が世話できない時、この子たちをお願いしてもいいかしら」
「え、いいんですか? お安いご用ですよ。俺、実家では毎日、祖母と一緒に庭木の世話をしていましたから。こっちに来てから、庭がなくてちょっと寂しいくらいだったし」
「素敵なおばあ様ね。それなら、甘えちゃおうかしら。その代わり、これから多少騒音の苦情があっても、こっちでもみ消しておくから」
ウインク一つ残して、大家妻は去って行った。上機嫌なのか、スキップでもしだしそうな足取りであった。
「だとさ。これで多少部屋でうるさいことをしてもお咎めなしだな」
玄沢の意味深な言葉と笑顔に、陽向の顔がカッーと顔が赤くなる。
「違っ、今のは、いつも俺が海斗に大声で説教してて苦情がよく来ていたからで——」
「はいはい、わかってるよ」
玄沢が両手をあげ、再び植木鉢を見た。まだ厚い雪が覆う建物の周りと比べて、まるでそこだけが春のスポットライトを浴びているかのように輝いて見えた。
「楽しみだな。この蕾たちが全部咲けば、さぞや圧巻だろう」
「そうだね。もしかしたら、おばあの家のよりも、すごくなるかも」
春の雪が溶けた頃。
アパートの窓際が、色とりどりの花たちに埋め尽くされている様子を想像する。
(あぁ、そうか)
胸にすとんと、ある思いが染みてきた。
何も必死に探し求めなくとも、居場所というのは、こうしていつの間にか近くで花咲いているものなのかもしれない。
陽向は、隣にいる玄沢をちらりと見上げた。
「花が咲いたら……大家さんに少し分けてもらって、届けるよ。それで……もし良ければだけど、雪人さんのお墓に……」
自信なさげに言った陽向の頭に、玄沢はポンと手を置いた。
「ありがたくもらうよ。あいつも、いつまでも白い花だけじゃなくて、色んな色があった方が喜ぶだろうからな」
玄沢は何を思ったのか、すぐににやりと笑った。
「何なら、マンションの方にも配達を頼もうかな。もちろん、そのまま泊まりは確実だがな」
「なっ……」
「あ、今そういうことを想像しただろう? 目がキラキラしてるぞ」
「し、してないっ……! 見んなっ……!」
「おい……? 陽向? ちょっと待て。その手に持っているものを下ろせ! それが当たったら、さすがに死ぬ!」
説得空しく、春のうららかな空の下に玄沢のぎゃーという悲鳴が響き渡った。
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