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第3話
梅原はデッサンに集中しているのか、背後の椙澤の存在に気付いていない。
「へぇー梅原って絵うまっ」
鉛筆ひとつで顔の明暗、髪の毛のツヤまでも再現されていて黒の線が重ね合わさっただけなのにこれは写真なのではないかと錯覚するほど。今にもこの絵の中の俺が瞬きして動き出しそうで思わず呟いてしまった。
「なっ!?み、見ないでよっ」
梅原は椙澤の存在に気がつくと振り返っては、両手でデッサンした絵を隠そうとしてくる。
耳朶が徐々に血色づいているところから、恥ずかしがっているのだと伺える。何時も涼しい顔をして一人でいるし、先程は「僕は自画像描くんで.......」なんて言っていた奴の意外な反応に胸が燻られる。
「いいじゃん、俺の似顔絵なんだし。それにお前上手いよ。俺なんか見てみろよ、こんなんだぜ」
椙澤は自分のクロッキーブックを持ってくると梅原に手渡した。本当は誰かに見せるのですら羞恥を覚える程の画力の無さだが、少しでも笑いの種になるような気がして自虐的になる。
すると、予想以上に梅原のツボをついたのか、「へたっ」とお腹を抱え笑っていた。
「そ、そんなに笑わなくてもいいだろっ」
「だって、目の位置も眉毛もちぐはぐで福笑いみたいだし、僕こんなに顔長くないよ」
軽く笑いを攫う程度のつもりが、大爆笑をされて内心傷つきながらも梅原が笑っている表情は初めて見たかもしれないことに気づいた。
長い睫毛が揺れ、鋭く睨むような眼差しが目尻に皺を作って細められる。
この出来事を境に椙澤は梅原を構うことにハマっていった。単純に彼の色々な表情を見たくて、俺だけの目に映しておきたくて.......。
昼休み、多岐野や佐々木を始めとするクラスのやつらとバスケをするのが日課だった椙澤は真っ先に屋上へと向かう梅原についていくようになった。彼が隣でスケッチブックに絵を描いているのをじっと眺めているだけだったが、それが、小学校低学年の頃、絵が上手い高学年のお兄ちゃんに絵をせがんでいた記憶を想起させる。
梅原も俺が無茶ぶりをしたら、多少嫌な顔をされるが参考資料がなくともサラッと描きあげてしまうので、調子に乗って何度も要望しているうちに「君も描いてよ」と鉛筆を差し出されてしまったので描かざる負えなくなってしまった。
毎回壊滅的とも言える絵を梅原に披露しては、
「ホントひどい」なんて嘲笑われるが、不思議と不愉快な気分にならなかったのは、唯一梅原が俺にだけ見せてくれる表情だからだ。
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