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第18話
放課後、竜ヶ崎は生徒との接触を禁じられているが、構わずエントランスで人を待つ。それも一年の靴箱に寄り掛かって。
それから暫くして、「竜ヶ崎さん、威圧的なんでここで待つのやめてもらっていいですか」と声のする方に顔を上げると、弓月と同じような漆黒の黒髪を持った男が竜ヶ崎に呆れた視線を送っている。
「何の話かは何となく理解してますけど、場所移動しましょう」
竜ヶ崎の用件を聞かずに、革靴に履き替える男の背格好は弓月にクリソツだ。竜ヶ崎は乾いた笑いを飛ばして「どこまでも取り憑かれてんな」と一人ごちる。
竜ヶ崎と男は学校を出て少ししたところから横並びになり、男から重苦しい空気を漂わせて口を開いた。「三浦先輩、どうなんすか」。
「今日から検査入院して、問題なければ明日明後日、退院らしい」
「……怪我の具合は?」
「頭部に10針以上縫ったが、それ以外の傷は無かった」
「……アンタが巻き込んだんな」
これに無言で返すと、男は出し抜けに竜ヶ崎の胸ぐらを掴む。
S校内外で最強と謳われる竜ヶ崎に、怒りの矛先を向ける年下の男は肝が据わっているらしい。胸ぐらを掴んでいる男の細っこい腕からは考えられない力で胸ぐらを掴み、眼光鋭く竜ヶ崎を睨め付ける。
その様は、まるで竜ヶ崎の思惑と同じだ。
「アンタ。今まで負けなしじゃ無かったのかよ。この間まで三浦先輩を傷一つ付けてこなかったのに、なんで今回10針以上も縫う大怪我を負わせてんだよ!」
竜ヶ崎は返す言葉もない。
「……何人相手だったんすか」
「覚えてない」
「——っはぁぁぁー。何で僕を加勢に呼ばないんすか! ぱっと見で数えらんない程いたんなら、そりゃ隙作られるでしょ!」
胸ぐらを掴んでいた手を放し、頭を抱える男。「僕だって三浦先輩を守るためにそこそこ使えるようになったってのに」。
「呼ぶ暇なかった。昨日、弓月とは別行動だった——仕組まれてたが」
「三浦先輩は足止めされてて、どうしてか竜ヶ崎さんのいる場所まで来てしまった、と」
竜ヶ崎がそれに頷いて肯定すれば、「だとすると、竜ヶ崎さんだけが狙いだとも取れるけど、実際は第三者が絡んでいて、ソイツが三浦先輩をその現場に近付けたくなかった、とも取れますね」と男は首を傾げた。
(コイツ……。ますます不愉快な男だ)
「お前が以前俺に接触してきた日、昨日の騒ぎの主犯だった岡田のとこの連中が、ちょっかいかけた後だったんだよ」
「あー……あそこは最近荒れてるって聞きます」
「今年そこから転校してきた奴が、ウチにいんだよ」
「そんで弓月を誑かしてた」と言うと、男は目の色を変えてくる。それから、どんな奴だったのかと聞いてくる男と言葉を交わしていると、久々に弓月の純粋で可愛らしい表情と重なってしまう。
「じゃあ、三浦先輩を誑かしてたソイツが今回騒ぎを起こした張本人じゃないっすか! めちゃくちゃ簡単に見つかりましたね!」
「……ゆづがそれを否定した」
詳しくは、弓月が菊池の存在を隠した、という方が正しい。情でも移ったのか、竜ヶ崎よりも菊池を庇ったのだ。回顧する度に沈痛な面持ちを隠せない。
「否定されたから何ですか。まさか、ウチの三浦先輩を信じねぇなんて馬鹿げたこと考えてないでしょうね」
竜ヶ崎は年下の男に挑発、或いは煽られていると直感で感じた。そして、瞬間的に感じた怒りを気のままに男の胸ぐらを掴み返す。「ウチの? 誰にもやんねぇよ、オイ」。
地を這うような低音ボイスが威嚇には丁度いい。
「……はいはい、やっと通常運転の竜ヶ崎さんに戻りましたね。じゃあ茶番はここまでにしときましょう」
男は両手を上げて早々に降参ポーズをとる。呆気に取られる竜ヶ崎に「此処、まだ学校付近っス。騒ぎ起こすと、今度こそ退学っスよ」とため息を溢す。
「退学になれば、今回みたく臨時で僕を呼ぶだけに収まりませんよ」
そういうと男は気軽に問う。「で? 耳まで垂らして、何をそんなにしょげてんすか。三浦先輩が否定しようが、ソイツが事の発端かもしれない可能性があるんすよ。問い詰めない理由がどこにあります?」。
「お前、やっぱり嫌いだ」
「あざーす! さっきから弱気な回答しかしないもんで、もしかしたら、狂犬の耳が珍しく垂れてると思って、喝を入れてやったまでっスよ!」
(珍しくって……いつも見てきた素振りを見せやがって)
そう言って、「僕はただ、三浦先輩を敬愛しているだけなんで、安心してください」と男は屈託なく笑った。
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