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第5話 二人の未来

 千歳のプレゼントを買いに、ショッピングモールへやってきた。  迷いに迷ったけど、マフラーは寒い時期限定になってしまうので、年中(ねんじゅう)してもらえるピアスにすることにした。  角度を変えると多彩な色に変わる石のピアス。千歳とあらかじめ予算を決めているので、それに収まる金額で。  本屋にも寄って好きな作家の小説を買い、コーヒーショップで一休みをしつつ、手提げ袋の中の赤い包み紙をみる(たび)、顔が綻んでしまう。  千歳は、喜んでくれるだろうか。  この気持ちに名前を付けてしまったあの日から、ソワソワと落ち着かない日々を過ごしているけど、たぶん千歳にはこの気持ちはバレていない。  もともと彼は、人の気持ちにちょっと鈍感っぽいところがある。夏頃に教室の隅で泣いていた女子に向かって、へらりと笑いながら「何泣いてんだ、元気出せよ!」と肩を叩いていた。  その女子はずっと付き合っていた彼氏にフラれて傷心していたのは誰の目にもわかっていたのに、千歳は特攻のごとく、物怖じせず自爆しに行ったのだ。    そんなことをしても皆に愛される千歳が羨ましくもあり、(うと)ましいと感じることもある。  相変わらず千歳は、風呂に入る時に自分の目の前で全裸になろうとする。それはもちろん、自分など眼中にないという気持ちの(あらわ)れなわけで。  少しくらい恥じらってくれてもいいのにと、ひとりよがりになる。  そして目を閉じれば、千歳の引き締まった体と精悍(せいかん)な顔つきが瞼の裏に浮かんでしまう自分。あぁ、なんて滑稽。  店から出て少し歩いたところで、見知った顔の人と目が合った。  高一の頃、同じ委員会だった女の子。  佐久間さんといったっけ。気付いた向こうも、気さくに話しかけてくる。 「創くん。久しぶり」 「うん。久しぶりだね」  同じ高校には通っているけど、佐久間さんとはクラスも校舎も違うので全く顔を合わせない。会ったのは実に一年ぶり。  聞けば佐久間さんも、友人のプレゼントを探しにやってきたのだと言う。  佐久間さんは平均身長より背が低めの自分よりも小さくて、可愛くておとなしい。本が好きなので共通の話題があり、人付き合いが苦手な俺でも、唯一緊張せずに話せる数少ない女子だった。  それからなんとなく一緒に、ショッピングモール内をブラブラした。佐久間さんの友人の好きな色や趣味を聞き出して、一緒にプレゼントを選んだ。  その日の夜から、彼女から頻繁にメールが来るようになった。『今何してた?』とか『大学へはいくの?』などと、クラスのグループメールと同じように他愛もない話をキャッチボールした。  そんなことが続いていたある日、教室ではあまり話しかけてこない千歳が、めずらしく自分の席にやってきた。  机の上に広げていた進路調査票をまじまじと見てくるので、裸を見られているみたいに恥ずかしくなる。 「な、何?」 「へぇ。創、東京の大学行くの?」 「うん。前から、ここに行きたいって思ってたから」 「俺も一緒の所へ行きたい」  語尾に被せられるくらいに唐突に言われ、固まってしまった。  一緒? 卒業したら、もう千歳との接点が無くなるなと寂しく思ってたのに、同じ大学へ行ってくれるの?  嬉し過ぎて破顔した。 「じゃあ、行こうか」 「……うん」  千歳は満足気に頷いて、友人たちのいる、いつもの定位置へ戻っていった。  しばらくはフワフワとした穏やかな気持ちになっていたが、そんな軽いノリで大事な進路を決めてしまっていいのだろうかと、遠巻きに千歳を見ながらより深く考えると、不安が(つの)ってきた。  確かに千歳と同じところへ通えるのは嬉しい。  でもそれって、千歳の人生をそばで見守ることになるんじゃないか。  もし彼にいつか、彼女ができたら?  俺はその時、笑って祝福ができるだろうか。  彼女と一緒にいる時間を大事にしたいから、創とはあまり会えないと言われたら?  途端に怖くなってしまった。  ぴこ、とスマホの着信音が鳴る。 『話したいことがあるんだけど、今日の放課後、ちょっとだけ時間あるかな?』と佐久間さんからメールが届いた。  彼女の俺への特別感情には、なんとなく気付いていた。  きっと自分が千歳を想うように、佐久間さんも俺を想ってくれている。それは奇跡のようで、本当にありがたいことだ。  佐久間さんを好きになれれば、千歳への恋情の息の根を完全に止めることができる気がする。  どこから湧いてくるのか分からない根拠を胸に、今日、彼女の気持ちを受け止めることにした。

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