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第1話

「乾杯っ!!」 合わせたグラスの音が響き、その中身がまるで吸い込まれていくかのように一瞬で消えていく。 「っあーーーーーーっ!!!」 「でっけーよ、声。」 小さな部屋に響き渡る声。何故だか始まった二人だけの同窓会。 学校を卒業してから、久しぶりに皆が集まった地元の成人式。来ていた奴らとの同窓会という名目の飲み会の後、暑い位だった店から出ると凍えるような空気に一瞬で冷え切っていく体。震えながら、この後はどこへ行こうかと相談をしている人々を眺めていた俺のことをそっと引っ張る腕。 「俺の家に来ないか?」 学生時代に話したのはほんの数えるほど。 「俺?」 引っ張る腕を間違えたのではと思い聞き返すと、俺の目を見てうんと頷き、ようやく話がまとまって二次会へと明るい店の立ち並ぶ方に向かう団体とは別方向の静かな住宅街に向かって歩き出した。 「嫌なら……いいけど。」 小さく呟く声にどうしようかと後ろを振り返ると、集団は俺達には気が付かずに通りを曲がってすでに見えなくなっていた。 「分かった。」 そう言って見えている背中を追って横に並ぶ為に少し早歩きする俺を待つその背中が少し揺れた。 「何?」 並んで歩き始める俺を視線だけ落として見ると、別にと言ってポケットに手を突っ込んだ。 「コンビニ寄って、買い物して行こうか?」 「うん……なぁ、何で俺なの?」 疑問を口に出すも、別にと言うだけで答えてはくれない。 近場のコンビニで酒とつまみになりそうな物、そして朝食を買い込んで、再び夜道を歩き出す。 会話は夜の帷に吸い込まれるように消え失せ、静かな道を口を閉じたまま俯き歩き続けた。 「ここ。」 突然言われて踏み出した足を数歩戻す。 「どうぞ。」 小さなアパートの一階の扉を開けて俺を見つめる目。 入ったら…… 「入らないの?」 扉にもたれかけていた背中を離し、俺を見つめる目が隠れそうになる瞬間、手が扉にかかって中に駆け込んでいた。 「お邪魔、します。」 テーブルにガサっとコンビニの袋を置いて、中から二人分の朝食を取り出すと冷蔵庫に入れ、グラスと取り皿を持って戻って来た。 二つのグラスに黄金色の炭酸が注がれ、ほらと言われてグラスを合わせた。 「なぁ、何で俺を誘ったの?」 何度目かの質問にもやはり答えることはなく、透明のグラスが再び黄金色に変わっていく。 「何で、だろうな?」 俺から視線を逸らして、斜め上の天井を見上げる。 「聞いてるのは俺の方なんだけど……」 不貞腐れたように口を尖らしてグラスに口をつけようとした途端、グラスに手が覆いかぶさってきて、つけようとしていた唇が手の甲に当たった 「何す……っ?!」 見上げた俺の目とぶつかったそれは、先程までの俺を惑わすものではなく、学生時代に感じていた熱い眼差し。 「気付いてたんだろう?」 「知らない!」 グラスに置かれた手が離れて、ゆっくりと俺の唇を親指でなぞる。 「気付いて、いたよな?」 ガタッとテーブルが揺れる。力を入れていた腕が俺の頭を庇い、二人して床に倒れる。ぶちまけられた液体が髪を伝い雫となってポタポタと俺の顔に落ちた。 「大丈夫?」 つむった目を開くと、心配そうに覗き込んでいた顔が一気に赤くなる。 「っんだよ!?今になってそんな顔!反則だろう!?」 先程までの作られた余裕のある顔とは違う素の感情が流れ込み、こちらまで恥ずかしさが伝染する。いやでも赤くなっていく顔。 「んなこと言ったって……っ!?」 はっと何かに気が付き、口をぽかんと開け、目を丸くして俺を見つめる。しかし、すぐにニヤリと口端を上げて俺を問い質した。 「……マジで?なぁ、その顔!なぁ!?」 嬉しそうな笑みに俺の顔はどんどん赤くなり、恥ずかしさから横を向いて腕で隠す。 「顔、見せろって。なぁ?」 「やだ……」 ぐいっと腕を引っ張られ、覆い隠していた顔を曝け出される。 「やめろって!」 恥ずかしさを隠す為に大声を出して引っ張られた腕を戻そうと力を入れると、床にぐっと押しつけられた。 「痛っ!」 「なぁ、いつから?」 逃さないと言うようにぎゅっと掴まれた手に力が込められ、痛みに呻き声が漏れた。 「うっ!」 そんな俺を見て高揚する顔。舌で唇を舐めて、俺に顔を近付けてくる。 「いつ、から?」 「分から……ない。でも、いつからか視線には気が付いては、いた。」 へぇと目が意地悪く薄く閉じる。それでさとにやにやしながら続けた。 「何で、そんな俺について来たの?」 「分からない。」 「朝食まで買ってさ。」 「それは!買えって、言うから……」 「でもさ、飲んで遅くなったとしても地元なんだから歩いて帰れるよな?帰る気があれば……泊まるかなんて聞いてないんだから、買えって言われても買わないだろう?」 ぐっと声が詰まる。 俺の心の奥深くまで曝け出させるように追い詰めていく言葉。じっと見つめる瞳から視線を逸らす。 「そんなの……分からないよ……」 「俺の視線に気がついていて、こんな風に組み敷かれても抵抗もしないで、朝食も買って、顔を赤くして俺を潤んだ目で見つめてるのに?」 「意地悪言うな!分からないって言ってるじゃないか!?」 大声を出す俺ににやにや笑ったままで本当?と言って、前髪をかき上げた。 濡れた前髪がぺたっとくっついて額が露わになり、その仕草に胸が高鳴った。 「ねぇ……俺の視線に気が付いていて、何で家までついて来たの?」 俺の顔に垂れた雫を拭った指が俺の唇に触れた。 ドキッとして視線を戻すと、あの頃感じていた視線とぶつかり一瞬で時が戻る。鼻をくすぐるように学校の教室の匂いが香って来た。 「舐めて?」 押し付けられた指。拒否できない瞳に体が勝手に動いて舌を出した。 その舌を指が掴むと、顔が近付いて歯で舌を噛みながら唇が合わさる。舌が俺の舌先を舐めながら絡み合っていく。 「俺のこと、好き……だろう?」 合わさっていた唇が離れ、自信たっぷりの言葉に抗いの心は消え失せて、頷く俺を満足そうに見つめると、離した腕が背中に回って抱きしめられた。 「もう、離さない。」 意地悪そうにしていた顔が破顔し、抱きしめる力がその気持ちの強さを教えてくれる。 「夢のようだ。」 俺もだよ。 絶対に叶うはずはないと諦めていた最初の恋。その視線に気が付いたのは同じ気持ちを持っていたから。それでも君の周りで笑い合う仲間に勝てる気はしなくて、思い違いだと弾む心に言い聞かせた。学生時代の苦しくも淡い思い出。そうやって心の奥深くにしまい込んだ好きと言う気持ちを愛に変えて君にあげるから、俺をずっと離さないでいて。 「朝食、食べていくよな?」 再び合わさった唇。 「帰れるけどね。」 ふっと笑う目が俺の心を暖かくする。 「もう、帰す気はねぇよ。」 入ったら…… 部屋に入る直前に感じていた直感。 もう戻れない。 この先に続く道の険しさを思って躊躇した足。 それでも今は…… 抱きしめ合う体の温もりに、躊躇いなく腕に力を入れる。 もっと近付きたい。体温を感じたい。不安も恐怖もその温かさで溶かして欲しい。 俺の心の声が聞こえているかのように、俺をしっかりと強く抱きしめる。近付けた顔、熱い吐息が耳にかかる。 「くすぐったい。」 ふふっと笑う俺に、嘘みたいだと泣きそうな顔で微笑んだ。 「俺もだよ。だからもっとその温もりで、体温で俺に教えて?これが嘘でも夢でもないって。現実なんだって、俺に教えて欲しい。」 胸に顔を埋めると、体が震えた。 「あぁ、いくらでも、何度でも、お前が分かるまで教えてやるよ。」 この先の全ての時間を使って、俺に教え続けて欲しい。 温もりと熱さを感じながら、俺達の終わるはずだった初恋が続いていく。

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