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第2話

「あ、違う……」  なんとか、言い訳をしたい。それなのに、声が詰まって何も言えない。幼稚園ぐらいなら頭で思い込んだことが、そのまま口にできるのに学年が上がっていくとできなくなっていった。 「なんで泣いてんの?」 「え……えーとなんでも」 「なくねぇだろ」  俊にい怒ってる? だめだ、いざとなると言葉が出てこない。  「泣かせたのは誰だ? 俺がとっちめてやる」  俊にいは強く抱きしめてくれた。前に抱きしめられたのは幼稚園でじゃれていた時以来で、腕の力や肩幅の厚さ、そういうところから大人に成長したのだと感じる。  失恋なんて生まれて初めてするから知らなかった。こんなにキツくてつらくて死にてぇなんて……。そりゃ、初恋ヒートの死因にもなるな。  泣かせたのは俊にいと言えなくて黙っていれば俊にいの様子が変わった。 「嵐馬、やっぱりお前どうしたんだ……ってか、花の香りがする。桜か……?」  俊にいはクンクンと部屋の匂いを嗅ぐ。部屋には芳香剤もないのに匂いが充満しているらしい。俺には俊にいが言う桜の香りがわからなかった。 「嵐馬から匂いがする……」  少し興奮気味の俊にいの顔が俺の胸元にきた。直接、肌に感じる吐息に心臓の音が重なる。また、首筋に汗が滑り落ちた。 「え、俊にいってアルファだっけ……?」  ドキドキ、と胸の高まりが止まらない。昔、性別を聞いたことがあった。だけど、その時はベータだと言っていた。だから、アルファじゃないと思い込んでいた。 「ごめん、嘘をついてた。嵐馬を怖がらせたくなくて」 「怖がるって……」  でも、アルファだと知っていれば俊にいの家に行くことは減っていたかもしれない。だって、自分じゃコントロールできない体調の不具合で迷惑をかけてしまうから。 「俊にいのことなんて怖がるわけねぇだろ」  初めて自分からキスをした。誰にもキスをしたことないから正真正銘のファーストキスだ。これもそう初恋ヒートの症状のせい。触れるようなガキっぽいキスになってしまったけど、俊哉にいに返されるキスは頭がクラクラするほど気持ちがよかった。 「で、俺のこと好きだってわかってくれた?」 「え?」 「そりゃ、アルファとオメガなら性別的にくっつくだろうけど、俺そういう性別で意思まで決められんの嫌でさ。嵐馬に自覚してもらうまで待ってた」  俊にいの額から汗が流れる。俺と同じ熱を持っているように見えた。綺麗に流れる汗を辿っていけば、必然と俊にいと目が合う。パチン、と小さな火花が散ったように熱が上がった。 「そんな見ないでくれよ」  至近距離に耐えきれなくなって目をそらす。 「嵐馬が俺を見てくるからじゃん」  そんなことを言う俊にいの表情を見たくて、少しだけ目線をずらせばまた小さな火花が散った。 「ほら」  昔と違い成長しても変わらないのは俊にいの笑顔だ。優しい目元に低くなってもやわらかい声。スマホにはそんな俊にいの笑顔の写真がいっぱい保存されている。 「いやーでもよかった。嵐馬からの好意を自惚れだと思った時期もあったんだぜ。まさか自覚がなかったとはな」  俊にいはサラッとそんなこと言う。俺が言えばどもってしまうだろう。 「好意って、俺そんな風に接してたっけ……?」  長く一緒にいたせいで、それが当たり前になって気づけなかった。俺、俊にいにどんな好意を向けていたんだろう。 「無条件で笑顔くれるの好き」 「え、俺いつも俊にいに笑ってた? うわ、それキショいやつじゃん」 「キショくないって、俺以外にも笑ってたらあれだけど。もしかして自覚なかった?」  そうやって、俊にいも笑顔を向けてくるのはずるい。目元だっていつも優しくて。自分の体温が嫌でも上がっていくのがわかった。 「嵐馬は昔から純粋なんだから」  まるで桜の木を愛でるような目で見てくる。彼女に向けるような目線に心臓がドクン、と跳ねる。 「なぁ、今まで通り近所のお兄さんでもいいけどさ。これからは俊哉って呼んで」 「は? そんな急に……」 「いいじゃん、呼び方変えるぐらい簡単だろ? もしかしてできねーの」  挑発するかのような物言いに、カチンときた。 「は? できっし」 「じゃあ、呼んでみてよ。さん、にー、いち、どうぞ!」 「し、しゅん……や……」  ついクセで『にい』と言いそうになり軽く舌を噛んでしまった。それでも呼んだことに代わりはない。目線をあげれば、俊にいと目が合う。 「なーに、嵐馬」  よく言えました、と髪の毛をくしゃりと撫でられる。いつもならセットを崩されて怒るけど、この後特に予定はない。それよりも俊にいに頭を撫でられる方が嬉しかった。 「なんか、俺だけ言いようにされて不公平だ! し、しゅんやも何かしろって」 「例えば?」 「あ、えっと……そうだな……」  例えば、と言われたら思いつかない。だけど、このまま引き下がるのは嫌だ。俊にいが照れそうなことと言えば……。

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