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第30話

 けれど直は直なので、雪の精いっぱいの自己防衛の意図には気づきもしない。 「なんで……? もっと見たい……てかもっとシたい……我慢したのにすぐ出てもーて、むっちゃショックやで……」 「我慢しとったんか!」  無表情だがややむくれる直の発言に、満身創痍だったはずの雪はガバッ! と起き上がった。  なんてやつだ。  こっちは出した後も必死に合わせていたというのに、抗うなんて姑息すぎる。あの労力を返してくれ。  手近なティッシュで粗相を拭って衣服を整えると、直は悪びれもせずにタオルを持って雪のそばににじり寄る。 「嘘やろ……!? 全っ然気づかんかった……!」 「そう……? ほんまはユキのお誘いで完勃ち、三擦り半でギンギン……後は我慢してたな……」 「なんでやねん我慢すなよ!」 「無茶言わんで……あんなん、全男が我慢するわ」 「全男に含まれる俺があかんて言うとんねんけど!?」 「? ユキはユキやん……?」 「俺を男に分類せぇッ!」  直が差し出したタオルで体の水分と残滓を拭いながら、雪はやはりズレた発言をする直にお説教をした。  小首を傾げてなんで怒るの? 悪いことしてないよ、いいこだよ、と視線で訴える直には、呆れて文句も言えない。  直といると雪は気が抜ける。  こんな姿を見せてしまってと怖がっていた自分がバカみたいだ。 (人にあんなあッついもんぶっかけといてもっとシたいとか言いよって……っ) 「お前アレ絶対俺ん中に出すなよっ」 「い」  コップの水を零したくらいに湿ったシーツやシャツがまとわりついて気持ち悪いので、雪はその場でガバッ! とシャツを脱ぐ。 「…………」 「ほんまゴム必須やで。あり得へん。あんなん出したら内臓損傷の域ちゃうん。流石の俺もケツん中ピンポイントで溶かしたことなんあらへんで」 「…………」 「ちゅーか待って? 何れブツ俺に突っ込むんやろ? あぁ~っあかんっ。死ぬ。いらん。無理。マジの無理や……!」 「…………」  パチパチと瞬きをしつつ真顔で硬直する直に気づかず、雪はポイポイと服を脱いで下着一枚になった。  足を曲げてゴロンと仰向けに転がる。  下着のゴムに指を引っかけてグイグイと足首まで持っていき、脱いだボクサーをシーツにポイ。  まごうことなき全裸だ。  別にいいだろう。茶髪にピアスのヤンキーふうな男の全裸、さっきまで触れ合っていたのだから今更気にも留めまい。 「俺も頑張るけど、セックスはハードル高過ぎる。月単位で待っといて。……って、聞いてんのかぁ? ナオ」  タオルで体をトントンと拭きながら直をチラ見すると、直は無言でコクリと頷いた。  聞いているなら返事ぐらいしろと思うが、まぁこれが直である。雪相手じゃなければもっと無口だ。  そう思うとクリスマス以来かなり口数が多くなっているので、本人なりに積極的な意思表示を意識しているのだろう。 (そういうことも、もっと言ったらええのに。頑張ってるアピールせぇよ。褒めるタイミングわからんやん) 「ナーオ。言わんなわからんで」 「……うん」  溶け切った身体が元通りになったので立ち上がりクローゼットに向かいながら、直に声をかける。  背後から生返事が投げられた。  期待できそうにない。カップラーメン柄のボクサーを取り出し、その場で足を通して身に着ける。  まだ少しダルかった。出かける予定は今のところないし、自分の部屋なので下着姿のままでいいだろう。 「……ユキ、生着替えと全裸は」 「あ? なに?」 「……なんも」  パンイチで振り向くと、直は黙り込んだ。  たまにこうなる。聞いても答えないので無理に聞かない。  悩み事やおセンチな理由ならなんとなく気配がわかるのだが今はそんな空気でもないため、雪は気にせず替えのシーツを物色する。  そんな雪の背中を見つめる直。 「……触ったあかんのに、見せつけられる素肌って……むっちゃ空しい……」 「ナオー。シーツ剥いでー」 「…………」  直はコクリと頷き、のそのそと物悲しい動きでシーツを剥いだ。  ──同じ部屋にいて片やパンイチ、片やヒートテックに厚手のセーターと体感温度に差がある二人だが、摩擦しようが唇を重ねようが変わらないものはちゃんとある。  幼馴染みから仮恋人へ。  見直すことで触れ合い方を変えた関係は、ひとまず、居心地のいい距離を見つけたのであった。  了

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