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第7話 ぶっちゃけどこまで。
「それで、昨日はそれに夢中になってて、気付けば夜中の三時で……創くん、聞いてる?」
「あ、うん。聞いてる聞いてる」
ある日の放課後。せっかくのデート中なのに、上の空だったようだ。確か今は、佐久間さんが好きな作家さんの話と、気に入ってる小説の話をされていたはずだ。
笑って誤魔化すと、佐久間さんにムッとした顔をされる。
「繰り返した」
「え?」
「聞いてる聞いてるって、二回言ったってことは聞いてないってこと」
「ご、ごめん」
「嘘だよ。本気で怒ってるんじゃないから、気にしないで」
ドーナツを頬張る佐久間さんはやさしくて可愛い。こんな地味で冴えない自分を好きになってもらえたのは奇跡に近いし、俺も佐久間さんが好きだ。
それなのにどうして、一緒にいることを心から楽しめないのだろう。
「創くんはマフィンとか好き?」
「うん。すごく好き」
「そっか。じゃあ今度、作って渡すね」
かつて佐久間さんと出会ったショッピングモールのドーナツ屋でぼんやり思う。
そういえば、バレンタインはもうすぐだ。
千歳は、クリスマスの時みたいに、一緒に過ごすか?とは訊いてこない。イベント事は彼女と一緒に過ごすのが当たり前だと思っている。
ドーナツ屋から出て、目的もなく歩き出す。
佐久間さんは頬をわずかに上気させていた。
「創くん、どこか寄りたいところはある?」
「本屋さんでも、行く?」
「うん」
手が柔らかいものに触れた。
つんと指先でつつかれたと思ったら、手をぎゅっと握りこまれた。
突然すぎて心臓が跳ねる。こんな、人がたくさんいるところで。
佐久間さんって、おとなしそうに見えて結構大胆だ。
「あ、創」
すれ違いざまに誰かに名前を呼ばれて振り向くと、千歳がいたので目を見開いた。
繋がれた手に視線がいったのを感じ取った俺は、反射的に佐久間さんの手を振り払っていた。
(あ、やばい。俺思いっきり……)
彼女はほんの一瞬、気落ちしたような顔を見せたけど、すぐに笑顔で千歳を見上げた。
「創くんのお友達?」
「あぁはい。あなたはもしかして……!」
好奇心むき出しの千歳の瞳にうんざりする。
なんだよ、あなたって。
彼女です、と佐久間さんが言うと、千歳も彼女と同じような笑みを浮かべた。
「マジかー。めっちゃ可愛いですね」
「え! とんでもない! でも、ありがとうございます……」
佐久間さんは恐縮しながらも、嬉しそうにペコペコと頭を下げている。
振り払ってしまった華奢なその手をチラッと見てから、俺も千歳を見上げた。
「何してるの、こんなところで」
「歯医者って言ったじゃん」
「ここのに通ってたんだ……」
確かに行くとは言っていたけど。
彼女と一緒にいるところを見られたくなかった。絶対、何か言ってくるに決まってる。
その後は、なぜか三人で本屋に行くことになってしまった。
気まずさから、わざと二人から離れたところに移動して適当に背表紙を眺めた。
文字がまったく頭に入ってこない。
当惑する自分の隣に、気付けば含み笑いをした千歳が立っていた。
「悪かったなぁ。二人の世界に浸ってたところを邪魔して」
「……別に、そんなんじゃないし」
「手繋いでたじゃんよー」
あぁうるさい。
こうなるから見られたくなかったのに。
自分の眉間に少しずつシワが寄っていく。
不穏な空気を醸し出しているのに気付かない鈍感な男は、構わず話し続けた。
「実際のところ、どこまでいったの?」
「……何?」
「だから、彼女とどこまでいったんだよって」
勢いよく、彼の顔を見上げる。
底抜けに明るい笑顔を振りまいている千歳の瞳に、心外だといった表情の自分が映った。
自分は感情の起伏は激しくない方だと思っていた。
でもどうやら、この人の前では違うらしい。
今まで少なからず、こういう類の質問はされてきた。
告白の仕方はどうだったとか、互いの呼び名はなんだとか、どこがどう好きなのかとか。
全部、はぐらかしてきた。
なのに千歳は懲 りない。
他人に言われるのならまだしも、千歳にそう訊かれるのが一番嫌だった。
「どうしてそんなことを、千歳に言わなくちゃならないの?」
思い切り嫌な顔をして、そう吐き出した。
さすがに鈍感な千歳も、え、と口元を引きつらせる。
(……ちがう、こんなの)
千歳の友達だったら、こんな反応をしてはいけない。
彼の背中でも叩きながらノリよく答えるべきだ。なのに自分は、そうできずに目に涙を溜めている。
こちらの異変に気付いた千歳がオロオロとし出した。
「なんだよ、そんな泣くほどかよ?」
「泣いてないし」
ゴミです、と言いながら目をこする。
次から次へと溢れ出る涙を拭う度、千歳も困惑顔になっていった。
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