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書籍化感謝編 出会った頃の二人③

ティータイムを終えると、早速桔梗先生による「初心者のための刺繍レッスン」が始まった。 チェストにしまっておいた刺繍セットを取り出し、ベッドの上に一つずつ丁寧に取り出す。 刺繍の束だけでも百本以上あり、シングルベッドの上があっという間に刺繍グッズで埋め尽くされた。 「えっと……何から手をつければ……」 並べたはいいもののあまりの量と種類に首を傾げながら困惑していると、その姿を見た桔梗が「ごめんね」と言いながら楓の頭をポンと優しく撫でた。 「楽しみすぎて、買いすぎてしまったんだ。実は……これだけでいいんだ」 そう言って桔梗はベッドの上に並べた中からビニール袋を楓に手渡した。 A四サイズの袋には「初めてでも出来る!刺繍キット」の文字とミモザの刺繍の写真。 「そうなんですか? こんなにたくさん道具があるから、僕にも出来るかちょっと不安だったんです……」 「大丈夫。楓は器用だからね、きっとあっという間に私より上手くなるよ」 「そ、そんな……! 期待しないでくださいね……」 「はは、じゃあさっそく始めようか」 それから楓は桔梗に教えてもらいながら一針一針丁寧に縫っていった。 初日は簡単なステッチの練習。 初めは刺繍糸を針に通すだけで苦労していた楓だったが、持ち前の器用さで一時間もするうちにミモザの葉の部分の刺繍を終えてしまった。 「桔梗様! すごく楽しいです! 」 「うん、やっぱり楓に向いていると思った。初めてとは思えないよ。……あぁ、本当はもう少し教えたいんだけど……」 そう言いながら桔梗は自身の腕時計を見ると「はぁ……」と眉間に皺を寄せながら大きなため息をついた。 「すまない、夕食の時間だ。そろそろ行かないと……」 「あ、もうそんな時間……」 楽しい時間はあっという間だ。 望月家では毎週日曜日の夕食は家族三人で食卓を囲むという掟がある。 どうやら誠一郎が決めたルールらしく仕事や先約がない限り毎週必ず守られている。 桔梗は行きたくなさそうな顔をしているがそれでもこの掟を破らないでいるのはやはり「家族は特別」ということなのだろう。 「また、来週。いや、時間が出来たら必ず会いに来るから」 「無理しないでください。その……桔梗様に教えてもらった刺繍がありますから。今度会えるまでにもう少し出来るようにしておきます」 胸がちくちく痛むのを気付かないふりをしてなんとか笑顔で答える。 桔梗は寂しそうに微笑みながら楓の頭を優しく撫でると「おやすみ」と言いながら部屋を出て行った。 バタンと扉が閉まる。 その瞬間、胸のちくちくが一気に体中に広がり気が付けば目じりから涙が溢れ、床にシミを作った。 ーーあれ、僕なんでこんなに寂しいんだろう。胸が痛い……。 桔梗が自分を目にかけてくれているのはきっと施設から連れてきた責任感からなんだろう。 それでも嬉しい。優しく微笑みかけてくれて気にかけてくれて僅かな休みを僕に使ってくれている。それだけで十分だと思っている。 だけど自分は桔梗の「特別」にも「家族」にもなれない。その事実が苦しくて痛かった。 ーーせめて、桔梗様と僕を繋いでくれるこの刺繍を僕も大事にしたい……。 その晩、ちくちく痛む胸を慰めるように作りかけのミモザの刺繍を胸に抱きしめながら眠った。

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