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失敗

カレールーを切らしてた。 俺としたことが。 思い返せば先週カレーを食った時に俺はルーの容器を洗ってプラの袋に捨てていた。 それが、昨日寄ったスーパーの中で何故かカレールーは何故かまだあると何故か確信していたんだ。 何故だ‥‥ 考えていてもカレールーは現れない。 野菜は煮てしまった。 幸い、火が通ったギリギリで食いたい豚こまは鍋の外にある。 ‥‥砂糖と醤油で肉じゃがか? ‥‥半年は使っていないシチューのルーの出番か? 味噌を溶いて豚汁の気分ではない。いや、カレー以外の気分では無いのだ。 証拠に俺は今、財布と買物袋をポケットに入れている。 ついでに明日の朝の食パンも買おう。俺は賢い! 玄関の扉を開ける、閉める、鍵をかう。俺は防犯意識が高い! 自分を誉めずにやってられるか! ああ、野菜の鍋が冷めてゆく‥‥ 「太田さん?」 レジ籠を手に取ったところで声がかかり、振り返る。 「太田さんだ。私服って珍しいですね。」 「清水じゃないか。あれ、俺が帰った後仕事何か残ってたか。」 よりによって清水か! うっかり会話を広げてる場合じゃなかった、早く離れよう。 「いや、僕もほぼ定時ですよ。ちょっと他寄ってここの二階で夕飯食ってきたところです。朝飯のパン買って帰ろうかなって。」 「ふーん。」 「太田さんは?」 「俺もパン。」 こいつは一度捕まると話が長い。 一昨年の暑気払いで潰されたのの面倒見てからこっち、何かと纏わり付いてくる。 「ハヤクカレールーヲカッテカエラネバ」 「何ですか?」 「いや、何でも。」 口から出てしまった。 「太田さんも朝はパンなんですか?」 「何で?」 「僕と同じなんだったら嬉しいなって思って。」 「いろいろ食う。」 「太田さん、今日、受け答え短くないですか?」 「ソウデスネ。」 「えー、酷いなあ。」 笑いながら籠に手を伸ばす清水を横目に、パン売り場に歩き出す。 どうせ清水は付いてくる。 食パンを籠に入れたら「外にも買うものあるから」と離れればいい。 後はカレールーを買って鍋に一直線だ! 「太田さんって身長どのくらいですか?」 「はああ?」 「はいいいえで答えられない質問をすると会話が長く続くんですって。で、どのくらいです? 僕の方が少し高いですよね。」 少しいー!? 嫌みか! 「身長高いと何なんだ。」 「ハ‥‥違うほうよ‥‥えー、包容力、みたいな。」 「ソレハヨカッタ。」 「実際の包容力は太田さんに敵わないですけどね‥‥あ、太田さんは食パンなんですね、僕も明日の朝は食パンにしようかな。メーカーに拘りとかあります?」 「ホカニモカウモノアルカラ。」 「じゃ付いていきます。僕、この後予定無いんで。」 うっそぉー!? 「お邪魔しまーす!」 まさかアパートまで付いてくるとは。 「意外に荷物あるんですね。太田さんさっぱりしてるからミニマリストみたいな生活してるのかなって、ちょっと思ってました。」 「座椅子以外の適当なとこに座れ。」 「えー、もうちょっと部屋の中見せてくださいよー。」 「そしてじっとしてろ! 話しかけるな!」 「はい。太田さんが言うなら。」 お、素直。 カレー、美味かった。 人参は少し軟らか過ぎたがジャガイモは崩れてなかったし、玉葱はむしろとろけ気味で良かった。 カレー、美味かった。俺の命の素。 ああ、美味かった‥‥。 それにしても。 清水。 まさか、カレー仕上げて食い終わるまでベッドの端っこに黙って座ってるとは思わなかった。 視線は痛かったけどな! 「もう喋っても動いてもいいぞ。」 「あー、いいもの見ました!」 「俺は動物園か。笹食ってるパンダか。」 「え、僕に閉じ込められてくれるんですか! あ、でも、あちこち一緒に出掛けられる方が嬉しいかな。」 「なんだそれ。」 皿を持って立ち上がり、お勝手に向かう。 清水が付いてくる。 鍋を流しに移し水道をひねる。と、 「僕が洗いましょうか?」 清水が後ろから覆い被さってきた。 取り敢えず水道を閉める。 「何してんだ。洗えないだろう。」 「先に進むには今しかないかな、って。」 「先? は? 何の?」 「太田さん鈍過ぎです。僕がこんなにアプローチしてるのに。」 「アプローチ? 何の?」 「太田さんを好きっていうアプローチです。」 「好きなんだろうなってのは薄々わかってる。いや、ウザいくらいわかってるよ。」 「わかってないです。僕の好きは‥‥」 腹に回された腕がきゅっと締められる。 「恋人になりたいっていう好きです。」 は? 「いや、俺、今、恋人とかそういう色恋沙汰考えてないし、」 「考えてください。」 「いきなりか!」 「いきなりじゃないです。ずっとアプローチしてました。」 「そういう意味とは思わなかった。」 「思ってなかったのは太田さんだけです。課の皆はわかってますよ、僕、いつも冷やかされてますから。」 「マジか‥‥」 振り返ると清水は、菩薩みたいな顔で笑っていた。 「お皿とお鍋、洗っちゃいましょうか。僕が洗いますね。」 清水は俺の横に移動、スポンジに洗剤を付けている。 「太田さん、布巾持っていてください。」 「あ、ああ。」 清水が皿を洗う。 ちょっとの静寂。 蛇口の水が泡を流し始めると、拭いて仕舞うまでは短かった。 「コーヒーいれるわ。インスタントでいいだろ?」 「はい。」 「‥‥向こう行って座れば?」 「側にいたいです。」 えー!? 「そんなにか!」 「あ、コーヒー、僕が飲んでるのと同じのだ。嬉しいな。」 「そんなにか‥‥」 清水は座卓の角を挟んで俺の横に座った。 猫舌なのか、カップをめちゃくちゃフーフーしている。 そして、飲まずにふと顔をあげてこちらを見た。 「太田さん、拒まないんですもん。」 「何を?」 「スーパーで声をかけても、売り場まで付いていっても、家まで付いてきても。僕を拒む機会はいくらでもあったのに。」 ‥‥‥‥‥‥え、 「‥‥‥‥俺‥‥‥‥拒めたのか‥‥‥‥」 「あっはっはっ。そういうところが好きなんですよ。」 更にフーフーして、清水がコーヒーを啜る。 俺も啜る。 「‥‥恋人って何するんだ?」 「何したいですか?」 「うーん、‥‥え、何で恋人でいる前提で聞かれてんの? 俺。」 「なりましょうよ、恋人に。」 「だから、なって何するかって」 「なってから考えればいいじゃないですか。」 「そうか‥‥。あ、課の奴等には何て言うんだ?」 「見てればわかるんじゃないですかね。」 「ふーん、そんなもんか。」 「今日はもう遅いんで、コーヒー飲んだら帰ります。後でメッセージ入れますね。あ、僕のを登録しておいてください。」 モタモタしていると清水が体を寄せてくる。 ふと目が合うと、清水は花が咲いたみたいな笑い方をした。 よく見ると男前だ。 流れで画像フォルダを見せ合ったりして、その内にコーヒーがお互い空になる。 見送りに玄関まで出ると、清水は言った。 「次のコーヒーはカップをお揃いにして飲みましょうね。」 そして、俺の額に一瞬だけ唇を付けて、 「恋人の返事もらってないですけど、僕はイエスだと受け取りました。おやすみなさい。」 扉を閉めた。 ‥‥コイビトノヘンジモラッテナイデスケドボクハイエスダトウケトリマシタ ‥‥は? いや、え? 確かに悪い気はしないけど、 ‥‥‥‥‥‥、 えー!? おしまい。

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