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俺の相棒は顔色が悪い

 グリフォンの地下遺跡が発掘されて早三十年。俺達冒険者は、その攻略を夢としている。  俺は九つの時に師匠に拾われて剣技を叩き込まれてから、いつか師匠と同じように冒険者になろうと誓って、師匠の元を離れてこうして独り立ちした今、無事にランクBの冒険者になった。この世界には、冒険者ランクというものが存在する。S・A・B・C・D・Eの各ランクで、Eが登録冒険者だ。  とはいえ、この街では、相応に俺は名が通っている。  ――炎剣のロイド。そう聞けば、みんな直ぐに俺だと気づくだろう。  俺の用いる長剣は、炎を模したような刀身をしているのである。ロイド=エグナンスが俺の本名だ。エグナンスは、師匠が俺にくれた苗字である。  今では単なる冒険者という扱いではなく、俺は賞金稼ぎと呼ばれる一人だ。賞金稼ぎというのは、高報酬の危険な依頼をこなす上位冒険者の事である。元々は一人で活動していた俺だが、上を目指しているから、さらに難易度の高い依頼をこなすために、最近ではパーティを組むようになった。  酒場でパーティ募集や相方募集の張り紙はよく見ていた。  大抵の場合、実力ある冒険者の噂というのはすぐに広まるから、名前や顔を知っている冒険者の募集がないかと俺は渉猟していたものである。  だから――ライナム=セージフィルアの名前は、最初から知っていた。  大柄で長身のライナムは、そこにいるだけで存在感がある。酒場で一緒になれば、それだけで視界に入る。彫りが深い顔立ちで、少しだけ癖のある茶色い髪と相まって、大型犬に見える。一方の俺は、どちらかといえば細身だ。筋肉がつきにくい体質なのである。同性として羨ましい体格の持ち主のライナムを、俺は何度か観察していた。だが、奴が俺を知っているとは思っていなかった。 「――次の依頼で、グリフォンの地下遺跡に潜るんだ。パーティを組んでくれないか?」  そう声をかけてきたのは、ライナムの方である。俺は二つ返事だった。俺も腕の立つ相棒を探していたからだ。それがもう二か月前の事である。既に俺達は、息が合ったパートナーと呼んで良いだろう。見た目に反して繊細な魔術を放つライナムの前で、俺は敵に切りかかる。地下遺跡に無数にいる偽一角獣という名の魔獣を片っ端から片付け、多種多様な罠を解除している。  この日も一区画の攻略を終えて、俺達は遺跡から戻った。 「今日もよく働いたな。こういう日の麦酒って美味いよなぁ」 「ああ」  俺の言葉に、ライナムが頷いた。俺はまじまじとライナムを見ていた。そんな俺に気づいたように顔を上げたライナムは――さっと青褪めた……。そして目をそらすと、一歩後ずさり、腕を組んだ。 「飲みに行くのか?」 「ん? おう。お前は?」  努めて笑顔で俺は聞く。顔色の悪いライナムを見て、俺は嫌な気分になった。あからさまにライナムは、俺を見て表情を強ばらせるのだ。青い顔で俯いたライナムは、それから顔を上げた。 「俺も行く」  しかし断りはしない。俺と付き合うことが嫌というわけではなさそうなのだ。  ――元々、ライナムが俺に声をかけてきたのも、奴が魔術師であり、前衛を探していたからにほかならない。俺だって、腕の立つ後衛を探していた。利害の一致だ。魔術師と剣士のパーティはありふれている。お互いの腕が目的であるから、仕事さえ万全ならば、別段プライベートでの親交が必要無いというのは、俺もよく分かっていた。性格の不一致があったとしても、満足に依頼をこなせすことができれば、それで良いのである。  それから俺達は、近くの酒場に移動した。  ここは、ライナムが俺に声をかけてきた思い出の場所である。  ――思い出。俺にとっては、思い出だ。  俺はライナムほどの名だたる魔術師に声をかけられて、正直嬉しかった。  ただ、今では、それだけではない。  俺を見るたびに顔色が悪くなるライナムを見ていたら――いつの間にか、俺は奴から目が離せなくなってしまったのだ。じっとライナムを観察しているうちに、俺は、俺には向けられない様々な表情を知った。時にライナムは優しく微笑む。例えばそれは、酒場の庭に咲く百合を見た時だ。星空を見上げる時の瞳も温かい。俺は、そう言うライナムの顔が好きだ。こうして見ていくと、それまで意識していなかった顔面まで恰好良く思え始めた。奴は、顔色は悪いが、決して顔が悪いわけではないのだ。 「乾杯」  二人で奥の席に陣取り、運ばれてきたジョッキを合わせる。心地の良い炭酸に、俺は喉と体を癒される。それからライナムの様子を伺い、俺は思案した。ライナムが俺を苦手なのは、仕方がないのかもしれない。だが、可能ならばライナムの苦手とする箇所を直して、俺はライナムに好かれる人間になりたい。二十四年もこの調子で生きてきたから、すぐに変わるのは無理かもしれないが、努力して、そしてこれからも一緒にいたい。そう――俺は、ライナムに恋をしている。 「何を頼む? ライナムはいつも、レーザ鶏のたたきだよな? 俺は黒レフェル菜の塩サラダと……あ、エリンギ美味しそうだな」 「任せる」 「了解。じゃあ、青バレラ芋の揚げ物と、イカの串焼きと……うん、まぁ、こんなもんか」  俺はいつもと似たようなメニューを注文した。似てはいるが、酒場のその時々のオススメメニューから注文しているから、毎日同じというわけではない。それらが運ばれてくるまでの間、俺はひとしきり本日の地下遺跡での出来事を口に出して振り返った。寡黙なライナムは、時々静かに言葉を挟むだけだ。ジョッキを見ながら語っていた俺は、料理が一度に運ばれてきた時、笑顔で受け取った。それから、食べようと、そう言おうとしたのである。すると目が合った。結果――ライナムが慌てたように俺から目をそらした。 「――あのさ」  思わず俺はジョッキを置いた。胸が痛い。このような態度を好きな人にされると、とても辛い。 「俺、お前に何かした?」 「別に」 「じゃあなんで、いつも俺から目を逸らすんだよ? 顔色も悪くなるし」  聞かないでいるつもりだったのに、僅かに酔っているのも手伝い、この時俺は止められなかった。 「それは――……っ」 「言ってくれよ。俺、出来ることなら、直すから」 「……直す?」 「俺はこれからも、お前と一緒にいたいんだ」  我ながら情けのない声を出してしまう。だが、俺なりに切実だったのだ。 「――本当か? 俺と一緒にいたいと、そう思ってくれるのか?」 「当たり前だろう! 俺、お前のことを、良い相棒だと思ってる」 「相棒……」  俺の言葉を反芻してから、ぐいとライナムがジョッキを傾けた。 「悪いが俺は、ロイドを相棒だとは思えないんだ」  そして響いた突然の言葉に、俺は目を見開いた。すぐにその瞳が潤んだのは、酔っていたからではなく、純粋にショックだったからだ。深々と胸を抉ったライナムの声に、俺の全身からは力が抜けた。座り直し、俺は俯いた。手の甲を持ち上げる。 「――ロイド? 泣いてるのか?」 「聞くなよ……どうせ俺の実力では、Aランクのお前には物足りないだろうな」 「っ、悪い、違う。そういう意味じゃない」 「じゃあなんだよ? フォローなら不要だ」 「俺は……ッ、その……ずっと……初めて会った時から、だから……ロイドの事が……好きだ」 「へ?」  ポツリと溢れたライナムの言葉を俯いたまま聞いていた俺は、その時驚いて顔を上げた。 「ずっと好きだったんだ。だから、どうしても話がしたくなってパーティの相棒の話を持ちかけた。そして今では、この関係を解消されるのが何よりも怖い。迂闊な事をして、お前に嫌われるのが怖かった。だからいつも俺は――顔色が青くなっていたんだろうな」 「え?」 「それに、お前に、このお前を好きすぎる気持ちに気づかれるのが怖かった。それだけじゃない。お前が好きすぎるからなのか、そばにいると緊張するんだ。意識しすぎて、体がうまく動かなくなる。挙動不審に思われたくなくて、俺はいつも必死で……」 「ライナム、それって……」 「ロイドの事が好きだ。お前は覚えていないだろうが、俺は過去に一度、大剣士のエグナンス様に会いに行った事がある。その時に、お前に出会った。そこで俺と同じ歳なのに既に魔獣を屠っていたお前を見て、憧れを抱いた。だからこの街で再開して、名前を聞く前から、お前だとすぐに気づいた。そして一目見てから、ロイドの事が頭に焼き付いて離れなくなったんだ」 「……ごめん、覚えてない」 「だろうな。あの幼き日、お前は俺を励ましてくれたんだが――……そう、ロイドが忘れているとしても、俺の原動力は、お前のあの言葉だ。『やりたいならば、冒険者になれば良い』と言ってくれたんだ。あの日、俺は初恋にも堕ちた」 「――ん? あれ、それってお前……ライナムってもしかして、貴族だったりするのか?」 「ああ。昔の話だがな。俺は、お前の言葉を聞いて、家を出る決意ができた」  俺は、師匠との修業中に、いつか貴族の少年がやってきた事を思い出した。俺の初恋の相手だ。あの時は、小型犬に思えたが――言われてみれば、ライナムに似ている。だが、この世界において、恵まれた貴族の家を捨てて冒険者になるなどというのは、本来では考えられないことだ。貴族に生まれた魔力持ちの仕事は、宮廷魔導師と決まっているのである。その少年は、どうしても遺跡に言ってみたいのだと師匠に話していたから、だから当時の俺は深く考えずん、やりたいことをやれと励ました記憶がある。幼かった。けれど今、同じ相談を受けても、俺は同じように回答するだろう。少なくとも俺は、それを信条に生きているからだ。 「ロイドは俺の憧れだ。だから、無様な姿を見せたくなかったし、浅ましい姿も見せたくなかった。再会した今、更に強く思うようになったんだ。お前は、本当に綺麗だ」 「……ライナム……」 「愛してる。例えば、先程の店員にお前が笑顔を向けるだけで、俺は殺意を覚える。酷い独占欲だ。こんなものは、相棒間の感情じゃない。俺は、お前が好きなんだ。ロイドを――そういう対象としてしか見る事ができない」 「そういうって……」  俺の頬が熱くなった。火が出そうだ。硬直した俺は、パクパクと唇を開いては閉じるしかできない。何を言って良いのか分からない。 「だからロイドは、何も変わる必要なんてない。直す必要もない。俺側の問題なんだ。ロイドは何一つ悪くない――ただ、これからもそばにいて欲しい。お前が俺を相棒として望んでくれるだけで、俺は幸せだ。俺はお前をもう手放したくない」 「俺もずっとライナムのそばにいたい……」 「ありがとう」 「……俺は、相棒だと思ってる。け、けど、それだけじゃなくて、あの……その……ダメだ、指示語しか出てこない……」 「ロイド?」 「俺も……だから……お、お前の事……が……え、えっと……」  俺は意を決して告げる事に決めた。 「ライナムの事が好きだ」  するとライナムが目を見開いた。だが――この時、相棒の顔は、青くはならなかった。  俺と同じように真っ赤になったライナムは、ゆっくりとジョッキを手に取ると、静かに傾けた。それから、まるで花や空を見るときのような笑顔を、初めて俺に向けた。 「本当か? 嬉しい。ならば、俺の恋人になってくれるか?」 「う、うん……俺で良ければ……」 「お前が良いんだ」  俺は、交わした言葉に胸の高鳴りを感じた。それから二人で、食事を平らげながら、初めてと言えるほど和やかな空気の中で過ごした。小さく微笑むライナムは饒舌になり、科目だという印象が吹き飛んだ。話しても話しても言葉が尽きない。  酒場の閉店時間まで話した後、俺達は上階に取っていた客室へと向かった。  抱きしめられたのは、部屋に入ってすぐのことだった。 「――他にも、青褪めていた理由はある。ずっとこうしたかった。してしまいそうで怖かった。お前の気持ちなどすべて無視して、体を暴いてしまいそうになる恐怖だ。俺はお前を傷つけたくなかったのに、毎日自分を律する事が苦しかった。ずっとロイドが欲しかった」 「……俺も。俺もライナムと一緒にいられて、すごく幸せだ」  このようにして、顔色の悪かった相棒と、俺は新たな関係を築くに至った。  俺達は恋人になったのである。  ――その後、グリフォンの地下遺跡の最下層に初めて到達した伝説のパーティとして、俺達二人の名は大陸中に響き渡る事となる。

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