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中身は天使じゃない僕はテディベアくんを捕まえようと思う

母の故郷であるフランスのリヨンで生まれてからずっと向こうで暮らしていた僕、立花瑠衣(たちばなるい)は父の仕事の都合で9歳のときに日本に引っ越しした。 母とはフランス語で会話し、父とは日本語で話していたからどちらも完璧に喋ることができる。SNSもフランス語・日本語どちらも見ていたので、若い子の話し方でもちゃんと理解できていた。 だけど日本の学校に通いはじめてすぐは様子見のため、日本語があまりわからないフリをしておいた。 転校した先は両家の子息ばかりが通う私立学校で、基本的には育ちのいい子が揃っているはずだ。 しかし転校してすぐに気づいたけど、あるグループの子たちが身体の大きな子を標的にして軽くいじめているようだった。 「太っちょ」とか「クマみたい」とか、程度の低い悪口や嫌がらせばかりだったけど、正直見てるだけでも不快で面倒くさいなって思った。 やっぱり今後も言葉がわからないフリを続けて、レベルの低いここの生徒達とはあまり関わらないことに決めた。 そんなわけで僕は1人で居ることにしたんだけど見た目がちょっと違うのが気に障るのか、いじめっ子が話しかけてくるようになった。 物心ついた頃から自分の見た目が他人より優れているのはわかっていた。それで、なるべく可愛く見えるように「僕何もわかりません」って態度でやり過ごそうとした。 だけど、僕が強く言い返さないのがわかって調子に乗ったいじめっ子達はふざけて僕に変な日本語を教えるようになった。 「先生には、”お前”って言うのが一番丁寧だよ」 「先生に話すときは、”~~しろ”って語尾に付けないと失礼なんだ」 などなど。 馬鹿げてると思ったけど、先生も僕が日本語をよくわかってないと思ってるわけだからまあいいやと思って言う通りやってやった。 するとこんなくだらないことでそのいじめっ子達は大笑いしているのだった。 ーー本当に程度が低いよね…… うんざりしながら通学していたある日、またいじめっ子が僕に変なことを教えて言わせようとした。 「先生が来たら立ち上がって言うんだよ」 親切そうな顔をして転校生に嘘を教えるなんて本当に性格悪いよね。大体、この指示が通じてる時点で僕が日本語理解してるって思わないわけ? まあいいや。 先生が来たから仕方なくのろのろと立ち上がってその言葉を口にしようとした。そのとき後ろの方の席でガタガタっと音がして振り返ると例の背が高くてふくよかないじめられっ子が立っていた。 ーーなに……? 「もうやめなよ……!」 彼は震え声でそう言って、みんなの注目を集めてしまったら怖くなったのかすごすごとそのまま席について背中を丸めている。僕はちょっと吹き出しそうになってしまったけど、どうやら僕のことを助けようとしたらしいとわかってなんとなく胸がほわっと温かくなるのを感じた。 ーーなんだ、クマみたいな大きな体のくせに臆病者だなって思ってたけど少しは勇気あるじゃん 彼が僕の発言を遮ったせいでいたずらが失敗したことに怒ったいじめっ子たちは、再びクマくんのことを標的にしはじめた。 お陰で僕に絡んでくる子がほとんど居なくなったのでせいせいした。 クマくんがいじめられてるのはちょっと可哀想かな。とはいえ、僕の見た目が綺麗だからちょっと格好つけようとしてるだけだと思うので助けはせずに放っておいた。 そんな彼とあるとき不思議な接点ができた。僕のパパと彼のパパが同じ会社の先輩後輩の間柄だったのだ。 僕のパパが帰国したお祝いにと、クマくんのパパが僕たち家族をディナーに招待してくれた。 彼の家は立派な白亜の邸宅で、彼のパパはスラッとした美男子だった。僕はそれを見て驚き、彼のママが清楚な妖精みたいなオメガ男性なのを見て更に目を丸くした。 ーー何?クマくんってもしかしてクマじゃなくサラブレッドなの? とはいえ、僕が個人的に関わるほどの相手ではないと思う。 夕食の後彼のママが「子ども同士お部屋で遊んできなさい」と言うので彼の部屋に案内してもらった。 僕と2人きりになったらどうせ彼も他の子達と同じように僕にすり寄ってきて「仲良くしたい」とか、「手をつなごう」とか言ってくるんだろう。 これまでも色んな男の子にそう言われてきたからそんなことには慣れていた。 変なことをしようとするなら、僕には「カラテ」の心得もあるから何も恐れることはない。 だけど部屋に入るなりクマくんはこう言った。 「あ、あの……もし僕のことが怖かったら、遠慮しないでパパたちの所へ戻っていいからね」 え!なんだって?僕に部屋を出てけっていうの? 僕はなんとなくムキになって言い返した。 「どうして怖いの?ちっとも怖くなんかないよ」 すると彼は、自分の身体が大きくてクマみたいだから怖いだろうと言う。 はっ!?怖くなんてないし? 僕はあえてこう言った。 「そうなんだ?僕クマさん大好きだよ」 すると彼の顔がパッと輝いた。僕はそれを見て自分でもよくわからない衝動に駆られてこう言った。 「ねぇ、ぎゅっとしてみていい?」 そして彼がびっくりして言葉にならない声を発しているのを無視して抱きついた。人が驚くことをするのはいい気分。 それにたしかに彼は大きい。僕がリヨンに住んでいた時部屋に飾っていた一番大きなテディベアみたいだ。 そのことを彼に話すと、ふわっとなんとも言えないいい匂いがただよってきた。 なんだろうこれ?すっごく落ち着くんだけど……このままクマくんをベッドにして眠りたいくらい。 僕はお礼なんて言うつもりは無かったのに、以前いじめっ子から庇ってくれたことに対してありがとうと言った。 すると彼ははにかんでしどろもどろになっていた。 ふーん。褒めても調子に乗らないなんて……随分謙虚なんだ? なんだか僕は転校してきてからずっと肩肘張っていたのが解けていくような気がした。誰とも仲良くしなくていいなんて思ってたけど、クマくんならちょっと仲良くしてやってもいいかも。 帰り際にちょっと悪戯心が湧いて「またぎゅーしに来てもいい?」って耳打ちしたら彼は顔を真っ赤にしていた。 反応がいちいち新鮮。控えめなクマくん、ちょっと可愛いかも。 こんなこと家族以外に対して思ったのは初めてだった。 この日彼のパパやママと一緒に話してみてわかったけど、彼ってちょっと幼いよね。特にママのことが大好きなのはすぐにわかった。 普通に考えたらちょっとマザコンっていうか、キモっ!とか思っちゃいそうなところだ。でも彼の場合ものすごく素直に育てられてるんだなぁって思えて……むしろひねくれてる自分が少しだけ恥ずかしくなった。 それから僕は彼を見習ってちょっとは素直になる努力をした。クマくんとはすぐに仲良くなって、そこからずっと一緒に居るようになった。 クマくん……いや、克海(かつみ)くんは急にやる気を見せて勉強もスポーツも人一倍こなすようになった。 彼のパパを見てたら納得なんだけど、克海くんもどんどん背が伸びて痩せていって、いじめっ子は彼に何も言えなくなったのが愉快だった。あ、僕はクマみたいなぽっちゃりのときも抱き心地が良くて好きだったけどね。 悔しいけど僕は彼に助けられたときからずっと克海くんのことが好きなんだと思う。でも彼は未だに、もっと頑張って僕に振り向いてもらおうって思っているみたい。とっくに好きだけど、せっかくだからこのまま僕の気を引き続けてもらおうかなって思ってる。 ずるいと思う? そうだよ。僕ってずるくて嫌な奴なんだ。それは自覚しているけど、でも克海くんが僕のことを好きで居てくれる限り僕は自分のことを嫌わなくて済むんだよね。 だから誰よりも大好き。他の誰にもあげないよ、僕のテディベアくん。 END

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