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振り回されても、それでも

 言葉もなく凝視する周一郎を、辰史は横目で窺っている。十分くらいそうしていると、はっきりと聞こえないが、ずっと遠くからマイクで話している声がする。 「スポンサーの紹介を兼ねて、休憩してるんだよ」  あと、花火の名前とか説明な。首を傾げている周一郎に、辰史が教えた。  なるほど、と呟いて首を戻すと、辰史と視線が絡む。  へへ、と笑う辰史が嬉しそうで、周一郎も笑い返した。 「良く知ってるんだな。花火好きなのか?」 「大抵のヤツは好きだろ? そうじゃなくて、周が楽しそうだから嬉しいんだよ」  え、と周一郎が口を開きかけた時、また夜空に花が咲き、腹の底から突き上げてくる音に世界は自分たちの音を失う。  隣では、それを見上げながら音の隙間を縫って辰史が大きく声を上げていく。  あれが一番オーソドックスな〈変化菊〉、地味なのが〈椰子〉形で判るだろ。〈輪星〉も地味だけどハートが可愛いから女子に人気。ここからは見え難いけど、次々連続で上がるのが嬉しい〈スターマイン〉全然見えないのが、低いところでやる〈ナイアガラ〉。長く楽しめるのが〈千輪菊〉で、ちっさいのがいっぱい飛び出てくるくる回るのが健気だろ。それから俺が一番好きなのは――  ひときわ大きな音が大地すら揺るがし、高く高く上がった金色の光が、色を変えながら尾を引いて降って来る。  ここまで届くんじゃないかと手をかざし目を眇める周一郎に、辰史が体を寄せた。 「冠菊(かむろぎく)、一番派手なのな」  音もなく動きだけで復唱する唇に、そのまま辰史の唇が触れた。一瞬で逃げていくそれに気付いた時には、フィナーレを飾るかのように次々に全ての種類が打ち上げられて、顔を見ようとした周一郎はまた空へと視線を戻した。  ただ、そのまま消えてしまうのではという不安に駆られて伸ばした手は、しっかりと辰史の手を握っていて。辰史もそれを振り払いはしないで握り返してから、自分の腰に誘導した。  光が消えても、ちりちりと火の粉が空気を焦がしている気配が続いている。  もう終わったんだろうなあと、また微かに伝わってくるマイクの声を耳にしながらも、諦めきれずに空を見上げたままの者が多く、さっさと踵を返して階段へと向かう足音を聞きながらも、ふたりはその場に立ち尽くしていた。 「――なんとなく、たまやって叫ぶ人が多いけどさ」  再び口を開く辰史は、もう見上げるのを止めて周一郎を見ていた。 「本当は鍵屋が本家で、玉屋が分家なんだってさ。知ってた?」  言い易いからたまやなのかなあ、とくすくす笑う辰史に、周一郎はどう言葉を掛ければよいのか逡巡する。 「なにがきっかけで始まるか、わかんねえもんだよな」  自嘲する様に、目を細める目の前の美形は、何を考えているんだろう。  それは、花火の話なのか、それとも――  ようやく諦めの付いた人波に紛れるように、辰史が体を翻して歩き始める。そのまま見送ればよいのか身動きできずにいると、出入り口をくぐる前に振り向いて手が上がる。その指先は、バイバイではなくおいでと招いていた。  ああ、なんかもういいや。いっぱいいっぱいだし。  周一郎は、少しだけ苦笑してからようやく足を踏み出した。  振り回されても、傍に居させてくれるのなら。  自分だって、まだこの気持ちに名前なんて付けられはしないのだから。      了

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